完全犯罪研究の「路傍の石」
というものを引き起こすタイムマシンというものを開発することは許されないということだ。
もし、行うとすれば、
「未来や過去を絶対に変えない」
という前提でなければいけないわけで、まずは、そのための開発が必要ということで、それこそ、
「タイムマシンの開発」
というものよりも、もっと難しいことなのかも知れない。
ただ、
「タイムパラドックス」
というものを考えないタイムトラベルということで、
「マシンを使って過去にいく」
という方法で、
「タイムスリップ」
というものではなく。
「あくまでも、自分の意識だけが過去に戻り、過去の自分に乗り移る」
ということであれば、考えかたが違ってくるといえるだろう。
つまりは、
「過去に行ったままで、未来には戻らない」
ということである。
つまりは、
「過去に戻ったその瞬間が、現在となるわけで、一度生きてきた時代は、過去に戻った自分とすれば、未来だ」
ということになるのだ。
「もし、過去に戻ってやり直せるとすれば、どの時代に戻りたい?」
といわれるが、その発想である。
しかし、あくまでも、
「未来の意識を持ったまま過去に戻る」
ということであれば、未来に起こることが分かっているということになり、それは、元々過去であったことを分かっていることで、
「自分の過去の失敗を繰り返したくない」
ということで、知っているだけに余計なことをすると、結局、歴史を変えてしまうということになる。
他の人は未来を知らないので。
「これが当たり前のことだ」
ということになるのだろうが、本人は知っているだけに、その時は、
「いい方向に向かった」
としても、まわりがあることなので、それが別の作用をもたらしてしまうと、本来、現在であったところまで時代が進んだ時、自分にとって、いい方に向かっているのか、それとも、最悪になっているのかというのは分からない。
ただ、
「歴史を変えた」
ということに変わりはないといえるだろう。
だとすれば、もし、昔に戻ることができたとすれば、
「戻った瞬間から先の未来の記憶は、絶対に消さなければいけない」
ということになる。
となると、結局、
「ただ時代をさかのぼった」
というだけで、その人は、未来があるわけではなく、
「元々の現在と、戻った現在の間を、永久に抜けることはない」
といえるだろう。
となると、
「本来の現在からの自分は、この世から消滅してしまった」
ともいえる。
その時には、まわりの人の記憶から、その人物のことは、すべて消去されなければいけないだろう。
「記憶の消去」
ということを、自在に行えるようになれば、
「ひょっとすると、タイムトラベルというのは、問題なくできる」
ということになるのではないだろうか?
タイムスリップと比較して、
「意識だけをもって過去に戻る」
という発想は、
「タイムリープ」
といわれる。
これは、
「タイムパラドックス」
というものを解決する発想だと思われるが、結局は、
「記憶がある」
という以上、
「歴史を変えてしまう」
というリスクを解消することはできないのである。
つまりは、
「記憶というものが、歴史をつかさどるものだ」
といってもいいのではないだろうか?
また、
「タイムマシンの開発」
と呼ばれるものと同じように、
「開発には、結界がある」
といわれるものとして、
「ロボット開発」
と呼ばれるものがある。
こちらも、
「ロボット開発の前に、解決しておかなければいけない」
ということがあるというのだ。
それは、
「人工知能を持ち、自分の意思で動くことができるロボットの開発」
ということである。
ロボット開発において、一つ気にしなければいけないこととして、
「フランケンシュタイン症候群」
と呼ばれる考えかたがある。
それは、
「理想の人間を作ろうとして、怪物を作ってしまった」
という、
「フランケンシュタイン」
という物語から、端を発しているといってもいいだろう。
ロボットというものが、あくまでも、
「想像上」
という、
「架空の発想」
ということであるという時代に、このような物語の発想が生まれたというのも、すごいといえるだろう。
しかし、実際には、その発想が、
「神の力を備えたのが、ロボットだ」
ということであれば、それこそ、
「神からの警告」
ということで、真摯に受け止めなければいけないものだといえるだろう。
だから、ロボット開発の中で、この部分の克服が大切というのが、
「ロボット工学の根幹」
として考えられているのだ。
つまりは、
「強靭な肉体と力を持つロボットに、人間を支配されてしまっては、本末転倒である」
ということになる。
そして、もう一つの問題として、もっと根本的な問題ということになるのだが。それが、
「人工知能の性能」
ということである。
「人工知能」
というものは、
「人間の脳に近いもの」
ということで開発されなければいけない。
ということは、心理であったり、考えかたに、気持ちが入ったりするということになる。
さらには、
「本能」
というものが働かなければ、いざという時の判断ができないということになる。つまり、
「時系列において、次の瞬間には、無限の可能性が広がっている」
ということである。
「その無限の可能性というものを、すべて頭に入れたうえで、次の行動を一瞬にして判断しなければいけない」
ということになるのだ。
ちょっと考えれば、絶対に不可能だといってもいい。
実際に、それを人間の頭脳でやれといってもできるものではない。
だから、人間には、
「遺伝というものによって、過去の経験を頭脳の中で把握できていたり、本能というものが、無意識に、行動を決めてくれる」
ということになる。
もちろん、それが全部正しいということではない。
しかし、
「瞬時に無限の可能性の中から無意識に判断を行い、行動できる」
というのが、人間の、いや、動物というものだということで、それを、
「本能」
という言葉で言われているといってもいいだろう。
実際に、ロボット開発をしている研究所では、
「人工知能を、いかに人間の頭脳に近づけるか?」
ということが考えられている。
実際に、数十年前から、研究が続けられていて、この問題を、
「フレーム問題」
という形で考えられているのだ。
次の瞬間には、
「無限の可能性:
というものがあるということで、その可能性をいかに判断するか?
ということで、いくらロボットとはいえ、
「すべての可能性」
というものを、頭に浮かべることは不可能だ。
それは、人間においても同じことで、
「では、どうして判断できるんだ?」
ということになるわけだが、考えかたとして、
「すべての可能性ではなく、可能性をパターンに分けることで、その限界をいかに狭めることができるか?」
という考え方ができるのではないかということである。
つまり、
「まったく関係のないことは考えなくてもいい」
作品名:完全犯罪研究の「路傍の石」 作家名:森本晃次



