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国家によるカプグラ症候群

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 ということは言えないが、強引に政府が国民の心までコントロールするということが正しいのかどうか、判断は難しい。
「治安維持」
 あるいは、
「国家の安全保障のため」
 ということであり、世界的な情勢というものも頭に入れなければ、その評価や判定は、難しいと言えるだろう。
 それが、国家というものであり、国家体制や外交は、亡国となるかどうかの瀬戸際だったといってもいいだろう。
 だから、
「世の中から戦争はなくならない」
 というものだ。
 主義も違えば、宗教も違っている。つまりは、信じているものが違えば、そこで、戦争が起こるのも無理もないと言えるだろう。
「民主主義」
 と、
「社会主義」
 さらには、
「キリスト教」
 と、
「イスラム教」
 それぞれに、相容れない、
「交わることのない平行線」
 というものを描いているということになるのだろう。
 それが、世の中というもので、さらには、
「時代」
 というものである。
 そういう意味でも、
「人間は生まれながらに平等などというのは、まやかしだ」
 と言ってもいいだろう。
 そこには、必ず、
「洗脳」
 というものが含まれる。
「政治体制」
 あるいは、
「宗教」
 とそれぞれに、言えることではないだろうか。
 それが、今の時代では、
「カルト宗教」
 あるいは、
「新興宗教」
 ということで、大きな社会問題を起こす一つの原因となっていることも、否定できないであろう。
「宗教団体というのは、しょせん、テロ団体だ」
 と言っている人も多い。
 確かに、宗教団体というのは、テロ行為などの、
「過激なことを行っている団体」
 というのが少なくない。
 さらに、その
「資金源」
 として、信者を食い物にするところもあったりする。
 もちろん、一部の過激な団体だけのことであろうが、余計に目立つのである。
 それこそ、昔でいう、
「国家反逆罪」
 というものに近いもので、それこそ、
「治安維持法」
 の精神に近いと言えるのではないだろうか?
 新興宗教というと、どうしても、
「自分たちの世界」
 というものを確立するところから始まっている。
 入信させた相手を家族から隔離するように、
「洗礼」
 という形で、一か月くらい、一人で瞑想するような環境を作り、それまでの感覚をまったく変えてしまう。
 そもそも、宗教に来るくらいの人間なのだから、社会に大なり小なり不満を持っているだろう。
 もっとも、
「社会に不満を持っていない」
 などという人がいるわけはない。
 持ってはいるが、それを口に出せない。
 あるいは、
「口に出してしまうと、自分が孤立して、生きていけない」
 という不安がどんどん募ってくるのだ。
 だから、宗教では、まず、
「孤立することが悪いことでも、怖いことでもない」
 ということを思わせる必要があるということである。
 それが、
「洗礼」
 であり、
「自分を一人孤立させても、大丈夫なんだ」
 と思わせることが大切だということになるのだ。
 それが、宗教団体の最初のやり口であり、それがうまくいくと、
「半分は、洗脳に成功した」
 と言ってもいいだろう。
 それが、新興宗教であり、自分が変わったと感じた信者は、完全に、自分が、
「宗教団体の家族の一員だ」
 と思うようになるだろう。
 宗教団体というものと、催眠術というものは、
「切っても切り離せないものだ」
 と言ってもいいだろう、
「人を専横する」:
 ということは、
「心をコントロールする」
 ということになるので、薬を使ったとしても、そこには、限界がある。
 組織によっては、
「麻薬」
 というものを使っているところは多いが、それはあくまでも、
「コントロールする」
 ということではなく、
「自分たちの資金源にする」
 ということが目的だということで、あくまでも、
「金目当て」
 と言ってもいい。
「イギリスと清国の間で起こった、日清戦争」
 というのもそうではないか。
 大航海時代に、アジア地域に進出してきた欧州の国々は、東南アジアなどに進出し、次々に植民地にしていき、清国に対しては、貿易を行っていたが、イギリスとすれば、
「清国との貿易には金がかかる」
 ということであった。
 そこで考えたのが、
「アヘンの密売」
 であった。
 アヘンは強力な麻薬であり、廃人になる人もたくさんいる。
 そのアヘンを清国内で蔓延させて、そこで金儲けするという、恐ろしいやり方で、清国との貿易で、莫大な利益を得て、さらに清国との戦争を引き起こし、
「不平等条約」
 を結ぶことで、清国を思いのままにするという方法を取った。
 さすがに、植民地にするには国土が大きすぎるし、他の国との絡みを考えると、このような、
「租借地を得る」
 というような形で、内部からの監視というのがいいのかも知れない。
 要するに、清国は、
「欧米から食い物にされている」
 と言ってもいいだろう。
 もっとも、その、
「前例」
 というものがあったおかげで、日本は、その清国を、
「反面教師」
 ということで、
「明治維新というものを成し遂げた」
 と言えるだろう。
 最初は日本も、
「尊王攘夷」
 ということで、
「外国を打ち払う」
 という政策だったが、
「とてもかなわない」
 ということになると、
「清国の次は日本だ」
 ということで、考えたのが、
「幕府に変わって、天皇中心の中央集権国家をつくることと、さらには、諸外国に学ぶことで、それまで結ばされた不平等条約の改正に導きたい」
 ということであった。
 不平等条約を改正できれば、そこから日本も世界の列強に打って出て、そこで、対等な貿易をすることで、国を豊かにし、国防を強固にするという、
「殖産興業」
「富国強兵」
 という政策が、おのずと生まれてくるのであった。
 清国の致命的なものは、
「西太后の独裁」
 というものがあった。
 何といっても、信じられないのが、
「義和団事件」
 の時に、義和団の反乱に便乗し、多国籍軍を組んで、
「居留民保護」
 の観点から、北京に派兵してきた、
「多国籍軍」
 に対して、なんと、宣戦布告をしたのであった。
 それまで、イギリス、フランス、日本と、単独で戦争しても、ことごとく敗れ去り、ことごとく賠償や不平等な条約をおしつけられ手きたのに、一気に、九か国からなる国に対しての宣戦布告は、まさに、
「自殺行為だ」
 と言ってもいいだろう。
 何しろ、
「イギリス、フランス、ロシア、ドイツ、日本、アメリカなど」
 という、世界の強国といわれる国に対して、一度に宣戦布告など、普通ならありえない。
 勝てるとでも思ったのだろうか?
 あっという間に義和団の乱は多国籍軍に鎮圧され、びっくりした清国は、すぐに、和平を結ぶという掌返しの外交を行ったのだ。
 せっかく、
「扶清滅洋」
 ということで、清国を助けると言っていた、義和団を、自分たちの保身のために、簡単に見捨てたのである。
 これこそ、
「血も涙もない」
 と言ってもいいだろう。
 確かに、
「アヘン戦争」
 などでは、気の毒なところもあった清国であるが、義和団事件の暴挙を考えると、