死体損壊と、犯罪の損壊
「一人が、門脇氏に殴りかかった。しかし、致命傷となるまでの傷を負わせたわけではない。記憶を失ってはいるが、ただの傷害程度の傷だったではないですか? それを思えば、元々最初に殴った男が、今度は、また誰かに殴られたわけで、その時はさらに強く殴られたわけで、だから、緊急手術にもなったわけでしょう? それを考えると、その犯人が殺されていないというのも、これも偶然ということなんでしょうかね?
ということであった。
八木刑事が考えていると、下瀬刑事が続けた。
「そもそも、あの男の身元が分からない。あるいは、誰かが、たぶん殴った犯人でしょうが、身元が分かるものを持ち去っているんですよ。ということになると、あの男こそ、何かの犯罪に絡んでいると考えられないですか? だとすれば、傾斜のところで見つかった腐乱死体というものが、どういう意味を持っているかということが分かってくるというものではないでしょうか?」
ということを、考えているようだった、
「門脇さんの記憶が戻るか、あるいは、今昏睡状態の容疑者とされる男の意識が戻るかのどちらかでないと、事件は進展しないかも知れないな」
と八木刑事はいったが、
「あと進展があるとすれば、腐乱死体の線から、今度の事件が、どう結びついてくるのか? ということに掛かってくるかも知れませんね」
と、下瀬刑事はいった。
もっとも、八木刑事もそれくらいのことは分かっている。
それはあくまでも、
「刑事としての長年の勘」
というとことであろうか。
八木刑事と下瀬刑事は、
「これ以上病院にいても、今のところ進展はない」
と思い、署に戻ることにした。
署では、捜査本部ができていて、一応は、傷害事件ということで捜査であった。
これは、
「明らかな連続犯罪だ」
ということであるが、明らかに違っているのは、
「同じ犯人による犯行ではない」
ということだった。
最初に、一人の被害者が殴られたのだが、どこでどうなったのか、
「最初に犯行を犯した犯人と思しき男が、そのすぐ後に、誰かに殴られた」
という
「連続犯罪」
としては、少しおかしな犯罪であった。
しかも、その近くで、
「腐乱死体が見つかる」
ということで、
「この殴打事件と、腐乱死体とが、そもそも関係があるのか分からない」
ということで、
「腐乱死体発見」
という方も、鑑識の調査で、
「明らかな殺人」
ということだったので、殺人事件として、別の捜査本部が作られたのであった。
ただ、これは、
「いつ一緒になるか分からない」
ということで、一種の、
「条件付き」
ということであったのだ。
腐乱死体の方は、完全な白骨死体というわけではなく、
「顔は普通であれば、見分けがつくくらいの腐乱状態だった」
ということであった。
鑑識としては、
「死後半年経ったか、経たないか?」
というくらいのもので、
「顔がめちゃくちゃに傷つけられていて、もし、死後数日であっても、身元判明には、難しかったかも知れないな」
というほと、
「身元を示すような部分は、故意に傷つけられていた」
というわけであった。
「そんなにひどいものですか?」
と捜査本部の現場指揮を執っている桜井警部が言った。
こちらの、腐乱死体事件の捜査本部の長は、桜井刑事で。八木刑事がかかわっている、
「殴打事件」
の方は、
「西尾警部補」
がかかわっていた。
何といっても、一つの所轄で、同時に二つの捜査本部っができるというのも珍しいことであり、それだけ、県警も気にしている事件であった。
それを考えると、県警本部から、管理官と呼ばれる
「キャリア組」
の人が詰めるように毎日のようにやってきている、
特に、
「腐乱死体」
の方を重点に見ているようで、
「やはり、傷害事件よりも、殺人事件の方が重たい」
ということのようで、
「管理官も、そっちの方を重要視しているんだな」
という当たり前のことを、いまさらながらに所轄も考えていたようだ。
ただ、捜査本部ができてすぐであり、しかも、その内容が、
「顔のない死体」
ということで、厄介だというのは当たり前であった。
しかし、警察の捜査は、探偵小説とは違う。最初からこれを、
「顔のない死体のトリック」
ということで決めつけることはできない。
しかし、捜査員のほとんどが、これは、
「顔のない死体のトリックだ」
と思っていたことだろう。
当時の警察というか、管理官が絡んでくるような、重要事件を、警察がまさか、探偵小説と、リアルな犯罪とを混同して捜査するなど、普通に考えてありえない。
そんなことをすれば、警察組織の存在価値を下げてしまうということになりかねないといえるのではないだろうか?
と考えるのだ。
警察というのは、組織捜査が当たり前のところであり、だから、捜査本部というものがあり、そこで捜査して集まった情報を、捜査に当たっている捜査員すべてが、その情報を共有し、それらの証拠や証人から得られる情報から、
「これから、そのような捜査をすればいいのか?」
ということを話し合い、そこで生まれた結論通りに、捜査員は、捜査をするというのが基本だということである。
だから、これは、
「いくら、管理官などの責任者であっても、決まったことを覆すような捜査をしていれば、捜査から外されても仕方がない」
ということになるのだ。
それだけ、警察組織というのは厳しき、時には、
「一番厳しい」
といわれる縦割り組織というものに優先することもあるということであろう。
今回のそれぞれの事件は、
「腐乱死体が見つかった」
というのは、
「本当に偶然なのか?」
というところが、今のところ、
「一番グレーであり、ひょっとすると、事件の中の核心部分になるのではないか?」
と考える人が多いだろう。
誰も、それに触れないが、心の中では、
「限りなく、偶然ということはないだろう」
と思っているに違いない。
ただ、今はそれを裏付けるだけの証拠がないので、仕方なく、
「捜査本部を二つ作ったということになる」
ということであった。
「捜査本部というものを二つ作れば、それぞれの情報が共有されない可能性がある」
というデメリットもあるし、少なくとも、
「腐乱死体を発見するきっかけとなった。傷害事件の容疑者が、今のところ、唯一の共通点として浮かんでいる」
ということだ。
しかし、今は事情聴取もできないほどのけがを負っていて、
「加害者でありながら、被害者でもある」
という複雑な譲許も、
「彼が加害者ということであれば、彼によって被害を受けることになった門脇氏は、記憶喪失ということで、事情を聴いても、何も覚えていない」
ということにしかならないのだ。
とにかく、分かっていることというと、
「関係者、すべてが、証言をできる立場にはいない」
ということだ。
「門脇氏は記憶喪失」
「門脇氏を襲ったと思われ、さらに、自分も誰かに襲われた人物は、安静状態で話ができないだけではなく、その身元すら分かっていない」
さらに、
作品名:死体損壊と、犯罪の損壊 作家名:森本晃次