臭いのらせん階段
今までは、営業を掛けるなら、ここほど楽なところはないと皆いっていたのだが、急に掌を返したように、条件も厳しくなってきた。そもそも、厳しい条件での契約でなければいけないものまでズブズブだっただけで、本来なら、今の状態が本当なのだ。
お互いの営業も、ナアナアで楽をしてきただけに、今後の付き合い方も難しくなった。今までは口約束だけで、お互いにいいところで着地していたが、そうもいかなくなった。
どちらからか、約款のようなものを作らなければいけないようで、取引会社の方が、他の取引先とのノウハウを元に作成し、商談を重ねることで、形にしていった。
約款を示すことのできない会社とは、取引をしないという条件で、業者の再選出が行われ、かなり取引会社の規模も縮小することになったことで、販売先も同じように、規模を縮小することになる。
どこを残すかなどという問題が残ったが、こちらも、結句スムーズに選出できた。
やはり、約款を示せないようなところは、相手から取引を断絶すると言ってきた。想像していた通りだったのかも知れない。
全体的に営業規模を縮小してくるのは、
「取引先の選別により、無駄をなくすことで、贅肉太りしないような経営をすることで、不況になっても、負けない体力をつけることが先決だ」
ということであった。
そんな商社に勤めていた山岸は、自分がいた頃に、エコモプライズの存在を知っていた。
「いつもサポートの人が、消耗品を持ってくるのを見ていると、他の業者と少し違っているのを感じたんです」
と、山岸は言った。
「どういうことですか?」
と聞くので、
「他の業者の人たちと比べて、動きに無駄がなかったんですよ。それで、何が違うのかと探ってみると、他の会社は、営業と補充を兼ねているんですよね。だから、商談と一緒に補充もできるので、内情をよく分かった営業が打てるんでしょうけど、どうして、数を裁かなければいけないというノルマがあるので、補充が荒くなってしまったり、手際よくしているつもりであっても、そこに無駄ばかりが存在するので、思ったよりも時間がかかってしまう。でも、時間がかかる分、進んでいないので焦りが伴う。テキパキと動いているつもりでも、先に進んでいないのは、悪循環が引き起こしているんでしょうね。しかも、その悪循環ということを分かっていないのが、大きな問題なんでしょうね。でも、エコモさんは、そんなことはなかった。サポートのプロなので、サポートだけに専念できるので、身体にしみついた動きだけをしていればいい。テキパキしているのに、無駄がない分、実際には丁寧なんですよね。まわりには、丁寧さしか伝わらないから、会社に対してのイメージは最高なんですよ」
と山岸が言った。
「うちの会社にいいイメージを持ってくれていたので、この会社に入りたいと思ってくれたんですか?」
と敏子が聞くと、
「ええ、まさにその通りです」
と山岸は答えたのだ。
「パートのような非正規雇用ですが、よかったんですか?」
と、聞くと、
「ええ、今のところは満足しています。でも、そのうちに正社員になりたいと思うかも知れませんね」
と、敏子を見つめながらいうと、
「ええ、そうかも知れません。でも、今はこれでいいのです」
というので、
「じゃあ、正社員になりたいと思った時は言ってください。私の裁量で決めますからね」
という敏子に対して、ニッコリと笑って、会釈をした山岸だった。
「ところで、この会社のような浄水器を扱っている会社というのは、他にも結構あるんですか?」
と、山岸に聞かれた敏子は、
「結構あるとは思いますが。このあたりには、そんなにはないかも知れませんね。どうしてなのか、似たような会社が同じエリアには存在しないような気がするんですよ。特にうちのような浄水器のような会社はね」
という返答を聞いた山岸は、
「どうしてですか?」
と訊ねた。
「浄水器は確かにいろいろな使い道があって便利なんですけど、水道の水を浄化するだけであれば、蛇口に取り付け方の簡単なものもありますから、同業他社は少ないかも知れないけど、似たような業種を数えると、結構なものになりますね」
と敏子は答えた。
「なるほど、同業他社と言えるかどうかというきわどい会社の存在ですね」
「ええ、他の業界では、これも同業他社というかも知れないというところが曖昧と言えば曖昧ですね」
と、答えた。
「話は変わるんですが、白鳥さんは、何かご趣味はお持ちですか?」
と、またしても、大きく話の内容が変わったものだ。
山際と話しをしていると、結構脱線することがある。
「どうしても、決まった時間に話をしようとすると凝縮して話さなければいけなくなるので、結構時間配分と、どこを話のクライマックスとして持っていくかということがテクニックというものなんでしょうね。私の趣味ですか? そうですね。料理を作ることかしらね」
と、敏子は答えたが、それを聞いて唸るように頷いた山岸だったが。きっと、同じようなことを考えていたのだろう。
それが、話を変えた自分への回答に対してなのか、それとも、趣味のことなのか最初は分からなかったが、そのうちに、
「自分一人で楽しむことを趣味と考えるその思いは、敏子さんにもあるようですね」
と答えたので、最初の話を変えたことへの返答にはスルーしたということは、そちらに関しては何ら反対意見はないということであろう。
だが、趣味に関しても少しトンチンカンに見える答えは、却って彼がどこまで同調できたのかということを示しているかのように感じられるくらいだった。
「白鳥さんも、私も同じように一人でする趣味なのは嬉しいですね。でも、私のは、少し子供っぽいんですけどね」
と言って少しもったいぶったので、
「ご趣味は何なんですか?」
と聞くと、
「プラモづくりですね。結構楽しいですよ」
「どんなジャンルをお作りになるんですか?」
と聞くので、
「お城や、建物とかが多いですかね。細かいところを要求されるものが多いです」
と言って笑っていたが、彼が日本古来の古風なものが好きなのだろうと思うと、いかにもと感じるくらいだった。
そんな話をしていると、急に、鼻が詰まったような感覚がしてきた。
――何だろう? この臭い――
と思っていると、
――とても嫌な臭いのくせに、我慢できないというわけではなく、次第に臭いに慣れていく自分が怖いくらいだ――
と感じていた。
そう思うと、急に子供の頃が懐かしくなり、子供の頃を思い出していた。
思い出したそのわけが、この臭いにあり、この臭いが何かということが分かったような気がした。
――そうだ、この臭いは、シンナーの臭いだ――
と感じたのだった。
磔にされた死体
どうして、シンナーの臭いなんかを思い出すことになったのかというと、きっと、山岸の趣味が、プラモ作りだということを聞かされたからだろう。
プラモには、セメダインがついている。いわゆる接着剤だ。(ちなみに、セメダインというのは会社名であり、登録商標でもある)