天才のベストセラー小説
のようなものを作るということは、それこそ、
「下請け、孫請け」
のようなものであり、親会社から、奴隷のごとくこき使われ、経済が傾いてくると、
「一番最初に切られたり」
あるいは、
「連鎖倒産というものの中に巻き込まれたり」
ということになり、
「その責任を負わされることになる」
というのは、分かり切ったことである。
実際に、コンピュータ関係のベンチャー企業というものが、たくさんできていたのだが、それがいまだに残っている会社というのは少ないだろう。
どこかに吸収合併されるか、倒産してしまうかのどちらかでしかないということになるだろう。
それを思うと、
「会社員になっても、自分で会社を起こしても、悲惨だということに変わりはない」
ということになる。
ただ、被害の大きさと責任を考えると、
「起業というもののリスクがどれほどのものかというのは、目に見えて分かる気がしたのだった」
これを、陽介少年は、小学6年生の頃から分かっていた。
さすがに、
「俺は天才だ」
といっていただけのことはある。
それを皆が、皮肉な目で見ていたのだが、今でも父親が、
「社会人になれば、身だしなみをしっかりして、人の信頼を受けて」
などという、ことを言っている。
確かに、
「それも一つの考えであり、間違ってはいない」
といえるだろう。
しかし、それが主ではない。
むしろ、そっちばっかり考えていて、逆に、
「世間体さえしっかりしていれば、何とかなる」
などという、それこそ、
「昭和の、高度成長期」
という時代に言われていた時代の、化石のような発想が、いまだに通用すると思っているだけに、
「老害」
といってもいいのではないだろうか?
それこそ、
「世間知らずで、引退しなければいけないくせに、政界にしつこく蔓延っている連中と変わりはないではないか」
といえるだろう。
そもそも、今の時代、
「世間体」
というものの何が役に立つというものか。
「学歴」
というものでも、半分は絵に描いた餅のようなものだし、就職してその会社に、自分の大学の卒業閥というものがあったとしても、
「もし、会社にクーデターのようなものが起こって、派閥の反対勢力が権力を握ると、最初に切られるのが自分たちである」
ということである。
だから、子供がそのことに気づいた時、
「将来に、まったく、夢も希望もない」
ということを知った時、どのような精神状態になるか? ということが大きな問題ということになるだろう。
「そんな時代を憂いてのことなのか?」
それとも、
「社会というものが、自分の人生の縮図として、限界を見てしまった」
ということになるからなのか、陽介少年は、おかしなことを始めたのだ。
家出をしたのだが、その時机の上にメモが置いてあり、そこには、
「殺人計画メモ」
と書かれていたのであった。
複数の犯罪
「殺人計画メモ」
というものは、具体的に書かれているものではなかった。ただ単に、表のところに、
「殺人計画メモ」
と書かれているだけで、中を見た母親は、最初、
「気が抜けた」
という気がしたのだ。
「なんだ」
と、ホッと気を緩める時間があったので、その分、気を緩めすぎたのか、
「軽い頭痛」
というものが襲ってきた気がしたのだ。
というのも、
「そこに書かれていたのは、ただ、人の羅列が並んでいるだけ」
ということで、
「これのどこが、殺人計画になるんだ?」
と思わせるだった。
しかし、よく考えてみると、
「うちのあの子が何かの目的を持って書いたのだとすれば、それは、当然何かの思惑があると思ってしかるべきなのでは?」
と感じたのだ。
ただ、それがどういうことなのかということも分からない。それだけに、母親は、
「若干の不安」
というものを抱くようになり、一度安心しただけに、
「殺人計画」
という言葉が、気持ち悪くて仕方がなくなってしまったのだ。
「どうみても、これのどこが殺人計画だというのか?」
ということで見ていると、そこに載っているのは、
「自分の近しい人」
というのがほとんどであり、母親も分かる名前だったのだ。
ただ、中にはまったく知らない人がいて、その人には、カッコに挟まれて、仕事であったり、その人の生い立ちや立場ということで書かれていたのだった。
しかも、それが書かれているのは、
「母親である自分が知らない人」
に限られていて、逆にいえば、
「カッコがあるから、すべての人間が誰であるかということが分かったのだ」
ということであった。
「ということは?」
と考えたところで、母親はゾッとしてしまった。
要するに、
「まるで、母親である私に分かってもらおう」
ということで書いたのではないか?
ということを考えれば、
「最初から、わざと私に見せようとして、ここに書き残した」
といえるだろう。
確かに、
「部屋に入ると、強硬に起こる息子であったが、母親とすれば、気になるということで、たまに、息子にバレないように、定期的に部屋に入っていたのだ」
ということであった。
つまりは、
「部屋に母親が入ってくるということなど、最初から分かり切っていることであり、むしろ、母親に、何かを知らせたい。しかも、母親が気づかないうちにそれを知らしめたい」
ということを考えた時、これ以上のうまい方法はないということである。
陽介少年が自分のことを、
「俺は天才だ」
といっていたことが、こういう時に証明されたようで、母親は恐ろしくなるのであった。
「息子のことが本当に天才だ」
というのは、母親としては、
「そう思ってあげたい」
というところなのだろうが、母親以外の自分としては、
「決して、許容できるところではない」
ということであった。
母親は、あくまでも、
「自分中心の性格」
ということだった。
息子が勉強をしないからといって、
「勉強しなさい」
とあまり強くは言わなかった。
「先生に言われたから」
ということで、形式的にいうだけだったのだ。
というのも、母親としては、
「自分が目立ちたい」
というところが強かった。
といっても、
「輪の中心にいたい」
というわけではなく、まわりからちやほやされたいという気持ちが強いのだ。
何かの実績があって、それに対して、
「えらい」
とか、
「かしこい」
とか言われたいのだ。
もちろん、お世辞ではなく、
「実績に伴っていないと、満足できるものではない」
ということで、逆にいえば、
「満足したいから、ちやほやされたい」
つまりは、
「自己満足であっても、それでいい」
ということであった。
そもそも、
「自分が満足もできないのに、人に誇れるわけもなく、ちやほやもしてくれないに違いない」
ということである。
母親がそれを感じたのは、ちょうど今の息子と同じ小学校6年生の時のことで、クラスで同級生が、作文コンクールで、学校一の賞をもらったのを見た時、
「何なのかしら? この気持ちは」
作品名:天才のベストセラー小説 作家名:森本晃次