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数学博士の失踪(前編)

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 確かに、単純な男だということは分かっていても、まったく無欲ということはないだろうということも感じていたからだ。
 しかし、大学側が想定していた範囲でしか条件を出さなかった筒井を見て、正直大学側は安心した。
「思ったよりも無欲な人だ」
 ということであるが、ただし、
「自分の研究の邪魔はされたくない」
 ということは、十分にあったのだ。
 これに関しては、他の誰にも負けないということで、それこそ逆に、
「学者肌だ」
 ということで、彼のプラス部分ではないかということであった。
 しかも、筒井という男は、実際に、マイナス面と見られるところがいくつもあり、それなのに、総合してみれば、そのマイナス面が見えてこないのだった。まるで、マイナス面は、その部分だけを見ないと見えてこないという感じであろう。
 つまりは、
「マイナス面というのは、その部分だけに集中すれば見えるのだが、全体で見ようとすると目立たない」
 ということであった。
 それは、
「見る角度によって、見えるものと見えないものがある」
 という、いわゆる、
「死角」
 という発想ではないかと考えられるということであった。
 その考えというものが、もう一つ言えるというのは、
「マイナスにマイナスを掛けると、プラスになる」
 ということである。
 これは、数学どころか、算数で習うことであり、それこそ、小学生の低学年でも分かることではないか」
 ということであった。
 そんな当たり前のことを、大学生ともなれば、あまり意識をしない。
 それこそ、
「石ころのような発想」
 といってもいいだろう。
 目の前に見えているはずのことであっても、意識されることはないという、
「石ころの理論」
 である。
 ただ、その石ころの理論というものに、挑戦しようとでもいうのか、敢えて、当たり前のことに注目しようとする考え方があった。
 それが、特に数学者の中では静かなブームになっているといってもいいのかも知れない。
 そして、それからまだ十数年が経ち、大学院に進んだ筒井は、いつも昼食に赴く喫茶店でウエイトレスをしていた女性を好きになり、相手と相思相愛だということが分かった時点で、さっそく結婚したのであった。
 それから、すぐに子供も生まれた。生まれた子供は女の子で、名前を「まどか」とつけられたのであった。
 そもそも、数学者である筒井とすれば、図形に造詣が深く、その中でも、円というものに興味を持っていた。
 そこで、
「円」
 と書いて、
「まどか」
 と読むこの名前を娘につけたのであった。
 もちろん、表記はひらがなということで、母親としても、
「かわいい名前ね」
 ということで気に入っていた。
 しかし、名前の由来に関しては、奥さんはもちろん、娘に対しても、しばらくは黙っておこうと思ったのだった。
 ある程度の年齢になって、意味が分かるようになってからいう方が効果があると思ったし、何よりも、子供が簡単に理解できるとは思えなかったということからであった。
 そんな筒井も、最近新たな研究を発表するという話が出て、その研究が実際に世間で評価されれば、
「いよいよ博士号獲得か?」
 という話になったのだ。

                 行方不明

 ちなみに、ここでいう
「博士号」
 というのは、世間で言われている、
「大学院を卒業し、修了過程を終えて、修士というものになり、企業での専門的な分野を担う、最高の実績」
 ということではなく、
「博士課程を終了し、博士としての自立した研究員のことをいう」
 ということである。
 そして、その中でも、
「学会が認めた博士」
 というのが、筒井が目指す、
「博士」
 という考え方であった。
 だから、
「大学院に入った時から、2つの進み方がある」
 ということになる。
 もちろん、
「修士課程」
 を終えることで、民間企業の研究所の所長を目指すという人も結構いたりするのだ。
 筒井は、あくまでも、
「研究者の第一人者になりたい」
 という思いを持って、大学院で、博士課程というものに進んだ。
 実際に、それは間違ってはおらず、大学側が期待するだけの成果を、どんどん挙げていったのだった。
 数学者というものが、他の理系から見ても、そこまで注目されていないということを考えても、筒井の評価が下がるわけではない。
「10年に一人の天才」
 という言われ方もした。
 そんな筒井を、すでに博士と呼んでもいいレベルまで来ているのだが、彼は自分の中でプライドのようなものがあるようで、
「筒井博士」
 と呼ばれることを嫌った。
「学会から認められないと、そんな風に呼ばれたくはない」
 ということで、自分への言い方に関しては、あまりものにこだわらない筒井にしては、固執していたということである。
 ただ、大学院に入って、そろそろ20年が経とうとしていた時期、年齢的にも、40代前半ということで、
「民間企業であれば、課長クラス」
 といってもいい年齢になったその時、やっと学会から認められそうな研究がまとめられることになった。
 それは、発表前から学会でも評判となっていた。
 筒井は、その態度は結構まわりに悟られることが多いということで、学会の博士連中であったり、世間で注目している人から見れば、
「今回の発表には、相当力が入っているようだ」
 ということが、丸わかりということであった。
 つまり筒井という人物は、
「隠し事のできない人間だ」
 ともいえるだろう。
 本当は、
「そんな人物が博士になってもいいのか?」
 ということもちょっと気になるところであるが、実際に、
「博士と呼ばれる人たちは、皆、何らかの癖などを持っていたりする」
 という、
「個性の持ち主の一人」
 といってもいいだろう。
 そんなことを考えていると、実際に、
「学会が開かれる日も近づいてきた」
 ということであった。
 数学会は、騒然としていた。
「いよいよ、学会が認めるところまで筒井先生が来た」
 ということからである。
 実際に、これまで筒井が発表してきた内容は、すでに、他の数学者から検算されたりして、その功績は折り紙付きだったということである。
 裏を返せば、
「発表に伴って、最善の注意を払った検算が行われている」
 ということで、
「発表された時点から、すでに、筒井の法則」
 ということが決まっているようなものであった。
 大学院に研究室で、筒井には、
「助手」
 と呼ばれる人はたくさんいたが、
「弟子」
 という人は一人もいない。
 他の先生には、
「一人や二人は弟子がいてもいい」
 というのに、弟子を持つということに関しても、筒井は固執しているのであった。
 実際に、
「助手というものを持つ」
 ということは、あくまでも、アシスタントという意味合いで、立場は対等で、
「同じ目的をもって、研究する」
 ということに変わりはないということである。
 もちろん、大学院の中での立場には、れっきとしたものがあるというわけであるが、
「師弟関係」
 というものではないということである。
 そんな大学院において、研究を続けていたものが、どのようなものかというのを、