完全犯罪研究の「路傍の石」
ということで、パターンごとに、フレームに嵌め込むということから、
「フレーム問題」
といわれている。
しかし、実際に、
「元々、無限の可能性」
ということで、
「無限なものを、いくら細分化しようとしても無理なものは無理だ」
という考えである。
これは、数学の四則演算子である、
「割り算」
というものを考えればわかることだ。
「分子が無限ということであれば、どんな数字を分母に置いたとしても、結果は、無限でしかない」
ということになる。
つまり、
「フレームでパターン化しようとしても、そのフレーム内には、決まった数を入れることができず、結局、無限ということになる」
ということで、
「フレーム問題の解決にはならない」
ということである。
つまりは、
「ロボット開発」
というのは、
「フランケンシュタイン症候群」
をいかに解決するか?
ということと、そもそも、
「人工知能」
というものが、いかに、
「無限の可能性」
と呼ばれるものを打開するためのフレーム問題というものを解決できなければ、
「人口知能を持った、自分の意思で動くロボット開発というものは、おぼつかない」
ということになるであろう。
今の人類の最大の目標というと、そのあたりの研究ということになるのだろうが、そういうのは、本当に、
「国家レベル」
と呼ばれる研究室でなければ、
「予算」
というものがないことで、まったくおぼつかないということ。
さらに、この研究は、国民の不安を煽らないという観点から、極秘裏であるべきことから、
「一般で民間の研究ではとてもじゃないができない」
ということになるだろう。
だから、今の時代の民間は、
「裏で何が行われているのか?」
というのとは別にして、
「今の企業や産業、さらには科学や医学の発展のために、企業単位で研究が続けられている」
といってもいいだろう。
もっとも、
「大学の研究所」
というのも、民間ということで、それらの研究チームの上にいるということになるだろう。
そういう意味では、
「企業の研究室」
というものよりも、
「大学の研究室」
という方が、その権力も予算も上ということであり、人材もしっかり揃っているといってもいいだろう。
今の時代は、どうしても、
「異常気象」
であったり、
「未知の伝染病」
などという、
「予知できなかった災害に対して、いかに素早く対処できるか?」
ということが、民間研究所の急務ということであったのだ。
その中には、
「警察組織における研究」
というのも、充実していて、
「今のような、異常な地球」
というものになってくると、犯罪も、まったく予知していなかったことが出てくるようになり、
「科学捜査」
であったり、犯罪というものを科学で分析するということになってくると、今度は、
「犯罪を起こす方も、組織化する」
ということで、
「警察組織」
というものと、
「犯罪組織」
との間で、犯罪について研究が行われるようになり、
「犯罪研究に対しての、いたちごっこ」
というものが、表面化してくるのであった。
近未来の組織化
犯罪やトリックというのは、昔でいう、
「探偵小説」
と呼ばれるものがあり、そのストーリー性と、謎解き、さらには、犯罪トリックなどを織り交ぜる形で、架空の物語を書く。
というのが、
「探偵小説」
というものの、大まかな発想であろう。
もちろん、
「実際の犯罪」
と、
「探偵小説」
というものが、同じような話があったりというのは、普通にあるだろう。
「実際の犯罪を題材にして、探偵小説のネタを考える」
というのが、オーソドックスなもので、逆に、
「探偵小説のアイデア」
というものを、犯行計画に織り交ぜるということも普通にあったりする。
それらが、
「模倣犯」
といわれるものであったりするわけで、
「犯罪というものを、警察も、犯罪者も分析する」
ということは昔から行われていたことだろう。
犯人側とすれば、
「犯行を犯しても、絶対に捕まりたくない」
ということから、
「まずは、犯行目的を完遂する」
ということが大前提であり。その次に、
「いかにすれば、捕まらずに済むか?」
ということになるわけだ。
「犯罪の完遂」
というだけであれば、
「衝動的に見せながら、計画を組み立てる」
ということでも可能であろう。
しかし、その場合は、その場で逮捕されるというリスクが伴っているわけで、
「犯罪の完遂は第一目標」
ということであるが、
「捕まってしまうと、困る」
ということになる。
「そもそも、捕まるのがいやだ」
というのが第一目標だということであれば、そもそも、犯行に及ばなければいいということになる。
だから、目的は、
「犯行の完遂」
ということである。
もちろん、
「犯行を完遂すれば、その場で自殺をする」
という計画であれば、犯行計画を、目的完遂ということに絞って立てれば、それだけでいいだろう。
しかし、罪に問われないようにしようと考えたとすれば、そこには、
「緻密な犯罪計画」
というものが必要だということになるだろう。
それが、
「犯罪者側の心理」
ということである。
これが、取り締まる方である警察とすれば、
「そもそも、警察のネックになっていることがある」
というのだが、それは、
「警察というものは、何かが起こらなければ行動しない」
ということであった。
「事件性がない」
ということであれば、
「何かおかしいと思ったとしても、勝手に動くことは許されない」
ということであった。
それが、
「警察という組織」
ということであり、実に、堅苦しい組織世界を形成しているということになるのであった。
だが、時代が進んでいくうちに、
「凶悪犯」
というものが一向になくならず、さらに、犯罪が、多種多様にわたるということになり、警察も、
「何かが起きないと動かない」
ということであれば、警察には、
「犯罪を未然に防ぐ」
ということはまったくできないということが、世論に広まり、
「警察の無能説が叫ばれる」
ということになると、
「警察無用論」
というものが出てきた。
もちろん、警察組織のようなものをなくすわけにはいかないが、このままでは、
「税金を使っての公務」
ということになっているので、それこそ、
「税金の無駄遣い」
ということで、それこそ、かつての、
「三公社五現業」
というものが、
「一斉に民営化した」
といわれる、
「昭和の終わり」
のように、
「警察も民営化」
ということにして、その下部組織に、
「探偵事務所」
などという民間会社をたくさん組織するという状況が、近い将来において出来上がることになる。
という時代がすぐそこに迫っているということになっているのであった。
実際に、それに先立って、
「犯罪研究所」
というところが、まずは、
「警察組織の一部」
ということで出来上がった。
その立ち位置とすれば、
「科捜研」
などと同じレベルと、こちらでは、
作品名:完全犯罪研究の「路傍の石」 作家名:森本晃次



