臭いのらせん階段
動機が復讐の場合であれば、それも当然のことであろう。自分が警察官でなければ、そんな犯人たちを許せないと思うのは当たり前のことであり、その思いを糧にして、自分が強くなってきたのだということを否定できない自分がいると考える警察官も少なくないはずだ。
隅田刑事もそうであり、まだまだこれからの警察官であったが、桜井刑事や柏木刑事の背中を見ることで、自分を高めていくことを目指していた。
桜井刑事に対しては、その冷静沈着さから、全体を見渡して、いかにも現場の総責任者たるべく人だということを思わせる。
柏木刑事に関しては。何と言っても、あのブレない勧善懲悪の姿勢は、警察官に憧れ、警察官を職業にした人のほとんどが最初に感じることであろうことを、ずっと貫いているのだ。
その思いは、よほど自分の気持ちに素直でなければ貫くことなどできないだろうと思えることで、後輩として背中ばかりを見ているはずのその姿を、急にこちらを振り向いて、包み込んでくれるような錯覚を感じさせてくれる。それが柏木刑事という人の本質であり、桜井刑事にはない、唯一無二の性格を醸し出していると思えてならなかった。
「人はそれぞれに、長所と短所を併せ持っているんだ」
と思っていた。
桜井刑事にだって、柏木刑事にだって、ずっと一緒にいれば、
「これがこの人の短所だ」
と感じるところもある。
だが、それを補って余りある長所が、その人の本当の性格になっているのだろう。
「長所と短所は紙一重」
という言葉があるが、
「背中合わせのニアミスのようなものだ」
と、隅田刑事は感じていた。
隅田刑事は、今回の事件でも、似たような感覚を感じている自分がいることに気づいてはいたが、その感覚がどこから来るものなのか、分かっていなかった。
第一の犯罪である、山岸殺害事件の捜査の方もあまり進んでいない。今回の松村部長が殺された事件の一週間くらい前に、敏子は退院していた。自宅に帰ってから、十日ほどは会社に有休を申請し、さすがに会社としても、
「一時的な記憶喪失と、事件に巻き込まれたことによる精神的ショック」
という診断書を一緒に提出されれば、許可しないわけにはいかない。
そもそも、有休取得は、法律で年に五日は摂らなければいけないという法律になっている。それだけに、総務の人間が率先して見本を見せるという意味で、法律が施行された三年前から、総務の人間は、平均で七日は取得すrというのが、慣例となっていた。
そういう意味でも、この有休は別に問題のあるものではない。診断書だって別に必要はないくらいだったが、どこか律義なところがある敏子には、そこまでしないと気が済まないというところがあった。
だからこそ、総務、人事のような仕事が適任であり、適材適所だったと言ってもいいだろう。
隅田刑事も、家まで行って、少し話を聞いてみたが、さすがにまだ記憶が断片的だということで、新しい情報を得ることはできなかった。
ただ、
「彼女は何かを隠しているような気がする」
と感じたのだが、そこには、自分の勘というだけの根拠のないものが存在するだけなので、それを他の人にいうのは、少し違うと思っていたのだ。
隅田刑事の、
「刑事としての勘」
が、尋常ではないということに気づいているのは、桜井刑事だけだった。
最近の隅田刑事に対して、門倉警部から、
「君は何かを感じた時、私に言えば、私が調べてあげよう、自分で行動してもいいように取り計らってあげることもできるよ」
と言われていた。
これは、桜井刑事にも一時期言われていたことだったが、桜井刑事はその特権をフルにいかして、事件解決を早めたことがあり、それだけ門倉警部のお墨付きは、確かなものであったのだ。
今回、隅田刑事が単独で調べたのは、白鳥敏子の過去だった。
表向きのことではあまりハッキリとは分からなかったが、そのあたりは、門倉警部にすがる形で調べると、ある程度のことが分かってきた。
「白鳥敏子は、昔、詐欺グループに祖母が騙されたことがあったんだ」
ということが分かった。
しかも、祖母は家族のために、かなりの預貯金をしていたようだなのだが、詐欺グループに引っかかったことで、すべてを失ったと感じたのか、命を自らで断ったということだった。
その詐欺グループに関係していたのが、山岸だったという。
確かに山岸の入社は、松村部長の紹介状があったわけではなかったが、松村が裏から手をまわしたのは確かだったようだ。
実は、松村部長と、敏子は繋がっていたらしい。敏子が今の会社に入社する前の大学時代に、学費を稼ぐためにホステスをしていたようだ。その時に面識があったということなのだが、松村という男がどういう男なのかを知ったのは、松村の毒牙に掛かってしまった後だったのだが、敏子という女性は、そこでへこたれるような女性ではなかった。逆に松村を利用してやろうというくらいに思っていたようだ。
松村の裏ルートを使って、この会社に入社することができたが、いずれは、山岸への復讐を考えていた。
その時、山岸が職を失って、フラフラしているということが分かり、松村部長の名前を使って、彼を入社させたのだ。
もし、前科があると分かっても、松村部長の推薦ということであれば、うちの会社では、敏子への落ち度することはなく、山岸をいきなり解雇ということもない。
そのうちに、敏子は小山内という男の存在を知ることになる。彼も、立場としては敏子に似ていた。
付き合っていた女性が、松村の毒牙に掛かり、自殺をしてしまった。彼の存在を知ったことで、彼を仲間に引き入れることで、いよいよ山岸殺害がリアルになってきたのだ。
敏子の考えは、
「交換殺人」
だった。
交換殺人というと、それぞれ、まったく関係がない事件で、犯人をたすきにかけるというものである。普通であれば、それぞれの殺人に少しでもかかわりがあれば、犯行は難しいと思われるが、これは法則破りの犯行だ。しかも、交換殺人など、普通は、
「小説ででもなければありえない」
というものであった。
交換殺人が成功しないのは、最初に犯行を犯した人が圧倒的に不利だからだ。相手は自分の殺してほしい相手を、自分以外の誰かが殺してくれれば、それでいいのだ。だから、自分がその後、バカ正直に犯行を犯すなどということをする必要はない。
「騙したな」
と言っても後の祭り。
警察に訴えて出るわけにもいかず、どうしようもなくなる。だが、今回のように、それぞれの犯行に関係性があれば、自分は知らないということはできないだろう。
圧倒的な不利な状態を回避するためには、交換殺人なんか、ありえないという考えを重視すれば、できない犯罪ではないと思ったのだ。
今回の臭いが関係しているのは、これは小山田が、
「こんな、クズのような連中が殺されたとなれば、やつらから、変な臭いが出てきて、それが犯人を指し示すことにならないか?」
と、オカルト的な理由で言い出したことだったが、犯行のカモフラージュには面白いと敏子が考えたことで、臭いを使うことになったのだった。