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国家によるカプグラ症候群

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「ああ、たった一人の独裁者のために、大清国は、滅亡してしまったんだ」
 ということになるのであった。
 そういう意味で、彼女のことを、
「世界三大悪女」
 というものの中に入れる人もいるが、
「清国は、滅ぶべくして滅んだ」
 と考えれば、
「彼女の存在があってもなくても関係ない」
 という人もいないわけではない。
 どこまでを、彼女のせいだと考えるのか、それは難しいところであった。
 ただ、イギリスが清国に対して引き起こした、
「アヘン戦争」
 というものが、許されるものなのかどうかは難しいところである。
 戦争というのは、
「いい悪い」
 ということを言いだすと、本末転倒な気がする。
 そもそも、
「戦争というのは、起こした時点で、それだけで罪なのだ」
 と言ってもいいのかも知れない。
 戦争を始めた責任者と、戦争で直接的な被害を受ける人間は、まったく違うのだ。戦争が終わって、敗戦となれば、その責任を、戦争を始めた人が問われるというのは当たり前のことであり、それも、
「勝てば官軍」
 勝者が正義だということにされてしまう。
「果たして、それで正しいのだろうか?」
 戦争というものが、いかならものなのかということを、国民は知らない。そして、知らないままに、犠牲者として死んでいくことになる。
「気づいたら、死んでいた」
 ということであろうか。
 麻薬と催眠術というものは、繋がるものではないだろうが、
「人を洗脳するということでどこか共通したものがあるような気がする」
 ということである。
 つまりは、
「この二つを組み合わせることにより、より大きな効力を発揮する」
 ということが考えられるのではないか?
 ということであった。
 つまり、
「催眠術で賄えない部分を、薬が効力を倍増する」
 ということにすればいいだろう。
 しかも、
「薬を手に入れるための洗脳に、催眠術を使い、そこから薬を併合することで、麻薬密輸に使う国の元首をこちらの味方に引き入れることで、一石二鳥だ」
 ということである。
 そういう考え方として、
「まさかと思っている身近な人間が、悪の秘密結社によって、身代わりを立てられている」
 という、いわゆる、
「カプグラ症候群」
 という都市伝説が、今の世の中において、生まれてきたというのも、
「普通にあることなのかも知れない」
 と言われるのではないだろうか?
 ただ、この場合の、
「身代わり」
 というものが、
「洗脳されている人間だ」
 ということであっても、いいのではないかと思える。
「洗脳されているといっても、意識は普段の自分なので、悪いことをするという時だけ、その洗脳されている頭が働くということで、それこそ、催眠術のようなものではないだろうか?」
 ということなのである。
 だから、
「カプグラ症候群」
 というものが、本当に、
「身代わり」
 という形で、
「本人と入れ替わっている」
 という考え方になるのか、それとも、
「同じ人間なのだが、洗脳されることで、相手に操られている」
 ということになるのであれば、その効力は、
「麻薬にはない」
 と言えるだろう。
 あくまでも、
「人間の意志によるもので、相手が寝ていたり、意識がない状態で操るということによって、思いのままに操る」
 ということにするのであれば、その効果を倍増させるという意味での、麻薬の効果がなければ、却って、洗脳するということは、難しいということになるのであろう。
 そんな中で、
「最近行方不明者が増えている」
 ということで、警察内部でも、それを、
「大きな社会問題」
 ということで受け取る人もいるようだった。
 しかも、今回は、政治家の中にも、気にする人がいて、
「これまでとは違う」
 という感覚から、事件について、考えている人もいる。
 それが、警察幹部であったり、政治家の中でも、異端児のような人であったりするのだが、今回は、警察の立場と政府の立場という垣根を越えて、考えるようになったことで、この問題が、水面下でありながら、いつの間にか結びついてきたということが言えるのではないだろうか。

                 怪しい薬

 宗教団体と、反政府組織とのつながりは、警察でも、内偵を進めていた。しかし、実際に相手が、
「尻尾を出す」
 ということはない。
 そんなに簡単に尻尾を出すような団体であれば、
「とっくの昔に、警察が検挙している」
 と言ってもいいだろう。
 ただ、警察だからと言っても、なんでもできるというわけではない。
 捜査にも、できることとできないことがあり、昔であれば、まるで、法の抜け道を探っているかのように、
「別件逮捕」
 などで逮捕して、
「取り調べで、自白に追い込む」
 などということが、当たり前のように行われていた。
 しかし、今の時代は、
「コンプライアンス」
 というものが厳しかったりして、
「自白の強要」
 というのは、無理だったりする。
 もっとも、自白を引き出さえたとしても、実際に裁判になってから、
「あの時の自白は、警察に強要された」
 と言って訴えれば、自白が証拠として一番強いものだったのだとすれば、その信憑性が地に落ちてしまい、
「そもそもの裁判にならないかも知れない」
 ということになりかねない。
 そんなことは、今では当たり前のようになってきたが、以前は、なかなか分かっていない人も多かっただろう。
 実際に、
「自白というものは、十分な証拠能力というものに値する」
 と言われていたのだ。
 それを、
「警察の強要」
 ということにしたのは、
「弁護士の入れ知恵だ」
 と言ってもいいだろう。
 元々、弁護士というのは、
「正義のために仕事をしている」
 というわけではない。
 もちろん、正義が基本ということであるのだろうが、優先順位はそうではないのだ。
 弁護士が優先する最大のものは、
「依頼人の利益を守る」
 ということであり、そのためには、守秘義務などいろいろ厳しいところもあったりする。
 だから、
「依頼人が犯人だ」
 ということを分かっていても、
「何とか無罪にもっていこう」
 というところは当たり前であり。それがかなわなければ、情状酌量に訴えて、
「執行猶予を得る」
 という方法であったりするために、友人であったり、同僚などからの、情状を求める証言を引き出すなどという方法がとられたりするのだ。
 だから、
「裁判というのは、弁護士が優秀かどうかで、被告の運命は決まる」
 と言ってもいい。
 そういう意味で、
「国選弁護人」
 となると、なかなかうまくもいかない。
「結局裁判も、金の力が強いのかも知れない」
 と言えるであろう。
 警察の捜査には限界があるが、中には、秘密結社的な警察組織もあるようで、
「裏の警察」
 といってもいいような組織が実際はあるようだ。
 確かに、警察というと、
「法の下で、しっかりとした組織的な捜査が行われ、コツコツと積み重ねてきた証拠を元に裁判に持ち込む」
 という風にしないと、弁護士からひっくり返されてしまうと、元も子もないといわれるのも当たり前というものだった。