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意識と記憶のボタンと少年

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 むしろ、第一発見者の証言の中に、重大な糸口が隠されている場合が多いので、最初の聞き込みの時には、下手な先入観などを持たない方がいいかも知れない。
 下手に先入観を持ってもいないのに、
「この人が怪しい」
 と感じたのだとすれば、本当に第一発見者が怪しいと、初めてその時に感じればいいのだろうし、その勘を信じるかどうかは、捜査官のそれまでの実績が伴っているかどうかということであろう。
 そういう意味で、桜井刑事の場合は、実績もしっかり伴っているので、違和感があるのであれば、それは信憑性としては高いであろう。
 だが、今のところ、怪しい素振りはない、毅然とした態度は彼女の性格から来ているものであって、
「作られたわざとらしさ」
 というものではないと思えたのだった。
「ところで、あなたがこの部屋に入った時に見た記憶に残っていることをお話願えますか?」
 と、桜井刑事は言った。
 それは、今の鑑識が調べている状況と、彼女の話に違いがないかということと、彼女がどれほど冷静に現状を見ていたのかということを知りたいという思いであった。
 いくら冷静な人間であっても、殺人現場を見たのだから、かなり気が動転してしまっていて、この部屋を一番知っている彼女なだけに、記憶が錯綜し、どれがいつ見たものなのかということを分からなくなるのではないかと、思ったからだ。
 もしそうであって、なかなか証言が引き出せないとすれば、彼女が、自分の記憶に自信がなく、自信のないことを言えない性格だということであれば、それはそれで、彼女の本当の性格ではないかと思われるのであった。
 逆に、メチャクチャ詳しく説明されれば、自分というものい、よほどの自信があるからなのか、それとも、自分を疑うことがないほどの虚勢を張っている気持ちが強いのかということを表しているように思えるのだった。
「私が部屋に入ってきた時は、ちょうど、テーブルの上にまだ食べかけの食事がありました。五つくらいの食器に料理が乗っていたと思います。ハンバーグのようなものがあったと記憶しているので、夕飯だったと思います。朝のこの時間に、食卓の上に食べかけの夕飯が残っていて、朝、連絡したことが既読にならないということを考えた時、その時初めて、背筋がゾッとした感覚でした。正直、逃げ出したいという思いになったと言っても過言ではありません。それで、今度は余計に、ゆっくりと中に入ってみて、彼女がリビングで倒れているのを発見したんです」
 と、玲子は言った。
 桜井刑事は、それを聞きながら、デジカメを見つめていた。先ほど、入ってきて、自分で撮影した現場写真だった。
 これは、いつもの桜井刑事のやり方だった。第一発見者の話を聞く時に、辻褄が合っているかどうかを確認するために、鑑識とは別に自分でも現場写真を撮っているのだ。
 だから、今の捜査方法は別に桜井にとって奇抜なやり方ではなく、
「いつもの操作方法」
 だったのだ。
 コンビである白石刑事は、当然知っていることで、
「いつものことだ」
 として、理解していた。
 桜井刑事と白石刑事は、玲子の話を聞きながら見たスマホの映像が、話の通りピタリと嵌っていることを、確認したのだった。
 これをどうとらえればいいのだろうか?
 白石刑事の方は、
「何か、胡散臭さがあって、怪しい気がするけどな」
 と考えているようだったが、その思いの裏に、
「きっと桜井刑事も胡散臭さを感じているはずだから」
 という思いがあったのは事実だ。
 しかし、当の桜井刑事には、彼女に対しての違和感はなかった。ただ、それは、
「彼女が犯人ではないか?」
 ということに対してだけのことであり、
「事件にまったく関係はない」
 ということではなかった。
 むしろ、関係があるなしでいえば、
「関係がないというのはおかしい」
 と言ってもいいと感じているほどだった。
 それにしても、よくここまで正確に覚えているものだと思うほど、正確な話だった。
 確かに写真のテーブルの上には、五つ皿が乗っていて、一つはごはんを入れた茶碗だったが、そこは大きな問題ではない。メインディッシュがハンバーグだということも間違ってはいなかったのだ。
「これ以上、正確なことはない」
 というほど正確だったということだ。
「なるほど、分かりました。あなたのおっしゃる通りの状況でしたね。ハンバーグというのは、被害者が好きなメニューだったんですか?」
 と聞かれた玲子は、
「ええ、そうですね、彼女は食べることは好きでしたね」
 というのを聞いて、すかさず桜井が話の途中で割って入った。
「ん? ということは、自分で作るということはあまりしないということでしょうか?」
 と聞かれた玲子は、
「ええ、そうですね。彼女の場合は、自炊をしないわけではないんですが、時間が掛かったり、面倒なことはあまりしない方でしたね。でも、どうしてもその時に食べたいと思ったものは、作るでしょうから、昨日はそういう気分だったのかも知れませんね」
 と玲子は言った。
 それを聞いた桜井は、少し考えた。
 玲子のこの言い方は、何か言い訳のようにも聞こえる。それは自分が食卓の上の内容を覚えていたことへの伏線回収のようなものではないかという思いであった。あまりにも完璧に答えたことが、刑事に不信感を与えたのだとすれば、彼女としては、翻意ではなかったということになるのかも知れない。
「警察の術中にはまったのだとすれば、それは実に癪に障ることだ」
 と思っているとすれば、やはり彼女の性格は、気が強いものだと言えるのではないだろうか。
 だが、確かに覚えていたことは間違いなかった。もちろん、それが疑われる理由になるはずもないということを玲子も分かっていたからだ。
「ところで、玲子さんは朝食は摂ってこられたんですか?」
 と桜井刑事が聞くので、
「いいえ、今日は摂ってこなかったです。何しろ、半分は心配になってきたわけですから、超直など摂っている場合ではないですからね」
 と玲子がいうと、
「それはもっともなことです。では普段の時は、こちらで一緒に食べられるんですか?」
 と聞かれて、
「ええ、康子が、ハムエッグと、トーストでパンを焼いてくれているんです。パンは、ちょうど焼きあがった時に私が来るように調整してくれていたので、まず私が来た時は、朝食を摂ることから始まるんです」
 と玲子は言った。
「なるほど、目に浮かんでくるのを感じますよ。トーストができあがったその時に、コーヒーも一緒に入れるんでしょうね。コーヒーとトースト、さらにはハムエッグの匂いと、甘い香りに香ばしい香り、それぞれがマッチした朝食というのは、実にいいものですよね」
 と、桜井刑事がいうと、玲子は恍惚の表情を浮かべて、その状況を思い出しているようだった。
 それが先ほど、死体を見て、凍り付いたような顔をしていた人間と同一人物だとは思え愛その様子に、玲子は自分では気づいていなかったが、
「何か一つのことに嵌りこむと、集中して、意識がそこから離れない」
 という性格であることが、玲子の最大の性格だったのかも知れない。
 そんな自分のことを棚に上げて、