死体損壊と、犯罪の損壊
ということになり、それは大きな問題となることであろう。
それを思うと、
「家族バラバラの晩御飯」
というのも当たり前であろう。
ただ、昔は、父親の権威というものがものすごく、父親の一言で、なんでも決まった時代だったが、この頃になると、
「父親というと、給料を持って帰ってくるだけの、働きバチ」
とまで言われるほどに、権威というものが、失墜しているといってもいいだろう。
「何がここまで、父親の権威を失墜させたのか?」
いろいろな理由があるだろうが、
「子供に未来を託す」
というような風潮もあるかも知れない。
この時代くらいから、
「子供の受験戦争」
といわれる時代になってきたということであろう。
その日も、会社が終わってから家に帰る時間がちょうど午後8時くらいであった。バスにはほとんど乗客がおらず、それでも、その日は、5人と、普段よりは多かったような気がした。
いつものバス停では、普段は自分しか降りないのだが、その日は珍しく、もう一人が降りたのだった。
気にはなったが、
「顔を見るのも失礼だ」
と思い、わざわざ視線をそらしていた。
普段から、席はいつも後ろの方に乗っている門脇だったので、その日もほぼ後ろの方に乗っていた。もう一人の同じバス停で降りる男は、一番前に乗っていたのだ。
どうして、その男がそのバス停で降りるというのが分かったのかというと、それは、その男が、降車ボタンを押したからである。
「ああ、この人も降りるんだ。珍しいな。他に降りる人がいるなんて」
と思ったのだ。
男は、必然的に門脇よりも先に降りることになる。バスの運転手は、すっかり門脇とは顔見知りなので、門脇が降りることは分かっている。これだけ毎日乗降客が少ないのだから、覚えるのも当たり前だということである。
バス停が近づいてくると、先に、その男は席を立った。
「バスが止まってから、ご移動ください」
というアナウンスはあるが、別にいけないわけではない。
本人が、
「危なくない」
と思えば別に構わないだろう。
しっかり手すりを持っているようなので、運転手も何も言わない。その客はまったく何も言わずに、バスが到着すると、カードをかざし、降りていく。
別に追いかけているわけではないが、追いかけるような状態で、門脇は、バスから同じようにして降りるのだった。
ただ、門脇は、運転手に、
「お疲れ様です」
という、いつもの声を掛け、運転手も、同じように、
「お疲れ様です」
という言葉を返すことで、いつもの会話が成立したということであった。
バスの中は、数人しかおらず、そのまま発車していく。それも、いつものことであった。
門脇がバスから降りて、反射的に、来た道と、これから家路につく道とを、交互に見渡した。
もっとも、これは、いつものことで、別に珍しいことをしたわけではなかった。ただ、
「おや?」
と感じたのは、
「今降りたはずのバス停からまわりを見て、誰もいない」
ということであった。
たった今、自分よりも数秒早くバスから降りたはずの人間が、忽然と姿をくらますということは考えられない。
記憶喪失
この道はバス停からは、バス通り以外、住宅地に向かう道はなく、しばらくしないと、住宅地に入り込む路地が分かれているわけではなかった。
というのも、このバス停は、確かに、分譲住宅への道であるのは間違いないのだが、実際には、今建設中の高校用のバス停だったのだ。
この辺りには、小学校、中学校はすでにできているのだが、高校ができると決まったのは、だいぶ後からで、しかも、建設までに少し時間が掛かったので、今はまだ、更地状態で、バス停の横には、大きな看板があり、
「高校建設予定地」
と書かれていた。
だから、ここまででも、乗降客が数人しかいない、
「赤字路線」
といってもいいところであるが、高校ができることで、すぐに、黒字路線になることは分かっていた。
そういう意味では、
「住宅街のために、高校建設予定の先行ということで、バス路線を作った」
ということであった。
門脇が、バスを降りてから、その男がいなかったことで、少しびっくりしたが、その場に立ち尽くすわけにもいかず、しょうがないので、ゆっくりと家路についたのだった。
当然のことならが、夜の8時も過ぎてくると、夜のとばりも降りてきて、目指す方向には、まだ更地である高校予定地があるだけで、街灯はついているが、まだまだ寂しさを残している。
住宅街も、それほど入っているわけではないので、明かりはまばらであった。
「この住宅街も、高校が建ってしまうと、入居ラッシュとなるのではないか?」
ということを、不動産会社の方としては見越しているようで、宣伝に、かなりかけているようだ。
新聞の折り込み、そして、駅の看板などで見ないことはない。
さすがにこれだけ見せられると、
「目ざとい人が気にならないわけはないだろう」
と思うのだった。
門脇は、さっきの男を気にしながら歩いていた。
いつもであれば、左側に見える夜景を楽しみながらであったが、その日は、そんな気分にもならなかったのだ。
何しろこの辺りは、
「小高い丘」
になっているので、左側は、市街地になっていることで、家の明かりが結構きれいに見えるのだ。
それほど都会というわけではないが、一応は都心部への通勤圏内ということで、それなりに、住宅街といってもいいだろう。
もちろん、都心部のように、まだまだマンションやアパートなどが乱立しているわけでもない。
やっと、ここ10年くらいの間に、
「市に昇格した」
というところであり、確かに市に昇格してから、
「まだまだこれからだ」
というところではあったが、それでも、市に昇格してからも、人口はどんどんと増え続けていた。
実際に、それまで、田んぼだったというところが、どんどん開発が進んでいき、一軒家もあれば、マンションもできてきた。
少ないのは少ないが、点々と存在するマンションやアパートは、元々田んぼだったところを売った家主が、
「家賃収入を得よう」
ということで、不動産会社や建設会社と話をすることでできてきた住宅街だったのだ。
「家賃収入というのは、固定で入るからいいですよ」
とでも言われたのか、
「マンションなどがどんどん増えてきた」
ということが目立ってきたのも、事実であった。
だから、小高い丘から見る市街地の光景は、結構、
「夜景としてもきれいだ」
ということであった。
しかも、小高い丘から見ていると、
「見下ろせば市街地の明かり、見上げれば、夜空の星々だ」
ということで、都心部で見る空にくらべれば、まだまだ星が瞬いているという雰囲気は、きれいな夜景とともに、実に見栄えをするものであった。
仕事が終わってからの帰宅途中、その中で見えてくる、
「明かりのコントラスト」
というのは、仕事の疲れをいやしてくれるに十分な光景だったのだ。
「通勤にもだいぶ慣れてきたおかげだろうか?」
と、最近は、通勤ラッシュもそこまで苦にならない。
作品名:死体損壊と、犯罪の損壊 作家名:森本晃次