数学博士の失踪(前編)
「助手から聞きだそう」
という勢力おあるようで、それこそ、
「産業スパイ」
と呼ばれたものと類似したものなのかも知れない。
産業スパイであれば、ほとんどが、
「企業単位」
ということであるが、これが、
「大学の研究室」
ということであれば、勝手が違っている。
それこそ、
「国家プロジェクトに近い」
というものであることから、その組織も企業レベルというものではなく、もっと大きな力や金が働いているといってもいいだろう。
だから、余計にカネが動くというわけで、それこそ、
「金が金を生む」
ということになるだろう。
まるで、ネズミ算的に増えていくということに、筒井は、時々憂いていたのであった。
しかし、そんな筒井は、不意に、そんな発想からまったく別の考えをひらめいたのであった。
それが、今回発表されるであろう、研究ということである。
その発表の内容は、今回も
「秘密」
ということになっていた。
しかも、今回の秘密は、完全に大学からも厳命されたものということで、誰もその内容を知る者はいなかったということである。
ただ一つ言えることは、前述の、
「ねずみ算的な発想」
というものに、嫌悪感であったり、虫唾が走るというだけのものを持っていたことで、
「その反対の発想」
というものが、筒井をひらめかせたのである。
それだけは、世間にも公表されていて。
「今回の研究は、発表までに厳重にその守秘義務は守られるべきもので、これに違反すれば、国家を敵に回したというくらいに大きなものだ」
と言われていた。
しかし、
「ヒントとして一つ言えることは、その内容に、マイナスというキーワードが入っているということです」
というものであった。
これは、大学側としても、一つの釈明に近かっただろう。
「国家レベルの秘密」
ということで、一方的にかん口令を敷く」
というのは、フェアではないと思ったからだろう。
彼のいる大学の風紀ということで、
「フェアな考え方」
というものを、理想として、さらには、理念としている。
だから、フェアプレイを目指すということで、ヒントが示されることになったのであった。
もっとも、
「国家というものが、一番フェアではない」
ということもいえるだろう、
特に、戦争などが勃発した時は、
「諜報活動」
であったり、
「プロパガンダ合戦」
ということで、
「勝つためには何をしてもいい」
という考えが生まれるのである。
かつての某国はひどいものだった。
「植民地に対しての貿易で損をする」
と考えたその国は、
「アヘンという麻薬を蔓延させることで、アヘンを輸入しないといけない立場に追いやられる」
ということで、戦争状態となり、結局植民地が負けて、さらに迫害を受けるということになった。
さらに、他の戦争において、
「自分たちの国を建国することを応援する」
と、敵対するそれぞれの民族に約束して、それが、現在まで大きな火種ということで残ったというものもある。
いわゆる、
「二枚舌外交」
というやつである。
最初から、
「建国に協力などするというつもりもない」
というのに、騙された国が今では、絶えず戦争をしている地域ということになるわけである。
だから、
「戦争というのは、どちらが悪いというわけではなく、昔からの歴史の積み重ねで起こるものだ」
と言えるだろう。
だから、今の時代だけを見て、片一方に加担し、
「国民の苦痛を見て見ぬふりをしながら、戦争をしている国に、無償で金を出す」
という暴挙に出るのだ。
「人道的な措置」
と政府はいうが、結果として、
「その金で戦争のための武器弾薬を買う」
ということだから、何をどう言い訳しても、
「戦争の一方に加担した」
ということに変わりはないということだ。
それが、我が国だというのだから、これほどの屈辱はないだろう。
「実際に、貧困で苦しんでいる人がたくさんいるのに」
ということで、そんな政府はすぐに破綻するというのも当たり前のことだったのだ。
そういう意味では、国家が後ろ盾になっているというのは、実際には強力な権力のようなものを持てるということでもあるが、一歩間違えると、
「国家に利用されかねない」
ということも、背中合わせにありえることではないだろうか?
それは、ここで研究している人はある程度まで覚悟はしているようだ。もちろん、それによって、生命の危機ということになるのはまずいだろうが、さすがに今の日本ではそんなことはないだろうと思われる。
それを考えると、今の国歌を憂うる人がいるかどうかというのが大きな問題なのではないだろうか?
そんな研究を続ける
「筒井博士」
であったが、彼の今回の研究である、
「マイナス」
に関わるものは、へたをすれば、産業スパイに狙われるのではないかということも考えられることであった。
しかし、この研究を知っている人は、ごく限られた一部の人たちだけで、それを実際に他の何に使えるのかということはハッキリとしているわけではない。
それだけに、身に危険を感じているのは、博士だけだったのだ。
そんな博士であったが、別に普段は変わらない生活をしているし、大学でも、相変わらずだった。
元々、研究に生活のほとんどの時間を費やしているので、研究所の帰りに、どこかに寄ってくるということもない。研究所をほとんど定時に終わり、いつも家には午後八時には到着していたのだ。
だから、いつも家では奥さんと一緒に食事をしていた。
娘のまどかは、中学生の頃くらいまでは、家族での食事だったのだが、今は時間がずれている。むしろ、娘の方が、夕食の時間が遅いといってもいい。
なぜなら、まどかは高校2年生になっていて、来年は大学受験ということで、すでにそれを目指して予備校に通っていたからだ。
予備校は、学校が終わってから、直接行っている。学校からも家からも少し遠いところなので、家族としても不安だったが、
「大丈夫よ」
という娘の言葉を信じていたのだ。
実際に、学校から予備校も、予備校から家に帰ってくる時も、比較的賑やかなところが多いので、それほど危ないこともない。
まどかも、父親の血を引いているからなのか、
「何か食べていこうか?」
という予備校の友達の誘いに乗ることもなく、いつも、予備校が終わればすぐに帰宅していた。
友達の中には、まどかのことを、
「付き合いが悪い」
という人もいるが、ほとんどの友達は彼女のことを理解している。
というか、
「お父さんが大学教授ということだから、あの性格も仕方がないか」
ということで、そもそも、誘ったとしても、会話になるというわけではないだろうか、ある意味、
「彼女がいようがいまいが関係ない」
ということなのだろう。
そういう意味で、幸か不幸か、彼女のことを悪くいう人もいなかったのだ。
それだけに、家路を急ぐまどかだったが、それでも、午後九時半までには帰宅できていた。すでに、
「お腹ペコペコ」
という状態で、帰りつくまどかの食事はすでに用意されている。
作品名:数学博士の失踪(前編) 作家名:森本晃次