数学博士の失踪(後編)
「奥さんが、手に職を持っている」
ということで、特に、看護婦などであれば、日勤だけという条件で働きに出るという人も少なくはないだろう。
ただ、時代は、
「寿退社」
というのが当たり前という時代であり、女性が何も独身時代に働かなくとも、家にいる女性を、
「家事手伝い」
などということで、
「お見合い」
などでは、紹介されているということもあったりした。
ただ、さすがに、
「夫婦共稼ぎ」
というと、
「子供がかわいそうだ」
ということになり、それが、社会的に、いい傾向ではないとも言われていた。
それが、バブルの崩壊ということで、
「旦那が会社を首になった」
ということで、奥さんが働きに出たり、あるいは、
「旦那は給料を減らされた」
ということで、家計のやりくりができなくなり、やむを得ずの共稼ぎということも当たり前となったのだ。
そう、
「早期退職というものを進んで受けた」
という人の中には、その理由として、
「辞めても地獄、残っても地獄」
という考えがあった。
辞めるのはもちろんのことだが、残っていたとしても、下げられた給料で、しかも、リストラにより、人数が減ったことで、数人分の仕事をさせられるということになるのだ。
しかも、
「経費節減の観点から、残業は許さない」
ということになる、
当然、
「産業手当などというものが存在するわけではない。会社とすれば、残業をしてはいけない」
ということになっているからである。
しかし、
「残業をしないと回らない」
というのも事実であり、結局は、
「サービス残業というものを余儀なくされる」
ということになるのであった。
そんなことを考えていると、
「どちらにしても、奥さんが働きに出るというのは、必然ということになる」
ということである。
共稼ぎの場合であっても、奥さんだけが働く場合でも、
「家庭は完全に崩壊している」
といってもいいだろう。
旦那が家にいれば、ただでさえ子供からすれば、
「父親が家にいる日は鬱陶しい」
と感じていたのに、
「いつ、そのストレスの感情が飛んでくるか分からない」
ということになると、たまったものではない。
そうなると、子供もストレスを抱えるということになるのだ。
大人の世界の犠牲になるということであるが、まだ子供としては、そのストレスのはけ口をどこに持って行っていいかが分からない。
そうなると、一番身近なところをターゲットとするというのが、一番考えられるということである。
そうなると、子供のいるべき社会というのは、
「学校」
ということになる。
そして、学校には、同級生がいて、子供の世界を形成しているということになるのだ。
本来であれば、
「共同生活」
というものを大切にするということが、学校教育なのだろうが、実際の
「会社社会」
というものが大混乱していることで、家庭が崩壊すると、その子供のはけ口は、
「子供の世界」
ということになる。
それが、
「いじめ問題」
というものの始まりだと言えるのではないだろうか?
実際には、
「苛め」
というのは、それ以前からあった。
しかし、そんな苛めは、子供の世界だけで存在するもので、大人の世界から介在してくるというものではなかったのだ。
だから、いじめが行われても、それほど陰湿なものではなかった。
もっといえば、
「いじめられる側にも、それなりの理由というものが存在する」
ということで、それを虐められる側が分かるのであれば、虐めというのは自然となくなっていくということであった。
「他にターゲットが移る」
ということもいえるが、それも、
「いじめっ子といじめられっ子による仲直り」
というものがあってのことであった。
もちろん、子供の苛めというものには、
「蹴ったり殴ったり」
という暴力ともいえるものがあったことは、黙って見過ごすということはできないだろう。
そういう意味で、
「バブル崩壊からの苛め」
というのは、
「暴力」
だけではなく、相手を精神的に追い詰めるということも行われた。
しかも、それが陰湿にということである。
相手の大切にしているものを壊したり、傷つけたりなどで、昭和の頃には、もう少し節度があり、そんなことはしなかっただろう。
「誰か大切な人からもらったものなのかも知れない」
というところまではいじめっ子としても、考えていたに違いない。
しかし、
「平成以降のバブル崩壊時からの苛め」
というのは、完全に、
「相手のことなど考えていない」
と言えるだろう。
つまりは、
「自分のことしか考えていない」
というもので。それこそ、
「ストレス解消以外の何物でもない」
ということだからである。
そんな時代において、虐めというものが、どれほど悲惨なものなのかということを、虐めている側には分からない。
そもそも、自分のストレスが、外的なものからということも分かっているのかいないのか?
ということである。
これは、
「連鎖」
ということにつながるのではないだろうか?
親が社会から受けたリストラなどによってのストレスを子供にぶつける。そして、その子供がストレスのはけ口を、同級生に求める。
それが、
「いじめ問題」
というものになるのだろう。
だから、こんな陰湿ないじめというものが、なくなることはない。
なぜなら、
「バブル崩壊の影響」
というのは、今も続いているということだからである。
というのは、
「失われた30年」
などという言葉があるが、それは、
「バブル崩壊から少しは景気もよくなっているはず」
ということなのに、市民の生活水準というものは上がっていない。
むしろ、
「物価の上昇」
というものに追いついていないということになるだろう。
これは、一番よく言われているのが、
「内部留保によるものだ」
ということである。
この内部留保というのは、
「企業が、利益を得た部分を、本来であれば、社員に給料として還元しなければいけないものを、会社としては、もしもの時の貯えということで、持っていることだ」
ということである。
本来であれば、
「政府などが指導して、還元させるべき」
ということであるが、会社側の言い分としては、
「もし不況になった時、バブル崩壊の時のように、リストラをしないで済むように、会社が蓄えておくためのもの」
ということであった。
つまりは、
「この金がないと、容赦なくリストラを敢行する」
ということである。
それを言われれば、社員も政府も、何も言えなくなってしまうということだ。
だからといって、
「給料のベースアップが、物価上昇に追いつかない」
ということは、大きな問題で、政府が打ち出した政策を、実際には、企業側も、最大限の努力ということで、簡単に断ったりはしないということであった。
それでも、なかなかうまくいかないことで、
「失われた30年」
と言われるのだが、それが精神的な問題ということで、
「精神疾患を持った人がたくさん増えた」
ということになるのだ。
実はもう一つ理由があり、
作品名:数学博士の失踪(後編) 作家名:森本晃次