限りなく完全に近い都合のいい犯罪
自分も、趣味ということでありながら、小説を書いている。
その小説というのも、
「オリジナル作品でなければ嫌だ」
というもので、随筆であったり、寄稿文、評論と言ったような、いわゆる、
「ノンフィクション」
というものを毛嫌いしていた。
「ノンフィクションであれば、賞も取りやすいし、作家の道も早い」
という、
「ウソか本当か分からない」
というような話を聞いたことがあったが、
「そんなものは信じられない」
ということで、あくまでも、我が道を行くということを考え、
「それならば」
ということで、警察に入った気持ちを思い出していた。
ただ、実際に警察に入ると、その感覚は、
「あくまでも夢のまた夢」
ということであった。
結局、
「小説というものを自分で生きがいとして進むのであれば、それこそ、夢物語ということで、割り切るしかない」
と思ったのだ。
割り切るという言い方は、語弊がある。
「自分の道を切り開くためには、自分を納得させることが大切で、その納得は、最後には、夢の中で行う」
という結論が出たのであった。
だから、
「善悪という問題よりも何よりも、自分独自の考え方。それを彼が、夢に求めたということが、自分の過去を思い起こさせるようで、河合刑事は、死んだ信二に親近感を覚える」
ということであった。
そんな夢というものを、河合刑事も、
「久保田家が、どう感じているのか?」
ということを分かっているわけではないが、自分なりに、自分独自の考え方を持っていた。
「小説家にならなくてもいい」
と思い始めたのはいつ頃のことであろうか?
小説家になりたいと思ったのが、、大学に入ってからだったことから、まだ十年も経っていないというのに、
「あきらめるのが早すぎる」
というものである。
ただ、それはあきらめたわけではなく、
「夢というものに封印した」
というものであった。
夢という言葉には、
「寝ていて見るものと、起きている時に見るものがある」
ということで、
「まるで、二つもまったく違うものを、夢という言葉で表現している」
と言われても仕方がないが、河合刑事はそうは思っていない。
これは、
「久保田一族」
でも同じことで
「夢というのは、起きて見る時に、未来を見て、寝て見る時に、過去を見る」
という考え方であった。
だから、
「子供のっ頃に未来の夢ばかりを見て、大人になってから、過去のことを見るようになった」
というのは、
「子供の頃は、寝て見ているつもりの夢でも、実際には起きている時に見ていた夢だ」
と言ってもいいだろう。
ただ、この場合は、
「起きている時に夢を見せようとする意識が、子供の頃は、寝ている時に見ているという錯覚を与えるものであり、大人になってからは、意識も大人になっているので、寝ていて見る夢を寝ている時に見ているという普通の感覚になる」
ということであった。
だから、
「子供の頃に見せる夢は、自分の意識が、子供である自分を納得させようとして、起きている時に見せようとする夢を寝ている時に見せようとすることで、夢のメカニズムというものを、勘違いさせることになる」
ということになるのだろう。
それが、
「夢の正体」
であり、そのことを意識できている人は、ほとんどいないと言ってもいいのではないだろうか?
第二の事故
河合刑事は、自分を納得させながら、清水刑事は、なんとなく、納得がいかない中でも、それでも、
「今回はただのひき逃げ」
ということで、裏を取って、事件の幕を引こうと考えていたのであった。
あくまでも、この事件は、目撃者が現れない限り、これ以上先に進むということはなく、それは、事件が進展しないことから、迷宮入りということになるのを意味していたのであった。
河合刑事の方が、
「夢の正体」
というものを感じながら、次第にこの事件から意識が離れていくのを感じていた。
それは、
「自分なりに納得したからだ」
と言ってもいいだろう。
被害者の無念を考えると、それではいけないのだろうが、納得してしまったことで、
「被害者を静かに眠らせてやろう」
と考えたのだ。
この事件において、被害者であった久保田信二は、詐欺を行っていたということが、父親の久保田氏自らが、暴露したというのは、清水、河合両刑事にとって、ショッキングなことであったが、交通事故とは関係のないところの事件ということで、生活安全課の方に、情報を回したので、そちらの方の捜査ということになるだろう。
実際に、被害者の数は結構なもののようで、
「被害者からの訴えは数多く、ただ、証拠がないということで、警察も手を出すことができなかった」
というのが、実情だ。
ただ、もっといえば、詐欺事件というと、刑事事件と民事事件に別れることになる。
刑事事件の方は、脅迫などの問題から、起訴はできるだろうが、民事事件ということになると、警察は、
「民事不介入の原則」
というものがあり、捜査することもできなければ、逮捕もできないということになり、弁護士にお願いして、起訴するかどうかが、民事事件ということになるのだ。
どうやら、警察に被害届は出しておいて、訴訟としては、弁護士側からの、
「集団訴訟」
という形になったようだ。
だから、今はある程度、詐欺事件に関しては、両刑事とも、後ろ髪をひかれる思いでありながらも、あとは、任せるしかないということであったのだ。
しかし、肝心のひき逃げ事件の方では、世間は、まだ河合刑事をこの事件から離そうとはしないといってもいいのか、数日してから、この事件の
「目撃者」
というものが現れたのだ。
すでに、清水刑事は、他の事件に駆り出されたことで、
「この事件の捜査」
というよりも、
「この事故の後始末」
というものを仰せつかった形で、河合刑事が一人、事件を引き継いだ形になったのだ。
そこで現れた目撃者というのは、
「実際に知りたいことすべてを話してくれる」
というわけではなかったが、
「重要な手がかりである」
ということに間違いはなかった。
しかし、河合刑事にとって、何か胸騒ぎのようなものがあった。
というのは、
「手がかりという直接的なこと」
というわけではなく、
「なぜ、今になって目撃者が現れたのか?」
ということであった。
事故が起こってから、一か月くらいが経っているわけで、清水刑事も、河合刑事も、
「さすがに、膠着状態だな」
ということで、
「それでも、足で証拠をつかんでくる」
ということになることは覚悟の上だった。
だが、いくら刑事とはいえ、
「先が見えてきた」
と感じる事件に、そこまで気を入れるという気はなかった。
「しょうがない。目撃者がこのままなければ、事件から我々は手を引くしかないか」
ということだったのだ。
だから、
「どうして一か月も経ってから名乗り出たんですか?」
という河合刑事の疑問も無理もないことで、きっと、
「相手は、いきなり虚を突かれたような質問に、さぞや、キョトンとすることになるだろうな」
作品名:限りなく完全に近い都合のいい犯罪 作家名:森本晃次