限りなく完全に近い都合のいい犯罪
「それで、私の代になってから、細々とやってきたんですが、その時、私は最初、こんな小さな会社を継ぐということに抵抗があったので、結構遊んでいて、その時に、付き合っている女性との間に、子供を設けることになりました。親父はきっと反対すると思ったのですが、そういうことなら、結婚して、その子に会社を継がせるようにすればいいと言い出したんです」
「物わかりのいい父親ですね?」
「はあ、確かにそうかも知れませんが、私は、それがあまりうれしくはなかったんです。正直、愛し合っていて、恋が実らないと駆け落ちでもするというようなほど、愛していたわけではありませんでしたからね。子供ができなければ、結婚など考えたりはしなかったでしょう」
久保田氏の発言は、あまり聞いていて、気持ちのいいものではなかったが、
「家庭にはいろいろな事情がある」
ということで、捜査上の話をいうことで聞いていれば、苛立ちもなかった。
「久保田さんは、お父さんのことを憎んでいたんですか?」
と清水刑事が聞いた。
「憎んでいたというわけではないですが、嫌いではありましたね。考え方が、まるで、封建的に思えてですね」
「封建的ですか?」
「ええ、封建的という言葉がふさわしいかどうかわかりませんが、言い方を変えれば、昭和の親父と言えばいいですかね?」
「なるほど、考え方としては、祖父の教育方針を、そのままあなたに対して行ったと言えばいいんですかね?」
「そうですね、要するに、30年近く、時代錯誤があると言ってもいいのではないでしょうか?」
それを聴いた清水刑事は、納得したのか頷いていたが、河合刑事は、
「言っている意味は若生が、納得できるまではいかないな」
ということで、またしても、憤りを感じるのだった。
この事件が起こってから、憤り的なものは何度か襲ってきたが、そのどれもが種類の違うもので、本人とすれば、
「話の辻褄が合っている」
と思っているが、そのわりに、
「憤りを繰り返すのは、何か勘違いがあるのではないか?」
と思えてならなかったのだ。
「やっぱり、刑事課の清水刑事のようにはなれないのかな?」
ということで、刑事として、自分が中途半端な気がして、そのことも憤りの正体なのではないかと感じるのであった。
「じゃあ、家庭内はあまりうまく行っていなかったということになるんでしょうか?」
と清水刑事が聞くと、ドギマギしながら、
「そうですね」
と久保田氏は答えた。
「前妻、つまり、信二さんの本当のお母さんは?」
と、今度は、河合刑事が聞いた。
「ええ、結局、3年後に別れました」
という。
「3年というと、まだ信二さんは、幼い頃でしたよね。ということは、信二さんは誰に親権が行ったんですか?」
ということを清水刑事が聞いた。
もちろん、話の流れからすれば、
「次の当然の質問」
ということで、違和感はなかった。
だから、久保田氏も、ここまでくれば、戸惑いもなくなってきて、普通に答えてくれるようになったのだ。
「開き直り」
と言ってもいいだろう。
「もちろん、息子に育てられるわけもないし、何といっても、小さいとはいえ、従業員を数十人抱えた会社ですからね、おろそかにはできません。だから、子供の親権は、相手に渡して、養育費を払うという形で別れました」
という。
「それが、今から20年ちょっと前ということですね?」
「はい」
その頃というと、ちょうど、世紀末から21世紀に変わるという時代であり、企業もいろいろ変革を遂げる頃であったりしたのを思い出していた。
「3歳くらいだったということは、信二さんにも、親の事情というのは分かっていたんでしょうね?」
「ええ、分かっていたと思います。事情というよりも、自分の立場ですね。そういう意味では、かわいそうなことをしたと思います」
と、久保田氏は、しおらしい態度を取ったのだ。
そこに、今度は、遠慮なく河合刑事が切りこんできた。
「しかし、今は、あなたのところで信二さんは育ったことになっていますが、事情が変わったということでしょうか?」
「はい、離婚した女房が、2年もしないうちに、子供を育てることができなくなったということで、私のところに泣きついてきたんです」
というではないか。
「ほう、あなたとすれば、さぞや、勝手な言い分だとお思いになったでしょうね?」
「ええ、確かにそうだったんですが、いろいろ調べてみると、あの女、借金もあるようで、実際に、風俗で働いていても、その借金を返すのも、ままならない様子で、結局、泣きついてきたということでした」
相当な借金だったようですね?」
「ええ、どうやら、ホスト遊びを始めたようで、そのホストと、付き合っている間、借金は膨れ上がるし、そのホストのために、ヒモみたいになってしまい、結局、最低の状態になったということです。だから、信二も、一時期、児童相談所に保護されていた時期もあったようで、次第に、その回数も増えていき、まわりが見ても、見ていられないほどの児童虐待だったということでした」
「それは、実際の地獄と言ってもいいですね」
「ええ、だから、児童相談所とも相談して、私どもが引き取ることにしたんですよ」
ということであった。
「それから、そのひどい母親はどうなったんですか?」
と聞くと、さすがに、久保谷氏は露骨に嫌な顔をして、
「思い出したくもない」
とでも思ったのか、
「さあ、どうなったんでしょうね」
と吐き捨てるようにいうだけだった。
もっとも、久保田氏の立場からすれば、それでも、まだ余りある怒りということで、たぶん、その母親も、ホストの男も、憎み切れないほどの相手だったことであろう。
「虐待は、ひどいものでしたか?」
「ええ、実際に、児童福祉課の人が付き添ってきてくれた時、方々に包帯が撒かれていて、それは、見るに見かねるものでした」
「それで、病院には?」
「ええ、身体の方もさることながら、精神的にもかなりひどい後遺症ということで、まるで、PTSDのようだということでした」
「じゃあ、そのまま信二さんを引き取ったわけですか?」
「いきなりでは難しいということで、しばらく児童養護施設のようなところにいてから、様子を見て、こちらで引き取るということにしたんです」
「なるほど、それは賢明だったでしょうね」
「ええ、あの子も、次第に笑うようになり、友達とも交流するようになったということで、先生の方でひとまず安心ということになったのが、ちょうど、小学2年生の頃だったでしょうか。実際にうちで引き取るということになったのは、子供が3年生に上がるということになった時でしたね」
「ちょうどキリがいいということとですね」
「ええ、小学校への編入手続きもして、学校側も、面談をしたうえで、これなら大丈夫ということで引き受けてくれました。もちろん、養護施設の推薦があっての上でのことでしたけどね」
ということであった。
「じゃあ、その時、久保田さんは、独身だったんですか?」
「いいえ、その時は、すでに、後添いをもらっていました、それが今の女房なんですけどね」
「じゃあ、奥さんとは、結構長く寄り添っておられる?」
作品名:限りなく完全に近い都合のいい犯罪 作家名:森本晃次