「つかさ」と「ちひろ」
だから、両親とつかさは連絡を取っていない。両親がいろいろ動き始めた時には、すでに、最初につかさが警察に来てから、1か月が過ぎようとしていた。
気になったのは、清水巡査だった。
「あれだけ心配していたつかさが、なぜ、あれから何も言ってこないのか?」
ということ。
そして、
「つかさが独自で動いているとしても、彼女がまったく現れないのは気になる」
ということで、つかさの勤務しているという病院に行ってみることにした。
すると、
「彼女は今休職中」
という返事が返ってくるだけで、詳しいことは分からないようだった。
もっとも、詳しいことを知っていたとしても、実際に何かの事件の捜査でもない限り、うかつに個人情報を、いくら警官とはいえ、簡単には教えてくれないだろう。
病院というところは、
「個人情報の宝庫:
かも知れない。
本当に殺人事件の捜査というような話でもなければ、病人の情報として、病名なども、簡単には教えてはくれないのではないだろうか?
それだけ、今の時代は、
「個人情報」
というものにうるさくなった。
今から思えば、固定電話があった頃は、個人の電話番号を掲載した電話帳が各家庭に配布されたり、電話ボックスに置いてあったりしたものだ。
連絡網の名簿などがあり、そこには、住所や電話番号が記されていたという時代は、かなり昔になってきたといってもいいだろう。
そういう意味でも、
「個人での捜索」
というものには限度がある。
つかさはどうするつもりなのだろう?
ただ、気になってくると、どうにも気になるということで、とりあえず、一度交番に相談ということで訪問してくれた時、調書というほど大げさなものではないが、つかさの連絡先だけは、控えておいた。
電話をかけてみたが、
「電源が切られているか、電波の届かないところ」
という、聞きなれたアナウンスが流れてきた。
警察官は職業柄、そういうアナウンスは気になるというもので、何か、胸騒ぎがあったことで、彼女の記した住所に行ってみることにした。
訪問してみたが、マンションの部屋にはカギが掛かっていて、出てくる様子もなかった。
実際に郵便受けを見ると、ダイレクトメールなどが溢れていた。
彼女は新聞を取っているわけではなさそうなので、新聞から、
「いつからいないのか?」
ということを当たることはできなかった。
考えてみれば、現代の人間が、新聞を取っているとは思えない。
「見ようと思えばネットで見れるし、テレビでも確認できる。なんといっても、読んだ後の新聞紙をどうするか?」
というのが問題である。
どこかに捨てに行くとしても、面倒くさいし、何よりもかさばって重たいではないか。か弱い女性に、新聞紙をある程度たまれば、ひもでくくって、さらに、それを収集場所まで持っていかなければいけないというのは、大変なことであろう。そういう意味で、新聞を取っていないからといって、
「新聞を読んでいない」
と考えるのだとすれば、それは、とんでもない間違いであり、そんな発想をする人は、
「昔人間」
といわれるも無理もないことに違いない。
千尋の捜索は、相変わらず難航を極めたが、つかさに関しては、誰も捜索すらしていない。
「ちひろを探してほしい」
と交番にやってきてからのつかさの消息は、ぷっつりと切れてしまったということだ。
病院での、
「休職願」
としては、交番にやってきた翌々日からだという。
翌日は元々非番の日だったということで、
「彼女のまわりを当たってみたが、訪問の翌日以来、彼女と話をしたり、会った人もいないということであった」
それを話すと、
「彼女は、目立たない人だったからね」
ということで、ほとんど、皆、彼女に無関心ということのようだった。
「そんな、皆同僚なんじゃないか?」
と思った。
自分が失踪しても、誰も気にもしてくれないのに。その前日の、いわゆる、
「消息が分かっているまでの最後の行動というのが、親友の捜索を、交番に願い出たあの日だった」
というのは、何とも皮肉な気がした。
かといって、病院には、
「休職」
ということで届けている。
「どこかに旅行にでも行っているのではないか?」
と思われれば、警察は動かない。
もし、
「彼女は、前日に友達の捜索を願い出た」
といったとしても、きちんとした調書を取っているわけではないので、どうしようもない。
「旅行に出ているかも」
という意見を覆すだけのものは何もないということである。
結局、この1か月、誰にも捜索されることなく放っておかれたのは、
「つかさの方だった」
ということであった。
神のみぞ知る
つかさという女性を捜索するにも、家族は遠くにいて、彼女は、
「看護婦になるために、高校を卒業して出てきた」
ということで、実際に、田舎にも帰っていないという。
実家に連絡を取り、行方不明だといっておいたので、たぶん、実家の親から、捜索願が出されることだろう。
しかし、誰も騒がないのは気になるところだ。
それでいろいろ聞いてみると、
「つかささんは、時々フラッと一人旅に出かけることがあるので、今回もそうじゃないかしら?」
ということだった。
確かに、誰に聞いてもそういう答えしか返ってこない。
「1か月も消息不明になっているんだけど?」
というと、
「ええ、それくらいは休暇を取って、いきなり旅行する人って、彼女だけじゃなく、看護婦には多いんですよ。まあ、小学生でいうところの夏休みってところかしらね。だから、皆交代でまとめて休みを取るというのが、この病院の看護婦仲間ではあることなのね」
というので、
「じゃあ、山内ちひろさんは? 彼女はいなくなってすぐに、つかささんが行方不明だといって交番に駆け込んできたし、両親が10日くらいで、交番に相談に来られたんですよ」
というと、
「おかしいわね。ちひろさんも、私たちと同じで、1か月くらいは休暇を取ることもあったもんね」
という話であった。
「じゃあ、今回の失踪は、普段とは違うということなのだろうか?」
と、清水巡査は考えた。
そして思ったのは、
「今回の失踪は、今までとは明らかに何かが違った」
ということで、例えば、
「いつもは、何も予告せずに、今回だけ、何かを書き残していた」
ということであったり、逆に。
「いつもは、予告するのに、今回は、何も書き残していない」
ということなのか、
「とにかく、ちひろさんの場合は、普段と違ったことから、捜索が必要だと感じた」
ということであろう。
特に、つかさの反応が早かったことで、その違和感に最初に気づいたのは、つかさだということになる。
ということで、さらに、
「つかさが最初に気づいたのも、必然だと考えれば、二人の関係は、表に出てきていることよりも、深い関係」
ということではないかと、清水巡査は考えた。
そういう意味で、
「この二つの失踪事件」
というのは、
「どこかでつながっている」
ということになるだろう。
まずしなければいけないのは、
作品名:「つかさ」と「ちひろ」 作家名:森本晃次



