死体損壊と、犯罪の損壊
駅前には、アーケードのある商店街であったり、スーパーや、生鮮市などというのが並んでいて、
病院や学校なども充実していて、
「駅を中心に、生活圏が広がる」
というのが当たり前ということになっていた。
しかし、次第に、
「自家用車」
というものを持つ人が増えてきて、
「マイカー通勤」
という人も増えてくる。
そうなると、
「別に駅ちかに住む必要もない」
ということになってくる。
一種の、
「都心部のドーナツ化現象」
というのが起こってくるようになる。
首都圏などであれば、通勤時間に、
「1時間や2時間は当たり前」
と呼ばれるようになり、
「少々遠くても、自分の家から通勤したい」
という人が増えてきたということもあるだろう。
それは、ご主人そのものよりも、
「家族の強い希望」
ということが多いだろう。
家族というものは、サラリーマンの世界とは違い、出世競争という、
「形になる自分自身の競争」
というものがあるわけではない。
特に、奥さんというと、近所の奥さん同士の、いわゆる
「井戸端会議」
というもので、
「ご主人の出世の話」
あるいは、
「子供の成績の話」
などというものを、肴にして、会話が進んでいく。
だから、奥さん自身の問題ではないので、余計に、奥さんとしては、そのプライドが傷つけられることになる。
「旦那や子供にプレッシャーをかけてはいけない」
ということを分かっているのか、それとも、
「分かっているけど、どうしようもない」
ということなのか、とにかく、他の奥さんが、旦那や子供の自慢を始めると、
「精神的にたまったものではない」
ということになるだろう。
そうなると、
「旦那に当たったり、子供に当たったりということで、ヒステリックな状態になることも仕方がないだろう」
旦那の中には、
「郊外に引っ越せば、奥さんの精神状態も治るかも知れない」
ということで、郊外の一軒家を考える旦那さんも多いだろう。
そうすれば、
「自分の城も持つことができる」
そして、
「家族から嫌味を言われることもなくなり、尊敬される父親になれる」
ということを考えると、デメリットとして、
「単身赴任を覚悟しないといけない」
あるいは、
「通勤にかなりの時間が掛かる」
ということを覚悟しなければならないということとを天秤に架けるだろう。
しかし、普通の状態でごぶごぶくらいであれば、奥さんや子供が強く望めば、
「じゃあ、自分が犠牲になるくらいしょうがないか」
ということになるだろう。
それも分かっていることであるが、だからと言って。
「そう簡単には決められない」
ということになる。
だが、実際にまわりの同僚が、
「俺もいよいよ一軒家に住める」
などといって自慢しているのを見ると、耐えられなくなるというのも必定で、そう思うと、
「家族が八つ当たりする気持ちも分からなくもない」
と思うことで、一軒家購入にかなり近づいたという人も少なくはないだろう。
一軒家購入ということにいろいろな理由があることだろうが、その多くは、このような事情が結構あるのではないだろうか?
それを考えると、
「これからも、どんどん、住宅街が埋まっていくことだろうな」
と考えるのであった。
門脇五郎という男性が、都心部から1時間くらい電車でかかるところの小高い丘に、一軒家を購入したのは、事件が明るみに出る、1年前くらいだったのだ。
門脇五郎は、家から駅まで、バスで20分くらいであろうか。
だから、電車の乗り換えなどを考えると、会社までは、1時間半から、かかって2時間くらいというところである。
「家からバス停までが、数分で行ける距離である」
ということと、
「会社の最寄の駅から会社までは、これまた数分」
という、一等地にあることから、通勤時間は、そんなにかかるということはないようだった。
しかし、電車やバスの中というと結構な人が乗ってくる。
しかも、電車で1時間かかるということは、これは結構な距離で、首都圏であれば、
「これくらいは普通だ」
ということで、
「埼玉や千葉、神奈川からもたくさん通勤してくる人がいる」
というくらいで、そんなに珍しいことでもない。
中には、
「熱海や小田原などから新幹線通勤している」
という人もいるというではないか。
それを考えれば、
「首都圏ではない、都心部の通勤で、1時間半くらい」
というのは、
「通勤としては、ギリギリというところだろうか?」
といわれるのであった。
だから、新興住宅としても、比較的リーズナブルな値段で、その分、人気もあるのだった。
門脇が購入した時は、まだまだ土地は残っていたが、1年も経てば、だいぶ住宅もできてきていて、
「後は入居するだけ」
というところも、結構あるようだった。
ただ、まだまだ、
「歯抜け状態」
のところもまだまだあり、バスも、途中からは人が増えてくるが、この住宅街を抜けるあたりまでは、それほど客は乗っていない。
それだけこの辺りは、駅前のちょっとしたところくらいまでしか住宅としての機能はしていないということで、まだまだ、田んぼなどの緑が残っているとことだったのだ。
だから、このバス路線も、
「引っ越してくる少し前に開設された」
というところであり、当時は、
「完全に、住宅街のための路線」
ということで、最初は、
「赤字路線」
ということだったのだろう。
それでも、どんどん客が増えてきたのは、病院や学校などができてきたからだろう。
そして、そのうちに、大型商業施設ができてくると、
「やっと、バス路線らしくなってきた」
ということになるであろう。
それでも、この辺りに住んでいる人は、マイカーを持っている人は少なくなかった。
さすがに、門脇は、
「そこまではできない」
ということで、
「マイカーよりも、一軒家」
を優先し、家族も、
「公共交通機関を使うというのは、しょうがない」
ということであったが、計画からすれば、
「数年で、車を買うくらいにはなっている」
ということであった。
だから、家族のだれからも、
「車がほしい」
といわれることはなかったので、そのプレッシャーを感じることはなかったのだった。
だから、毎日のように、バスに乗っての通勤だったので、残業を余儀なくされた時などは、結構遅い時間に帰ってくるということも少なくなかった。
だが、それは、バブルの時代の頃のことであり、門脇が、
「ここに家を購入した」
という時は、まだまだそこまでのことはなかった。
残業も比較的なかった頃で、会社が6時に終われば、普通に寄り道せずに帰ってくれば、大体夜8時までには帰ってこれるということであった。
その頃になると、それ以前のように、
「お父さんが帰ってくるまで、晩御飯はお預け」
というような、
「古臭い悪しき風習」
のようなものはなくなっていた。
このように、
「都心部のドーナツ化現象」
というものが進むと、父親が帰ってくるまで待っていたりなどすれば、
「明らかに、子供の寝る時間が遅くなってしまう」
作品名:死体損壊と、犯罪の損壊 作家名:森本晃次