死体損壊と、犯罪の損壊
「奥歯に何かが挟まったかのようなその物言い」
というものは、門脇に、気持ちの悪いものを与えた。
「何か、私に事情聴取して、私を殴った男以外の何かを知りたいということでしょうか?」
と聞くと、二人は、何とも言えない表情で頷いたのだ。
「一体何があったというんです? ただの、暴行事件というだけではないということですか?」
といわれたので、
「そこで、お聞きしたいのですが、殴られて、その後気を失ったということですが、その間、何か触ったりしましたか?」
という。
「ん? 何が言いたいんですか? 殴られて意識がない状態で私に何ができるというんですか?」
というと、
「実はですね。あなたを殴ったと思われる男が、そこから数十メートル行ったところで倒れていたんですよ、その男のそばに、鉄アレイのようなものが転がっていたんですが、その男は、あなたよりも、少しひどい状態だったのですが、命には別条はないようなんです。ただ。男のそばに落ちていた凶器に、あなたの指紋がついていたんですよ」
というではないか。
「私は、たぶん、ふいに殴られたと思うんです。殴られたという意識もありませんからね」
というと、
「いや、その通りだとは思うんですが、その男のそばに、凶器が落ちているというのは、どうにも腑に落ちないものでしてね」
というので、
「警察は何が言いたいというのか?」
と考えたが、なかなか思い浮かばなかった。
警察の雰囲気を見ていると、
「まだ、何かを隠している」
としか思えなかった。
ただ、門脇は、普段からこんなに感がいいわけではない、医者がいうように、
「記憶を失っている」
という状況から、普段には現れない、
「潜在的な意識が、勘を鋭くさせているということなのかも知れない」
と思うと、
「それもまんざらでもないかも知れないな」
と感じた。
だから、余計に刑事が隠そうとしているのが分かるようになると、
「警察というのが、いかに厄介なものなのか?」
と、テレビドラマなどで感じていることが、いまさらのように感じられるのであった。
そんな目で二人の刑事の顔を見比べていると、さすがに刑事も、
「言わないわけにはいかない」
と思ったのか、それとも、
「どうせ、遅かれ早かれ分かることだ」
と感じたのか、観念して話をしてくれた。
「実は、あなたを殴ったと思われる男が倒れている近くで、捜索をしていると、ガードレールから向こうの木々が生えている傾斜になったところから、土が盛り上がっているのが見えて。そこを掘ってみると、腐乱死体が発見されたんです」
というではないか。
「それが私とどんな関係が?」
と聞くと、
「あなたを殴った相手が、ちょうどキリがいいように、その場所で倒れていたというのが、ただの偶然かと思うと、その男が、腐乱死体と関係していると思われる気がしたので、その男があなたを襲ったのには、何か理由があるのかと思って、それで参考までにお伺いしようと思っているところです」
と刑事はいった。
そういうことであれば分からないわけでもないが、まだ門脇には、もやもやとした感情が残るのであった。
「やはり、何かを隠している」
と思ったが、それ以上い、
「記憶喪失というのは、こういうものをいうのだろうか?」
ということであった。
というのも、
「確か、記憶喪失というのは、すべてを忘れるわけではない」
ということは分かっていた。
「自分が誰であるか?」
あるいは、
「数日間のことを忘れてしまっている」
というような、いわゆる記憶喪失というものはあるものの、
「食事をしたり、顔洗ったり、お風呂に入る」
などという、日常の行動に関しては、記憶を失っているわけではない。
何といっても、呼吸ができるのだ。本能的なことを忘れてしまうということはないだろう。
それを思うと、自分の中で記憶がまったくなくなってしまったというのは、ありえないことなので、記憶の一部がないということであれば、
「そのうちに戻ってくるだろうな」
と思えていた。
ただ、それにしても、刑事のこの様子を見る限り、
「どうも、こちらの記憶が一日も早く治ってほしい」
という思いがあからさまに感じられる。
「まるで、何か焦っているかのようにすら見えるほどで、その感覚は、どこまでなのだろうか?」
と感じられるのであった。
それにしても、刑事の話では、
「自分は、誰かに殴られて気を失った。そして殴ったと思わしき男が、これも誰かに殴られて気絶をしていて、その近くで腐乱死体が見つかった」
という、何やら不可思議な事件である。
「警察は、その腐乱死体と自分を殴った男が何らかの関係があると思っているようだが、その男がこちらに殴りかかったということであれば、その理由のいかんにかかわらず、無関係ではない」
と思っているのだろう。
まず、門脇が考えてみると、考えられることとして、
門脇が何かを発見したから、
「見られてはいけないという何かを見られてしまったのではないか?」
ということから、
「自分への、殴打事件」
というものが起こったという考え方である。
ただ、そうなると、自分が倒れていた場所がおかしなことになるというもので、
「もっと自分の家の近くで倒れていたのであれば、その考えも分かるというものだが、刑事の話では、自分が家に向かっている途中に男が倒れていて、その下に腐乱死体があった」
という、
「何やら、不可解な事件」
という様相を呈しているではないか。
それを考えると、
「順番からいけば、自分が先に殴られて、その後、その犯人が逃げる途中で、さらに、また誰かに殴られた。それが、腐乱死体の隠し場所を示唆するように倒れていた」
というのだが、それが、本当に偶然だと言い切れないと考えているとすれば、
「自分が事件に何らかのかかわりがある。だから、殴られたのだ」
と考えるのも無理もないことであるが、だからと言って、
「実際に、倒れていた場所の矛盾を、どう説明sればいいのか?」
ということになるのであった。
門脇に事件の内容に関するような話を聞こうと思っていた刑事2人は、
「完全な肩透かし」
というところであろうか。
「また何か思い出したら、お知らせください」
といって、二人の刑事は、引き上げていった。
医者からも、時間制限をいわれていたので、最初は、
「時間いっぱい話を聞こう」
と思った刑事たちであったが、そこまで聞き出せることもないと考えると、無駄足だったとも思ったが、それ以上に、一人の刑事としては、
「あの門脇という男、思ったよりも、頭が回るような気がするな」
と感じたようだ。
それが、
「記憶が消えているから、余計にそう感じるのか?」
あるいは、
「元々、頭がいいのか?」
のどちらかではないか?
と思うのだが、どっちであっても、事件にかかわることで、
「彼は、それなりに何かの核心を掴んでいるのかも知れない」
と感じたのだった。
この刑事は、八木刑事といい、ここの署内では、中堅クラスの、
「主任」
と呼ばれるくらいの人であった。
そして、この時同行したのは、若手刑事でも、
作品名:死体損壊と、犯罪の損壊 作家名:森本晃次