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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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~それから~(湊人・高木編)

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 午後七時の開店と共に、湊人はレジカウンターの前に立った。黒のスーツに身を包んでいると、自然と身がひきしまる。タキシードを着こなす初老のオーナーに比べるとずいぶん見劣りするが、背が低く童顔の湊人にスーツは必須のアイテムだった。

 高木はというと、白いシャツに黒のコットンパンツという簡素ないでたちで、顔見知りの客たちと談笑している。全身からわき立つプロドラマーのオーラが、湊人にはうらやましくて仕方ない。

 早く自分もあんな風に堂々とふるまいたい――そう考えながら挨拶をくり返していると、見知った人物が重いベルベットの扉を開けた。

「どうも、こんばんは」

 おっとりとした関西弁で湊人に声をかけてきたのは、この店の常連客である五十代の男性だった。いつも予約なしでフラリとやってきて、バーカウンターに近い席でひとり酒を飲んでいる。接客に入ることができない湊人も、バーカウンターと厨房がつながっていることもあって、料理の提供の際に何度も顔を合わせたことがあった。

 湊人と同じ年頃の娘がいるそうで、父親らしい微笑みでよく声をかけてくれる。確か名前は――

 思い出そうとしながら会釈をすると、彼のうしろで知りすぎている顔がふたつ、湊人にむかって笑いかけてきた。

「よーお、ついに来たでー」
「健ちんがどないしても来たいっていうからさあ」

 続けざまにそう言ったのは、同級生の篠原健太(しのはらけんた)と牧晴乃(まきはるの)だった。

「おまっ……えら、なんでこんなとこに……」

 湊人が唖然としていると、男性はにこやかな微笑みを晴乃に向けた。

「晴乃がお世話になっとるて聞いてなあ、今夜は一緒に来させてもろたんや」

 そう言えば彼の名前は――予約ボードを確認しながら、健太と晴乃の顔を見た。普段は予約をしない彼の名前がトップに記載されている。「牧様 三名様」――

 言葉を失ったままオーナーを見ると、彼は目じりの皺をよせてぱちりとウインクした。もしかすると湊人と牧の娘が同じ高校の同級生だということを知っていたのかもしれない――

 健太は湊人の腕を引くと、ぐるりと店内を見渡して言った。

「すんごい大人の店やな。俺ら場違いやゆうて、締め出されたりせん?」
「お父さんがおるから大丈夫やて、言っとうやろ」
「ルノの言うことなんかアテにならんわ」
「なんやて。その口、塞いだろか」

 目の前の状況についていけない湊人を取り残して、健太と晴乃は夫婦漫才を始める。小学生のときからの幼なじみだという彼らの息はぴったりで、湊人はあきれるしかできない。

「お客様のご案内をお願いしますよ」

 オーナーからメニュー表を受け取って、湊人は我に返った。この店にいる限り、湊人は演奏者兼従業員で、彼らは客だ。言われるままにステージに一番近い席に案内する。健太はえんじ色のベルベット生地にくるまれたソファにこわごわと座りながら言った。

「今日のおまえ、めっちゃキマッてるやん。スーツ着て、髪もオールバックでさあ」
「ああ……これはさっき高木さんに……」

 目の前に同級生たちがいるという現実を処理しきれず、湊人は視線を泳がせた。ステージの隅に立っていた高木と視線がかち合う。

「お、例のガールフレンドか?」

 本番前の喧騒の中、低くて聞き取りにくい高木の声は意外によく響いて、健太が聞き耳を立てたのがわかった。湊人はあわてて二人の間に立ちふさがる。

「ちがっ……! こいつら付き合ってて……って今その話はなしです!」
「ガールフレンドて、なんの話?」

 耳ざとい晴乃が食いついてくる。隣に座る健太が嫌そうな顔をしている。

「なんでルノが湊人のガールフレンドなんや。違うやろ」
「誰もそんなこと言ってないだろ! 黙って座ってろ!」

 そう言って健太にメニュー表を押しつけると、煙草を取りだそうとしていた晴乃の父と目が合った。

「あの、申し訳ございません……ごゆっくりお過ごしください」

 客の前で声を上げてしまった失態に気づいて、湊人は首をもたげた。ところが晴乃の父はカラカラと笑って湊人の身体を叩いた。

「いやいや、いつも大人に混ざって仕事してる君にも、高校生らしいところがあったんやなあて、ホッとしたわ」
「はあ……」

 拍子抜けした湊人が力なくそう言うと、うしろで高木が笑っていた。どうやらからかわれたらしいと気づいて、湊人は顔を真っ赤にする。

「余計なこと言わないでくださいよ!」

 小声でそう言いながらつめよると、高木は喉を鳴らして笑い始める。

「おまえもそう言う顔、するんだな」
「そういうって……」
「あのお客と同じ意見さ。感情むき出しにしてるおまえの姿なんて初めて見た」
「……子供っぽいって思ってますか」

 歯噛みしながらそう言うと、高木は湊人の髪をくしゃりとかき分けた。

「俺にもそんな時代があったなって、懐かしくなった。いつもよりずっといい顔してる」

 顔を上げると、高木は目を細めてやわらかい笑みを浮かべていた。知り合って一年になる彼の中には何故か兄のような優しさがあって、つい頼りたくなってしまう。
 高木は出入り口に目配せすると、手を組んで背伸びをした。

「さーあ、俺もお出迎えに行ってくるか」

 そう言うと、湊人の身体を晴乃たちのテーブルの方に押して、観客たちをかき分けて行った。彼の金色の髪が、薄暗い店内をすいすいと泳いでいく。

 晴乃と健太は肩をよせあってメニュー表をのぞきこんでいる。なんとなく高木の客が気になって柱の陰からこっそり様子をうかがうと、ショートボブの小柄な女性と、髪が短く痩せた男が高木と向かいあっていた。

 会話の内容から、どうやら彼らは高木と二年ぶりに再会したらしい。
 あの女性が先ほど高木が話していた人物だろうかと考えていると、ぐいと腕を引っぱられた。

「今夜のピアニスト、坂井湊人だ。期待していいぞ」

 戸惑いながらも湊人が頭を下げると、額の広い短髪の男性が大仰に頭を下げた。頭の頂点が見えそうな勢いで、丁寧なのかバカにされているのか、よくわからない。

「後輩の葉月ちゃんと真夜だ。こいつも高校生の時からこの店に出てる」

 そう言って高木が短髪の男性の頭に手を乗せると、真夜(まや)と呼ばれた彼はまた大げさなおじぎをした。隣でショートボブの女性が「やめなよ、困ってるよ真夜」と笑っている。

「二年前に解散したバンドの人たちですか」

 二人の様子を観察しながら湊人が言うと、高木は目を丸くした。

「……そうだ。といっても、真夜は吹くこと自体やめちまったからな。今夜は来てくれただけでも嬉しいよ」

 そう言って高木は大きな手を差しだす。短髪の男性は申し訳なさそうに握り返す。

「二人とも元気そうでよかった。今夜は楽しんでってくれ」

 高木は真夜の肩を叩くと、ステージにむかって行った。女性が何か言いかけた気がしたが彼はそれを待たず、湊人はあわててうしろからついていった。

「あのちょっと変わった人……何か楽器をやってたんですか?」

 ドラムセットに座った高木に小声で囁くと、彼はスティックを回転させながら言った。