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数学博士の失踪(前編)

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「物理も化学も、数学を分かっていないと、できない科目だ」
 ということがいえ、結局は、
「数学ができないと、成績は自ずと下がってくる」
 ということになるのだ。
 数学のおかげで、物理や化学も成績が上がり、一気に、
「優秀な理数系の学生が集まる大学」
 というものが、ロックオンされた。
 実際に、いくつかの大学を、
「滑り止め」
 という形で受験するのは、他の生徒も同じだったが、筒井青年は、
「そのすべてに合格した」
 ということであった。
 筒井青年は、その実績を持って、優秀な学生の集まる大学に入学した。
 ただ、高校の進学指導の先生は、一抹の不安というものを抱いていた。
「彼はここでは天才だった」
 ということであるが、実際には、そのことが、彼をおごらせていたのかも知れない。
 そう感じると、
「大学はさらに、天才の集まるところ」
 ということなので、
「天才の中に混じるということで、自分の立場が明らかに変わるということを自覚できていないと、精神的に問題があれば、そこでまた挫折することになるかも知れない」
 ということだ。
 つまりは、
「高校では、完全トップだった人が、大学に入ると、その他大勢にならないとも限らない」
 ということである。
 同じようなレベルの人が精鋭ということで集まってくるのだから、それも当たり前ということであろう。
 しかし、人によっては、
「そんな中でもまれたりすることから、自分の神経が研ぎ澄まされる」
 ということで、さらに高みを目指すという人もいるだろう。
 筒井青年は、そんな生徒だったのだ。
 高校の教師の不安は、いい方に的中しなかったということである。
 実際にそこまでの域になってくれば、それこそ、
「あとは、博士への道を目指すのみ」
 ということであった。
 実際に、大学でも、
「天才」
 と言われていた。
 天才たちがたくさんいる中で、その彼らが認めるということは、
「本当の天才」
 ということであろう。
 博士と呼ばれる教授をたくさん輩出している学校なので、そんな教授たちからも、
「一目置かれる」
 ということであった。
 そんな筒井は、
「民間に就職することなんかない」
 ということで、
「研究者の道」
 というものを選び、大学院に進むのであった。
 もっとも、これは、
「高校時代から描いていた青写真」
 ということで、本人とすれば、
「意識はしているが、気持ちとしては、当たり前のこと」
 として、さほど強い意識はなかったのだ。
 他の学生が、大学院を選んだことを誇りに思う中、筒井は、
「別の意味での誇り」
 というものを持っていた。
 それが、
「筒井という男は、表に発散するオーラというものを、内面にも発散できるだけの能力を持っている」
 ということであった。
 この能力というものが、博士になるということにおいて、大切なことだということも、筒井には、分かり切っていたことだったのかも知れない。
 そんな筒井という男は、
「いつ博士になるか?」
 という周りの期待を背負っているということであった。
 大学院に進んだ筒井青年は、そこで、自分独自の研究を進めた。これは、他の人に話すことなく、自分独自に考えているものであった。そのことは大学側も認めていて、筒井先生の勉強を妨げることがないようにというお達しが出ていたくらいだ。
 元々、この大学院では、
「個人の自由な研究」
 ということにかけては、比較的自由だった。
 だから、筒井も大学院に残る決心をしたからだ。
 元々は、他の人と同じように、大学を卒業すれば、就職しようと思っていたのだ。
 そもそも、開発できればどこでもいいというのが、筒井の考え方ではあったが、その研究の内容にまでは、あまり言及はしていなかった。大学側にも、
「自由にやらせてくれれば」
 ということで、そんなに大きな望みはなかったのだ。
 他の理系でも、物理学や化学などほど、お金がかかるものではない。それが、数学というもので、だからといって、実際に人間の生活に直接的な影響がないというのも、数学というものであった。
 それを思えば、筒井のいう、
「研究ができればどこでもいい」
 という考えもまんざらでもなかっただろう。
 ただ、民間企業においても、特に、建築系であったり、ゼネコンのようなところは、数学というものを必要とするということで、筒井という人物に、興味を持つという大企業も少なくはなかったのだ。
 だから、大学3年生の頃から、筒井は注目されていた。実際に、大学に身元確認の依頼があったりということもあったくらいだ。それこそ、プロ野球などの、スカウト合戦さながらといってもいいだろう。
 もちろん、そのことは本人も分かっていた。本人に対しても、民間企業のスカウトがやってくることもあるからだ。こちらは、プロ野球などと違い、ドラフト会議などがあるわけではない、自由競争ということで、企業の方も、努力すれば何とかなるということで、躍起になっていたことだろう。
 そんな企業の誘いに対して、3年生の頃は、むしろ乗り気で聞いていた。それこそ、自分の能力を生かせるところということで、話を前のめりで聞いているくらいだったからだ。
 しかし、そのうちに、民間企業が自分に求めているものが何なのかということが分からなくなってきた。
 それが、次第に筒井を、民間企業から遠ざけるということにつながったのであった。民間企業の方も、いよいよ就活本番という頃になると、他の学生にもアプローチが必要になり、筒井ばかりにかまってはいられなくなった。
 そんなスカウトをみて、
「俺はどうでもいいのだろうか?」
 と思うようになり、それまでの民間熱というものが、次第に冷めていったのであった。
 実際には、そんなつもりはなくとも、スカウトの方も、なんとしてでも入ってほしいという思いから、かなり持ち上げるような話をして、本人をその気にさせようともくろんだはずだった。
 しかし、そんなことまで頭が回らなかった筒井は、民間に半分嫌気がさしてきたのだ。
 そもそも、民間企業への就活というのもほのめかしたのは、大学側だった。
 それなのに、ちょうど彼が、民間への興味が薄れたというような頃を見計らって、大学院を進めてきたのである。
 それを考えると、
「民間熱が冷めさせるように大学側が暗躍したのではないか?」
 とも考えられたのだ。
 実際に、それは半分は当たっているというもので、筒井が大学院への気持ちいが揺らいでいた時、この時とばかりに、大学側は、筒井にいろいろな好条件を示してきた。
「自由に研究ができる」
 ということが、研究員にとっての一番の望みということは分かっていて、それは筒井も同じだということを熟知していた。
 その思いは間違ってはおらず、そういう意味では筒井という男は、
「単純な男だ」
 といってもいいだろう。
 しかし、それは、ずっと勉強ばかりしてきたということでの、ある意味、頭でっかちの部分での、マイナス面ではないかということであった。
 大学院に進んだ彼の言い分を、大学側も、ドキドキしながら待っていたことだろう。