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臭いのらせん階段

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 国や自治体から補助金や協力金が出ると言っても、そこから、社員の給料や、仕入れ業者に払うお金。さらには、家賃など、出ていくものは補助金では鼻紙にもならないという程度である。
「じゃあ、営業しなければ」
 という人がいるかも知れないが、いくら不況だからといって、従業員に給料を払わないというわけにはいかない。しかも、家賃にしてもそうだ。
 もし、完全に休業状態になったとしても、協力金で賄えるはずもないのだ。
 何度も自粛要請と、解除を繰り返しているうちに、
「何もせずに、死を待つくらいなら、罰金を払ってでも、店を開ける方がいい」
 と思うのも当然だった。
「午後九時以降の営業、及び、終日酒類の提供は禁止」
 というのが要請であるが、実際には、午後九時を過ぎても営業を行い、さらには、店を開けている間、酒類の提供は行うのだから、要請も何もあったものではない。
 そうなると、自粛もあったものではなく、律義に要請に従っている店が開いていないので、客は当然、開いている店に集合する。
 となると、店は密になってしまい、何のための自粛要請なのか分からなくなるだろう。
 これは、完全に国のせいである。
 国が原因を作ったというわけではなく、精神的に追い詰めたと言った方がいい。
 何と言っても、何の根拠もなく、なぜ自粛しないといけないのかということ。そして、今後の展望などを、ハッキリと示してくれれば、納得したうえで、自粛もするというものだが、理由も言わない。保証も中途半端。しかも、お願いと言いながらも、恫喝してくるような状態に、お店側も、ウンザリどころか、
「このままだと国に殺される」
 と思ったとしても当然だろう。
 だからと言って。要請に従わないのがいいのかどうか、その答えは分からないが、お願いや命令を出すのであれば、それ相応の理由を言わなければ、誰が従うというのだ。
 それを考えると、切羽詰まった店側を責めることもできないだろう。
 おかげで、実際に自粛を守ったらどうなるかということが目の前に迫った時、冷静企業の店主は、
「このまま、何もしなければ、どんどん借金が重なって行って、どうにもならなくなる」
 と判断し、
「今なら、最小限の被害で済む」
 と判断した人も、相当数いただろう。
 中には、
「どうせ、行政が守ってくれるはずもないんだ」
 と、早々に政府の正体を看破したことで、被害を少なくできた事業主もいたことだろう。
 しかし中には、一大発起ということで、思い切って開業した人だっていたはずだ。
「俺の人生一度キリ」
 という覚悟を持っての事業だったことだろう。
 だからこそ、うまくいかなかった時の引き際を最初から考えている人もいて、ズルズルと深みにはまらないことをモットーにしていた人だっているはずだ。
 それがいいというわけではない。それぞれの人に事情があるであろうから、しかし、この人は最善の選択をしたと思っている。世の中にパラレルワールドが存在したとしても、他の世界を覗くことは不可能なのだから……。
 それを思うと、早々と思い切った人というのは、日頃から準備を進めていた人なのかも知れない。やはり毎日をつれづれなるままに過ごしている人には、その発想はできたとしても、思い切ることはできないだろう。
 ただの選択肢の一つということで、見えていても、選択肢は最初からありえない。そう思うと、世の中がいかに世知辛いのかということを、思い知らされた気がした。
 敏子は、総務部の中で、人事権を結構持っていた。特に非正規社員の採用に関しては、会社から一任されていると言ってもいいかも知れない。
 もちろん、最終面接など、役職者の面接や、何人までなら雇っていいなどという重要部分は一人では決められないが、4実際の採用に際しての面接の段取りであったり、採用後の部署配属を、部署長と詰める役は一任されている。そういう意味で、総務部内での人事権を一人掌握していたと言ってもいいだろう。
 そんな敏子が昨年採用した社員が、三名いたのだが、そのうちの二人は、昨年まで飲食店を経営していた、店主経験者であった。
「元々脱サラまでして始めた店だったのですが、さすがに自転車操業が続いていたこともあって、一回目の緊急事態宣言の時に、すでに先行かなくなって。さすがにそれ以降の営業を断念するしか選択肢はなかったです。早々と店を畳んで、何とか被害が一番小さなところで店を閉めることができたので、選択は間違っていなかったと思っています。何といっても、誰も先が予想できませんでしかたらね。退くのも地獄、続けるのも地獄ということで、老舗のお店の店主は、どうしても営業にこだわって、継続させていましたが、国や自治体が迷走を始め、混乱があまりにも惨めな状態になってくるのを見て、マスコミが放送しないその裏で、どれだけ悲惨なことが起こっているのか、分かりますからね。それにしても、マスコミというのは酷いものです。宣言が発令されるたびに、店に意見を聞きに来るくせに、潰れていく店の実態を放送しようとはしないんですからね。それを思うと、やるせなさしかなかったですね」
 と言っていた。
 敏子は、そんな店主たち三人を最終面接に送り、三人とも、最終面接で採用が決まった。元々、三人くらいを雇い入れたいという話を上層部から聞かされて、初対面から吟味してきたので、最終面接までに三人に絞っておいたというわけだ。
 そこまでの権利を与えられているので、最終面接は、ほぼ形だけだったと言ってもいいだろう。
 雇い入れた三人は、それぞれの部署に、一人ずつ配属することになっていた。この配属の権利も、敏子が握っていた。
 もちろん、上層部が最終面接を経て、
「彼を営業部に」
 という話を具体的にしてくれば、その通りにするのだが、それ以外何もなければ、配属人事は敏子の仕事だった。
 そのうち総務部には、山岸という男性を配属させた。
 山岸という人物は。元々中華料理屋をやっていたという。他の二人は、親から受け継いだ二代目店主たちだったが、山岸だけは、脱サラをしての、起業という一念発起だったのだという。そこに敏子が目を付けたのだ。
 今回の最終面接で、上層部からの要望がなかった。上層部としては、今回の採用を、ほぼ、ここ一年くらいで退職した人の補充くらいにしか考えていなかったのだ。
 そもそも、今回の採用も、敏子が上層部にお願いしたことからだった。営業部からも、サポート部からも、
「補充があればありがたい」
 という話をされていた。
 総務部としても、もう一人ほしいというのも事実で、その一人というのが、敏子が自分のサポートをしてくれる従順な人がほしいという思いからだった。
 敏子が、山岸を総務部に雇い入れたのは、彼が脱サラからの起業ということで、
「サラリーマン経験がある」
 ということが一番の理由だった。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次