数学博士の失踪(前編)
「好きなものに対しては一生懸命になるが、そうでもないことに関しては、それほど関心はない」
ということであった。
しかし、それは、誰にでもいえることではないか。
それなのに、
「何か物足りない」
と先生に感じさせるということは、
「それだけ、算数に関しては、特化している」
ということになるのだろう。
小学生の時の担任も、どこか気持ち悪さを感じるくらいの生徒で、先生としても、どうしても、遠慮がちで接することになるというものだ。
それこそ、
「腫れ物に触る」
かのようで、それが、まわりにどのように映ったかということであるが、実際には、まわりの生徒にも、先生が感じたような、
「気持ち悪さ」
というものがあるのは分かっているようだった。
だから、いじめっ子も、むやみには手を出せないと思っていたに違いない。
それが、いじめを受けなかった理由の一つと言えるのではないだろうか?
ただ、先生も、
「算数の公式」
というものには、興味を抱いていて、思い切って、その話を筒井少年にすると、案の定、包少年は乗ってきた。
二人は放課後、教室の黒板を使って、算数の公式を書いて、話をしている。
先生としても、
「そうか、そんな解き方もあるんだな」
と思って聞いていた。
先生は、大学まで卒業しているので、数学ももちろん、熟知している。だから、中学生になって数学の公式を習うと、
「これらの法則のようなものは、中学に入れば、これが公式だと教えられるだけなんだけどな」
と感じていた。
それこそ、
「小学生の頃の発見」
というものが、どれほど無駄なことだったのかということを思い知らされることになり、人生最初の挫折を味わうことになると思うのだった。
それを、かわいそうだと思ってもどうすることもできない。
「彼は今、算数の法則を見つけるということに躍起になり、その一つを見つけることで、達成感というものを感じているだろう」
と感じるのだ。
それを考えると、
「小学生時代というのは、本当に楽しい」
と感じているかも知れないが、中学生に入って、挫折を味わうということになると、果たしてそのことに耐えることができるのかと考えると、小学生の教師として、中学にこのまま送り出していい者かと考えさせられる。
だが、実際には、それは取り越し苦労だったといってもいいだろう。
中学に入ってから、確かに、
「挫折」
というものがあっただろう。
「俺があれだけ苦労して見つけた法則を、方程式などというもので、簡単に皆に教えるなんて、ありえない」
という発想だった。
だから、筒井も一時期、
「数学は嫌いだ」
と思っていたのだ。
数学というものを勉強するのが嫌になると、他の勉強に走るということもできないと思うようになった。
特に、理科系の学問だと、
「数学の理屈が分からないと理解できない」
という部分が少なからずにあるからだ。
しかし、そのことが、彼を数学に興味を戻すことになった。
別に、
「他の学問を知りたくて、数学をもう一度勉強しよう」
と感じたわけではない。
むしろ、理科系の学問に興味を持つことはなかった。
本来であれば、理科系の教科に興味を持つことで、数学も付随して勉強しなければいけないということに気づくのだろうが、筒井少年は、算数を含めたところでの、数学全般から離れることはできなかったのだ。
そう、筒井少年が、数学から離れられなかったのは、
「算数も数学の一部」
と考えたからだ。
それは、理屈から考えれば、
「当たり前のこと」
なのであるが、小学校で算数しか習っていなかった人は、中学に上がると、自然と、
「次第に、学問の本質に近づき、難しいとことに入っていく」
ということで、自分が大人になってくるということに気づくのであろう。
それを考えると、
「算数を数学の一部」
という考えができないのが、一般の生徒なのではないかと思えたのだ。
しかし、筒井少年は違った。だから、数学を勉強するということを辞められなくなった。この時の感情があるから、数学という学問を完遂できたということになるのだろう。
それが、
「博士号などの特殊な技能を持った人でしかなれない人物の頭の仲なのではないだろうか?」
ということになるのだ。
算数というものと、数学とが、実は同じものだという考えは、数学博士の中でも、
「二分した考え」
ということだ。
実際に、
「数学博士」
と呼ばれている人の中には、
「数学と算数はまったく別の学問」
と思っている人も多いという。
しかし、それを言いだすと、へたをすれば、自分の地位や立場というものが危うくなるという考えから、そんなことを決して口にしないという人が多いことで、この考えはある意味封印されてきたといってもいいだろう。
そんな数学を好きになった筒井少年は、最初の遅れを取り戻すくらいは、あっという間のことだった。
成績も、最低ランクから、一気にトップクラスになり、数学の先生も、
「何が起こったんだ?」
と感じながらも、
「ただ、興味を持ってくれたことは嬉しい」
ということで、その時はまだ彼の可能性であったり、天才肌だということも分かっていなかったのである。
中学時代は、それくらいで収まっていたが、高校入試の際で、
「筒井という生徒は、数学で満点を取った」
として、入学時点で、教師から特別視されていた。
「うちの数学の試験は、他の学校の数学からみれば、相当難しい」
と言われているということだった。
合格ラインに満たないくらいの問題は、さほどではないのだが、合格するためには、
「難しいラインの問題を数問は解かなければ達しない」
と言われていた。
だから、
「数学で、及第点」
ということであれば、その生徒は、
「数学的な天才肌」
と言われていた。
それを、
「まさか満点が出るなんて」
というのは、教師全員の共通した驚きだった。
そもそも、入学した高校は、
「数学では特化した学校」
と言われていた。
それほど、成績には、差があるといってもいいだろう。
最低ラインの生徒は、本当にまったく分かっていない。
しかし、及第点すれすれの生徒は、
「よく落ちこぼれずに追いついてきた」
という人たちだ、
そういう意味で、最低ランクの成績しか取れない生徒は、教師たちから、
「落ちこぼれ」
というレッテルを貼られていた。
もちろん、そんなことは一切口にしてはいけないのだが、雰囲気で分かるというもので、そのあからさまな視線に耐えられず、退学していった生徒も少なくはなかったのだ。
そういう意味では、かなり厳しい学校ということで、
「理数系に特化した」
ともいえるだろう。
だから、
「理数系の大学に目指す」
という生徒が八割くらいはいて、それこそ、
「末は博士か?」
というような生徒を育てるのが、学校の使命だと考えていたようだ。
そんな高校で、数学だけはトップクラス。
さらには、
「数学を勉強していると、物理や化学の成績も上がってくる」
ということである。
逆にいえば、
作品名:数学博士の失踪(前編) 作家名:森本晃次