数学博士の失踪(後編)
「お父さんを必死になって探さなくてもいいのかも知れない」
と、考えがシフトしてきたのであった。
そんなことを考えていると、そのうちにひょっこりと、父親が出てくるのではないかと思った。そのためには、遠藤探偵がいっていたという店の情報をできるだけ集める必要があると思ったのだ。
「やはり父の消息のヒントは、バーが握っている」
と感じた。
しかし、実際にあるはずだと信じていたものがなかったことで、かなりのショックを受けていた遠藤探偵であるが、それも分からなくもない。
探偵という職業は、事実を積み重ねることで、真実につながることを探している。その発想は、実は警察と似ているとも思える。だからなのか、
「警察を辞めた人が探偵になる」
という例が多いような気がする。
というのも、テレビドラマなどの影響なのかも知れないが、そういわれてみれば、
「確かにその通りかも知れない」
ということで、納得がいくというものである。
真実と事実というものであるが、よくテレビドラマやアニメの主人公などが、
「真実は一つ」
といっているが、本当にそうなのだろうか?
実際には、一つなのは、事実というもので、これは、覆すことはできない。
それは、
「真実に表があろうが、裏があろうが、それぞれが、事実なのだ」
ということになり、
「事実は一つでも、真実にしてしまえば、二つ」
と言えるだろう。
あくまでも、見る方向によって、数を数えるという発想で、見方が違うと、真実と事実が逆に見えることもあると考えると、
「真実は一つ」
と言えなくもない。
それが、
「パラレルワールド」
であったり、
「もう一つの世界」
などという発想とは、また違ったものではないだろうか?
今回の、
「店がなかった」
というのは、ある意味、
「遠藤探偵が夢を見ていたのかも知れない」
という考えもできるわけだ。
しかし、その夢に、別の人間が介在してもいいのだろうか?
明らかに、遠藤探偵が夢を見ていたというのであれば、まどかも、人の夢に入り込んだといってもいいかも知れない。
逆にいえば、
「二人とも夢を見ていて、その夢がインスピレーションで重なったのかも知れない」
とも考えられる。
となると、
「二人の夢は、どこかに交錯するところがあり、少なくとも、平行線ではない」
ということになるだろう。
「夢というものが、見る人にとって、いいことであろうが悪いことであろうが、都合のいいもの」
ということであれば、
「二人は、それぞれ都合のいいことが、偶然重なったのかも知れない」
と言えるだろう。
もし、そう考えるとすれば、
「その夢の続きは、どんなものだったのだろう」
まどかは、以前まで、
「夢の続きというものは、絶対に見ることができない」
と考えていた。
その理由として、
「夢というのは、目が覚めるにしがたって、忘れていくものだ」
という考えから、
「覚えていない夢こそが、もう一度見たいと思う夢だ」
と考えている。
そんな夢だから、覚えていないのであって、覚えていれば、もう一度見ることができるということであろう。
だから、
「覚えていないということは、忘れているということで、忘れたものを、夢の中では決して思い出すことはできない。それが、都合のいいということであろう」
と思うのだ。
だから、もう一度見たいと思う夢は、自分にとって、見てしまうと、ロクなことにならない夢だといえるだろう。
というのも、
「せっかく忘れてしまえばいいと思って覚えていないのだから、それを無理に思い出そうというのは、無理を押し通すことで、逆に、忘れてしまいたいと思っている夢に違いない」
と言えるだろう。
だから、夢を見るということは、幻を見るということ、逆にいえば、
「見たいと思っているものが、目の前から消えるというような夢であれば、心の中の潜在意識としては、忘れてしまいたいと思っていることに違いない」
そう思えば。
「遠藤探偵は、父のことを忘れてしまいたいと思っているのだろうか?」
と考える。
本当の意識は忘れてしまいたいのに、他の意識が働いて、まどかに会いに来たのかも知れない。
そして、まどかを自分の夢の中に誘い込んで、夢の中で、忘れてしまいたいことがあるというのを覆い隠し、自分でも、逆の発想を抱くかのように、まどかの心に寄り添うつもりで一緒にバーまで来たのだが、そのバーの存在を、まどかに知らせることを、遠藤の意識は拒むのだった。
それがまどかの潜在意識と遠藤の潜在意識の反対の意識が交錯したものだとすれば、二人は、夢の中で、思いが交錯したともいえるだろう。
その反対の意識というのが、
「忘れたい」
という思いと、
「思い出したくない」
という思いがリンクした。
二人のうちのどちらが、忘れたいのか、思い出したくないということなのか定かではないが、その思いは、一つなのかも知れない。
それが、
「真実なのか、事実なのか?」
あるいは、どちらかにとっては、真実で、どちらかにとっては事実だという発想もあるのではないだろうか?
そんなことを考えていると、
「私一人で出かけた方が、その店はその場所に存在しているのかも知れない」
と思うのだった。
実際に、一度は行ったことのある場所ということなので、行こうと思えばすぐにでも行ける。
店の名前は憶えているので、その店は、スマホで位置検索すればすぐに出てくるというものである。
実際に、検索すれば、容易に出てきた。
「なるほど、昨日、遠藤探偵と行った場所に相違ない」
と思ったまどかは、
「すぐに行きたい」
という思いを抑えて、実際に行ってみるのは、3日後ということにした。
その日にちに、これと言った意味はないが、自分の気持ちを落ち着かせるのと、自分の中にある、
「バイオリズム」
というものが、
「3日後がいい」
といっているのであった。
その三日後になるまでに、それほど時間が掛かった気がしなかった。
今まであれば、
「まるで小学生の遠足を待ちわびている時のように、夜も眠れないなどということになるのではないか?」
と思ったが、そんなことはなかった。
確かに最初の一日は、思ったよりも時間が掛かった気がしたが、二日目三日目と時間が経ってくると、あっという間に過ぎたような気がした。
しかも、
「前に遠藤探偵ときたのが、まるで昨日のことのように思える」
ということと、
「今回は一人で来ているのに、まるで、そばに遠藤探偵がついてくれているような気がする」
という思いだった。
そういう意味では、遠藤探偵がいてくれないのは、心細い気がする。
「遠藤探偵がいてくれれば」
とも思ったが、また一緒だと、店がないなんてことがあるような気がするからだった。
一度、自分一人で店にいけば、今度遠藤探偵と一緒に行くということになっても、今度は、消えるということは絶対にない。
そんなまったく根拠のない自信のようなものが、まどかにはあったのだ。
実際に、店に近づいてくると、
作品名:数学博士の失踪(後編) 作家名:森本晃次