「つかさ」と「ちひろ」
今思い出せば、
「何やら怪しい」
ということで、思い出した顔は、どこか、
「悪人の人相」
ということを感じさせるが、実際には
「思い出してみれば、どこかまっすぐな性格に見えなくもない」
と思えた。
ただ。
「まっすぐ」
というのは、
「正義だ」
というわけではなく、
「むしろ、まっすぐであればあるほど、悪の道に入り込みやすくなるのではないか?」
と考えさせられるのだった。
この時、結局、老夫婦の前で、
「水沼つかさ」
の名前を出すことはなかったが、
「この事件において、水沼つかさは、どのような役回りを演じているのだろう?」
ということであった。
実際に、
「今の今まで、主役は水沼つかさだ」
と思っていただけに、
「もしこれが、つかさが脇役だ」
と考えてしまうと、
「最初から、考え方が間違っているのかも知れない」
と思えるのだ。
ただ一つ言えることは、
「つかさか、山内夫婦のどちらかが、嘘をついている」
ということである。
そして、
「ウソをついているということであれば、その嘘の意味するところはどこになるというのだろうか?」
ということである。
水沼つかさとは、面と向かって話をしたが、この場の主役はあくまでもハコ長だということで、自分からいろいろ聞くということはない・
「水沼つかさにとっての老夫婦」
そして、
「老夫婦にとっての水沼つかさ」
それぞれに、微妙にすれ違っているようで、
「交わることのない平行線」
というものを描いているのではないだろうか?
そして、この老夫婦との会話の最後に気になることがあった。
それが、
「お友達としていつも仲良くしてくれている水沼つかささんなんですけどね」
と、父親が口を開くと、母親が、これまた何度目になるのか、またしても、気まずそうな表情をした。
「なるほど、虫目が分かりやすいというのは、この親の遺伝か」
と感じたほどだったが、それにはかまわないかのように、
「水沼つかささんというと、最初に帰ってこなかった時に、遊びに行った彼女のことですね?」
とハコ長が念を押した。
「ええ、ただ、これは、娘からハッキリと、水沼つかさという名前が出たわけではないので、あくまでも、親の勘でしかないんです」
ということ、
「じゃあ、娘さんは、友達の多い方だということではないわけですね?」
とハコ長が聞いた。
「ええ、確かに友達は少ないですね。それも、泊めてもらえるだけの仲の人というと、水沼さんしかいないからですね。でも、考えてみれば、お金さえ出せば泊まれるところというのはどこにでもあるわけで、水沼さんの家とは限りません」
ということであった。
それを聞いたハコ長は、
「今こうやって、思い出した何かがあるとすれば、水沼さんが娘さんを泊められないようなわけがあるということになるんですかね?」
というと、
「実は、これは娘から聞いた話なんですが、最近、水沼さんに彼氏ができたということを言っていたと思うんですよ。だから、水沼さんは、簡単に娘を泊めたとも考えにくい気がするんですけどね」
という。
これは、ここまで話をしてきて、最後に。
「どんでん返し」
というものをくらわしたということになるだろう。
清水巡査は、その話を聞いて、彼なりに違和感があった。
というのは、これも、
「男の勘」
ということであるが、
「あの時の水沼つかさを見ている限り、彼氏がいるという感じは受けなかった」
と思った。
そもそも、
「女心が分かる」
というほど、女性に長けているわけではない清水巡査だった。
むしろ、
「彼女いない歴が、ほぼ年齢と同じ」
というくらいで
「俺に女心など分からない」
ということと、まわりからも、同じことを思われているということに関しては、
「自分でも自信がある」
ということになるだろう。
「ほう、水沼さんに彼氏がね」
とハコ長は、繰り返したが、これは何かを怪しんでいる証拠であった。
それは、清水にも分かり、
「一番の最優先は娘のことであるわけで、ここで、つかさのことがどうであれ、あまり関係ないと思えるのに、それをあえて最後にぶつけてきたのには、もし、何かあるとするならば、何かの暗示に掛けよう」
とでも言わんばかりだといえるのではないだろうか?
それを考えると、
「あれから、つかさが来ないのは、彼氏がいるからなのでは?」
とも思えたが、
「それならそれで、何をそんなに慌てて、ちひろを探そうというのか?」
ということである。
まるで、
「彼女が見つからないと、自分に都合が悪い」
とでも言わんばかりであった。
となると、少し推理を働かせるということになり、
「つかさは、ちひろに何か弱みでも握られているということだろうか?」
と感じた。
彼女がもし、秘密を握っているとすれば、行方不明ということと、かかわりがないとも思えない。
つまり、
「この時期での失踪というのは、偶然と言い切れるものだろうか?」
ということであった。
実際に、
「ちひろの失踪」
というのは、ここまでくれば、
「清水巡査だけのもの」
ということではなく、
「ハコ長も巻き込む」
ということになったのであった。
ちひろの捜索
山内夫妻が、この交番で話をしていたのは、2時間くらいだっただろうか。実際には、清水巡査が帰ってきてから、重複した話になったので、全体的に、
「1時間半くらい」
ということになるだろう。
山内夫妻の話には、これといった深いところはなかった。
といっても、それは、
「清水巡査以外のハコ長などが考えることであった」
というのは、
清水巡査だけが、
「水沼つかさからの訪問を受けていたからだった」
それを考えると、水沼つかさがあれから顔を出さないということを考えると、
「最初から、誰か一人に話しておいて、その人に何らかの先入観を持たせるのが目的だったのではないか?」
とも考えられる。
やだ、それが、
「清水巡査本人を狙ったものなのか?」
それとも、
「誰でもよかったのか?」
ということはなんともいえない。
来訪のタイミングに違和感があったわけではないので。
「清水巡査を狙った」
とも、
「ただの偶然」
ということなのかも知れないからだ。
確かに、
「清水巡査でなければいけない理由」
というのは思い浮かばない。
「今までに一度もあったことがない」
と思える女性だったので、あの時も、
「普通に話を聞けたのだ」
というのは、
「あまり親身になることもなく、他人事というか、任務の一環として聞けた」
ということである。
もし、相手が清水巡査を狙ったのだとすれば、
「清水巡査が、放っておけない性格だ」
ということを知っていることになる。
誰かに聞いたということでもない限り、ピンとくるものではないが、聞くとしても、
「交番勤務」
の連中でもなければ分からないだろう。
年齢的にもだいぶ離れているので。
「子供の頃の知り合い」
ということもない。
考えれば考えるほど、
「自分とは関係のない人」
としか思えない。
作品名:「つかさ」と「ちひろ」 作家名:森本晃次



