数学博士の失踪(前編)
という思いはあるが、自分の中では、そこまで真剣に考えているわけではなかった。
「普通にしていればいいんだ」
と思うと、不思議と自然になれるというもので、この気持ちの奥には、
「なるようにしかならない」
という気持ちの表れというものがあるのかも知れない。
そんなまどかのところに、現れた探偵、それが、
「遠藤探偵」
だったのだ。
彼は、雰囲気的に探偵という感じではないかも知れない。
しかし、そもそも、探偵というのがどういうものかというのは、昔の小説のドラマ化などで、知っているので、実際には、ドラマの中でも、たくさんの種類の探偵がいるというものである。
もっといえば、最近のドラマなどでは、
「探偵が趣味」
というような、本当は他の職業を持っているのに、なぜか探偵の真似事のようなことをして、しかも、警察に信頼されている探偵というのがいる。
だから、普段は、他の専門職だったりするので、
「これのどこが探偵なのか?」
ということになるのであった。
そういう意味では、
「探偵というのは、実に面白いもので、神出鬼没といってもいいのではないだろうか?」
ということである。
しかし、今現れた探偵というのは、どこか、垢ぬけていて、それこそ、
「ファッションモデル」
ではないか?
とも言えるだろう。
または、昔でいえば、
「男性アイドルのような感じ」
といってもいい、ファッションセンスからすれば、かなりのものなのだろう。
しかし、まどかは、ファッションに関しては、まったく疎かった。
自分の服を買うのでも、友達に見てもらったり、母親に見てもらったりするくらいで、それこそ、
「無頓着」
といってもいい。
まったく、服には関心がないと言ったところであろうか?
それが、
「まどかは、父親に似たんだ」
ということであった。
父親も、
「研究に関しては、寝るのを惜しんで研究するが、それ以外のことになると、まったくの頓着だ」
と言われていた。
そんな父親を尊敬することで、娘にもそんな性格が移ったのだろうか?
そもそも、まどかとすれば、自分のこんな性格を、
「格好いい」
と思っていた。
その性格としては、
「自分が好きな性格」
ということで、小学生の頃は、まわりにもさせようとしたくらいだった。
しかし、そんなことをすれば嫌われて、虐めの対象になってしまう。
実際に、そんな風になったまどかは、それから、あまり友達とつるむことがなくなった。
「私は皆とは違うんだ」
という思いがあるからだ。
そして、
「皆と違う自分がいい」
という性格も、
「父親からの伝染」
だと思っていた。
ただその性格をまどかは、
「遺伝だ」
とは思っていない。
遺伝というと
「生まれつき」
ということになるが、どうではない。
なぞそう思ったのかというと、
「自分がこんな正確になったその瞬間というものを覚えているからだ」
と感じていたからだ。
だからなのか、まわりからは、
「まどかを見れば父親が分かる」
と言われていたし、筒井教授も、
「先生を見ていれば、娘さんが分かる」
とも言われていた。
実際に、
「二人ともに会った」
というわけではないのに、まるで断定するかのように、言われるのだから、実におもしろいと言えるだろう。
そんなまどかだったので、探偵を見た時に感じた思いというのは、
「こんなシャバい人で大丈夫なのか?」
という思いに駆られたのだ。
最初から、信用していないという思いを、まどかはオーラとしてはなっていた。相手はそれを分かっていると思われるのに、あっけらかんとして、
「我関せず」
という雰囲気だったのだ。
ある意味、まどかと遠藤探偵は、
「似たもの同士」
ということなのかも知れない。
「筒井まどかさんですか?」
と遠藤盾居がいうので、
「ええ、そうですが?」
と、まどかは少し暗くいった。
「この人が本当にお父さんが信じている人なのかしら?」
ということであったが、実際に、
「私に何かあったら、遠藤探偵を頼りなさい」
といってくれた連絡先と、今遠藤氏が渡した名刺の住所や会社名がまったく同じだったということだから、疑いようはないということである。
そもそも、まどかは、探偵という職業をうさん臭いと思っていた。確かにミステリー小説として、架空のものと考えれば面白いのだろうが、リアルになれば、そこまで面白いとは思えない。つまりは、
「それだけ、人の不幸は蜜の味ということであろうか?」
ということであった。
実際に探偵を雇うということは、こちらが何か困ったことがあるわけで、それこそが不幸なことだとすれば、探偵は、その不幸で飯を食っているということであり、そう考えると、うさん臭く感じても無理もないことだろう。
しかし、実際の不幸というのは、こちらから望んで起こるものではない。要するに、不可抗力というものであり、それを思えば、いくらうさん臭くても、頼らなければいけないことだってあるはずだ。
それを思えば、
「この人に頼りたくなるようなところが、あるんだろう」
と考えるのであった。
少しでも、頼りになる人だと考えることで、今の自分の立場や苦しみが、少しでも紛れるといいと考えるのであった。
「お父さんが行方不明になったとか?」
と、さっそく、遠藤探偵は切り出した。
「よくご存じで」
と、少しいじけたようにいうと、相手も、
「餅は餅屋と言いますからね」
と言ってのけるのであった。
まどかの方は、いじけるように言ったが、遠藤の方は、逆に茶化すような言い方をした。今のところ、
「どっこいどっこい」
というところであろう。
まどかとすれば、この状況を何とか打破したい。
といっても、その打破というのは、自分が優位に立ちたいということであり、それこそ、マウントを取るということになるのだろう。
しかし、相手は、そんな気はまったくないようだ。その様子を見ていると、明らかに、
「大人と子供」
という感じで、それこそ、
「お釈迦様の手のひらで泳がされる孫悟空」
のようではないだろうか?
「お父さんは、数学研究者である、筒井先生ですよね?」
と、当たり前のことを聞いてくるので、ただ言葉には出さずに頷いた。
相手は。それを見ながら、何かを掴んだかのような顔をしたが、その顔が、またしても、憎らしさを呼ぶのだ。
実際には、完全に、自分が後手に回っていると、まどかは感じた。それが癪に障るというわけで、
「お父さんは、こんな男のどこを見ていたんだろう?」
と思ったが、まだ会ったばかりなので、まどかの分からないところに、お父さんが惚れたということなのだろう。
だからといって、まどかは最初から自分を前面に出すというようなことをする女の子ではない。
自分をしっかり持っていて、その自分をいかに表現するかということにかけては、
「父親譲りだ」
と思っていた。
実は、筒井はまわりの人に対しての態度は、明らかに相手によって変える。
初めての相手に対しては、まさに、
「今の遠藤探偵のようだ」
といってもいいだろう。
作品名:数学博士の失踪(前編) 作家名:森本晃次