意識と記憶のボタンと少年
有事になり、すべてが後手後手に回った当時の政府が途中の、総辞職からの衆議院選挙でもって、与党がかなりの議席を減らして、過半数に満たないが、それでも、第一党として君臨できているという、政府としては、
「これ以上ない」
というほどの弱体な政府であるが、それでも、何とか、政府としての体制は取れていた。
しかし、日本の政府としてはあまりにもひどいもので、
「ただ、トップが変わっただけ」
という情けない状態であった。
そんな政府では、医療崩壊などどうすることもできず、すぐに、首相交代劇が出てきた。
首相が、重圧に耐えきれず、勝手に辞職してしまったのである。
元々、党の重鎮が、内輪で決めたと言ってもいい総裁だったので、
「この人がいい」
ということで決まったわけではなく、
「なり手がいないから、消去法で、この人になっただけだ」
という程度のものであり、死に向かって秒読み態勢の状態で、ただ、血の流れを抑えようとするだけの処置しかできないので、傷口しか見えていない状態だと、まわりからちょっと突かれただけで、傷口が開いてしまう。
せっかく、まわりにいる人たちも、今の時代を象徴してか、
「見て見ぬふり」
をしている。
「下手に助けに入っても、どうせ死ぬんだから、下手に看病などしてしまうと、そこから離れられなくなってしまったり、下手をすると、その男が死んでしまうと、その責任を俺に押し付けられでもしたら大変だ」
という思いがあり、誰が行き倒れている人間を助けたりするものか。
「その人が、政府の要人だとしても、助けないで放っておきますか?」
と言われたとすれば、
「そりゃあ、余計にほったらかしですよ。今の世の中をこんな風にしてしまったのって、やつらの責任じゃないですか。死んでくれれば、これほど楽なことはない。我々が手を下さなくてもいいからね」
というであろう。
実際に、そのまま行き倒れた形で、政府は瓦解した。次の総理は、若手のやり手と言われている男で、その手腕は未知数であったが、それまでの内閣支持率に比べれば、結構高かった。
「こんな首相を待ち望んでいたんですよ」
と街頭インタビューでサラリーマンが答えていた。
「ただ、実績はあまりないですよ」
と言われて、
「今までの総理の顔ぶれを見てくださいよ。闇ばかりで、説明責任を一切果たさずに、立場が悪くなると、病院に逃げ込んだ人や、有事でありながら、オリンピックを強行したり、それに平行して、緊急事態宣言を発出し、国民の行動を抑えている常軌を逸したとしか思えないその人は、政府の方針に対して、具体的なことを一切言わず、求心力などまったくない状態で、政府に君臨していたわけだから、よくもまあ、そんな奴らが首相をやっていたということですよ。やっとこれで、若手のやり手がなってくれれば、少なくとも後手後手には回らないと思うんですよ。後の願いは、内輪から自分たちの私利私欲しか考えていない連中から疎まれて、政策を妨害されないことだと思います」
と答えていた。
「よく政治のことをご存じですね?」
とインタビュアーに感心されると、
「それはそうですよ。これまで散々な政府を見せられて、しかも有事になっても、私利私欲だけしか考えていない政府の面々には、誰だって癖癖させられあすよね。何しろ、国民はそんな連中に殺されたとしか思っていませんからね」
「殺されたんですか?」
と訊ねられ、
「もちろんそうです。人流抑制も中途半端。経済政策も中途半端。片方で、一部の業種に対してだけ、一方的に自粛をさせ、さらには休業に追い込ませて、どんどん倒産していく。国民は路頭に迷い、さらには、伝染病の猛威で、自分たちだって命も危ない。しかも、オリンピックを強行したことで、国民は政府の要望を聞かなくなっている。何しろ今の法律では、国民の自由を制限する宣言はできませんからね。それなのに、国会も開かずに、自分たちの私利私欲だけに埋もれていく。どうせすぐに任期満了で解散か総辞職ということになるのだろうから、とりあえずそこまでの甘い汁だけは吸っておこうという腹何でしょうね。国民は皆分かっているんですよ。そんな姑息なことに関しては敏感ですからね。それだけ、国民をバカにした態度を取り続けた政府こそ、国民に殺されるべきなんでしょうね。医療崩壊で、国民がどれだけ政府の人災によって殺されたか。彼らの声を聴けと言いたいですよ、まったく」
と、途中からはインタビューであることを忘れて、かなりの怒りを表していた。
さすがに最後まではオンエアーされないようだったが、その声の一部は、ネットニュースに流れて、物議を醸していた。
意見は、賛否両論などではなく、賛同者がそのほとんどで、
「反対する人は、政府の組織票を担う人間ではないか?」
とまで、言われる始末だった。
そんな状態で、新たな総理は、積極的に動いた。
「前政権のように、何もせず、国民の怒りを受けて、後手後手の政策しか採ることができなかったというようなことの内容に、できることは先手必勝で行うのが、この私の責務だと思っている」
という頼もしい言葉を口にしていた。
だが、確かに、彼の行動力はかなりのものがあったが、旧態依然とした制度をぶち破るところまではいかず、政府全体、あるいは、国会議員を納得させられる政策を打ちだすには、国民にすべてを晒すわけにもいかず、とりあえず納得してもらえるだけの言葉を何とか繕って政策を実行していた。
今回のプロジェクトも、本当の目的はもう一つあり、そちらは国民にも、政府内、国会内でも、
「話をしてはいけない」
と言われる人物がいて、最後まで隠さなければいけないことがあるのだった。
そんな政府の要請を受けたF大学の薬学部でも、大いに研究が進められていた。
専門的なことは、ここでは割愛するが、これまで不治の病と言われていた病気だが、今までは、
「進行を抑える」
というところにしか効果がなかったものを、
「自力で治すのを助ける」
という意味での開発がなされていた。
要するに、
「人間の身体にあるものを使って治療に役立てる」
というやり方が、政府からの依頼がある前から、研究室では研究が行われていて、この大学としては、
「これでやっと晴れて、大っぴらな開発に乗り出すことができる」
ということになったのだ。
そんな国民にとって重要なことを、F大学で進めていた。
ただ、大学内部でも、いくつかの研究室に国家のプロジェクトの話をして一度任せている。そのうちにある程度まできて、臨床実験前くらいになって、どれが一番国家プロジェクトにふさわしいかということを選定し、やっと公表でくるところまでくるのだ。
漏れた方の研究はそこで終わりというわけではなく、平行して研究を行う。あくまでも、大学の範疇でということにおいてである。
F大学の研究も、そろそろ臨床試験も進んできたことで、大学側が内部審査を行い、その研究室を国家プロジェクトにするかということが決まったのだが、その研究室は、まだ表に公表されることはなかった。
作品名:意識と記憶のボタンと少年 作家名:森本晃次