「つかさ」と「ちひろ」
「そもそも、そう簡単に見つかるくらいなら、交番にはこないだろう」
と思うことから、清水巡査は、
「半ばあきらめの境地」
というところから捜索が始まっていた。
だから時間が経つにつれて、興味は薄れてくるということは分かっているが、
「それまでは何とか」
と、あくまでも、
「前のめり」
ということにならず、
「日々の業務の中の一環」
という感覚で行うことにした。
実際に、一週間が過ぎたが、目撃者の一人も現れるわけもなかった。
だが、彼女の家から遠いということを考えると、
「彼女は、別の地区の交番にも同じように、駆け込んでいって、捜索を願い出ているのかも知れない」
と思った。
「それはそうだよな。ここは、失踪者の家から遠いわけだしな」
と考えると、
「拍子抜け」
という感覚もあったが、それよりも、
「余計な義務感に襲われることもない」
ということで、ある程度安心していたのであった。
だから、
「情報が見つからなかった」
といっても、それ以上に、
「できるだけのことはしている」
という、満足感なのか、それとも、充実感なのか、不可思議な感覚に襲われているのであった。
そんな時であった、
「あれは、最初に、水沼つかさが、捜索を申し出てきてから、10日くらいが経った頃のことであろうか? 予期せぬことが起こった」
ということであった。
その間、まったく捜査したが行き届かなかったということで、
「そろそろ潮時かな?」
と思いかけてきた時、清水巡査がパトロールから戻ってくると、駐在所で留守番をしていた、巡査部長。いわゆる、
「ハコ長」
と呼ばれる人が、中年夫婦の訪問を受けていた。
最初は、
「道でも聞かれているのかな?」
と思っていたが、夫婦の重苦しい態度、それは、二人並んでハコ長の前に鎮座している状況で、その重たい頭を挙げることができないでいるというのは、それだけ、
「話の内容が重苦しいものだ」
ということになるのではないかと感じたからだ。
それに、毎日顔を突き合わせているハコ長が、難しそうな顔を見せていることからも分かるというものであった。
「この夫婦何者なんだ?」
という思いだけではなく、何やら、
「自分も最近、似たような思いをしたような気がする」
と思ったはすぐには分からなかった。
それは、
「この時見ているのが他人事に見えるからだ」
ということであった。
「実際には、他人事という方が、自分が関係者であるということよりも、深刻に感じられる」
といえるのではないかと、常々考えていた。
それが、まさしくこの時の心境であったのだ。
老夫婦の告白
かつて感じた同じような感覚が何かというのを思い出すことができたのは、老夫婦が顔を挙げて、その表情を見た時だった。
「藁をもつかむという表現にピッタリだ」
と感じたからであり、
「同じような思いをしたことがあったような」
と思った時に、
「ピンときた」
のであった。
「そうだ、あれは、水沼つかさが、友達の山内ちひろを探してほしい」
といって、警察署で門前払いを食らったということで、こちらを訪ねてきた時だったのだ。
と感じたことだった。
「さっきまで、頭の中で、そのことを中心に考えていたのに、戻ってきて。この夫婦を見た瞬間。頭の中がリセットされた」
と感じた。
しかし、それをさらに線でつなぐという演出を、この老夫婦によって行われると考えると、
「まだまだ、このことから離れられない」
と直感したのであった。
ハコ長と、もう一人の巡査が話を聞いていたが、そのもう一人の巡査がやってきて、
ハコ長が、お前にも入ってほしいというんだ」
ということで、本当であれば、
「警ら日誌」
と書こうと思っていたが、
「ハコ長の命令」
ということであれば仕方がない。
その時は、あまり深く考えずに、二人の横に同席することにした。
その時初めて、老夫婦と顔を突き合わせることになったのだが、一瞬であったが、老夫婦の奥さんの方が、清水巡査を見て、ドキッとしたかのように感じたのだが、それは気のせいだったのであろうか?
もちろん、それは一瞬だったので、必要以上に考えなかったのだが、後になって考えると、
「あれは、ドキッとしたというよりも、何か気まずさのようなものではなかったか?」
と感じた。
その時、
「気まずさ」
というのを感じなかったというのは、
「この老夫婦とは、まったく縁もゆかりもない」
と思っていたからではないだろうか?
もっとも、警官というものは、
「こちらは何も意識していなくとも、一般市民からすれば、印象深いと感じるものではないだろうか?」
ということで、それだけ、
「警官の制服というものには、何かの力が含まれているのではないか?」
とも感じたのだった。
ただ、ハコ長に、
「この二人の正体」
というものを聞いた時、
「今度は、自分がびっくりすることになるとは思ってもみなかった」
ということであった。
というのは、この老夫婦の名前が、
「山内啓介」
と。
「山内かおり」
だということを聞いて、すぐに山内ちひろの顔が浮かんできた。
ここに一緒にいない三人の顔を同時に思い浮かべることはできないので。
「どことなく似ている」
などという心境にはならなかったが、
「同じ山内という苗字」
ということで、まったく無関係だったとしても、それが、逆に、
「何の因果か?」
と感じることになるだろう。
「こちらの二人は、娘がいなくなったということで、捜査のお願いに来られた方なんだ」
とハコ長から紹介された。
そして、その時に、名前を明かされたのだ。
「確か、水沼つかさは、家族の代わりに捜索願を出すといっていた。しかし、ここにいるのは家族だという」
ということは、
「どちらかが嘘をついている」
といえるだろう。
「どちらが嘘をついているのか分からない以上、ここで、水沼つかさの話を持ち出すのは、いけないだろう」
ということで、清水巡査は、
「黙って聞いているだけにしよう」
と考えたのだ。
「もう一度最初からお願いできますか?」
ということで、清水巡査を加えた3人で、もう一度話を聞くことになったのである。
「娘がいなくなったのは、10日ほど前のことでした。今日は友達の家に泊まるという電話があり、そうなのだろうと思って別に気にもしていませんでしたが、さすがに、10日も帰ってこないというのはおかしいと思って、探してほしいと願い出たんです」
という。
「行方不明になって10日」
というのは、確かに、水沼つかさの話と辻褄が合っている。
しかし、気になるところがどうしてもあったのだが、それをハコ長が聞いてくれた。
「そのお友達というのは?」
ということで、ご主人の口から出てきた名前は、案の定、
「水沼つかさ」
ということであった。
本来なら、びっくりするところなのだろうが、不思議と清水巡査は、不思議な感覚に陥ることはなかった。
元々、
「水沼つかさの話は、ここでは出さないようにしよう」
作品名:「つかさ」と「ちひろ」 作家名:森本晃次



