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臭いのらせん階段

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 しかし、肝心な部分の記憶を喪失していることで、自分のことを考える時に、ピュアな気持ちになれるのではないかと思うと、彼女を縛っていた何か、タガのようなものが外れるのではないかと思った。素直な気持ちで自分や、そのまわりのことを見ることができれば、何かに気づくのではないかとも思えた。ただ。そこに至るまでが大変で、頭痛がしなければいいと思うほどで、ただ、彼女は頭痛ごときでへこたれるようなところがないように思うのは、かなりの思い込みではないだろうか。
 敏子を見ていると、彼女もやはり何かを考えているようだ。敏子は一体何を考えているのだろうか?
「私は、記憶がない。すべての記憶がないわけではないだけに、その部分にだけベールが掛かっていて、まるで結界が広がっているようだ。結界というのは、そのベールが高ければ高いほど、圧迫感が見えていて、近寄りがたさを感じさせる。そんなベールから遠ざかれば遠ざかるほど意識させられるもので、下手をすれば、夢の中まで追いかけてきそうであった」
 と、敏子は考えていた。
「確か、あの部屋にはベールはなかったはずだが、自分が入ってはいけないと思った空間が確かに存在した。そもそも、あの場面すら、自分が本当はいてはいけない場面だったのではないかと思う」
 と、またしても、敏子は考える。
 敏子が気になったには、やはり、あの時の接着剤の臭いだろうか? 最初はシンナーの臭いだと思ったが、次第にそれが接着剤だと違うものに変わっていったと思ったのに、それほど別のものではなかったのだ。きっとその間に記憶がおぼろげいなって言ったのだろうが、敏子はその時、別の臭いを感じたhずではなかったか。
 それは、麻酔薬の臭いである。
 誰かに蚊がされて気絶した。そして、あの場所に連れてこられて放置された。
 と、敏子は思ったが、今はその感覚を、
「待てよ?」
 と思うようになった。
 本当に敏子は、誰かにあの場所に連れてこられたのだろうか?
 ひょっとすると、誰かに連れてこられたわけではなく、自らやってきたのではないだろうか?
 もし、そうだとすれば、敏子は犯人ではないとしても、今回の犯罪に大きな影響を与えているということになる。敏子が犯行現場で倒れていたというところに、犯人の最初からの意図が含まれていたのかどうか? そのあたりが問題になってくるのではないだろうか?
 そう感じた敏子は。昨日までにはなかった、
「頭痛を伴わない、考察」
 という感覚を無意識に感じていたようだ。
 捜査を進めていくうちに分かってきたことが、まず一つに、二人は面識はなかったが、松村部長にも、
「叩けば埃が出る身体」
 だったということだった。
 仕事のことでも、セクハラ上司というウワサもあり、会社の女性社員を散々食いまくっているというウワサがあった。その際、自分の保身のために、彼女たちのあられもない姿を写メに撮って、それをネタにバラさないようにと脅迫していたという。
 あくまでもウワサであり、何かなければ、誰かに詮索されても、すぐには分からないだろう。もちろん、警察は介入してくることもないし、見つかることはないと、勝手に考えていた。
 そもそも、これは共犯がいなければできないことだった。部長が目を付けた女の子を、半分強姦するかのように襲って、それを写メに撮るのだから、盗撮ではうまくいかない。しかも、犯行を行う方が複数であれば、相手の女は泣き寝入りするしかない。
 その共犯をどのようにして引き込むかというのは、それほど難しくはなかった。
 共犯となるターゲットは、そもそも、犯罪を犯すべくして犯しそうなやつで、学生時代から素行も悪く、一度、悪いことに手を染めてしまうと、足を洗うなど、なかなかできないという性質を、地で行っているかのようなやつだった。
 松村にとって、そんな人間を見つけ出すことは、そんなに難しいことではなかった。
「同じ穴のムジナ」
 を探すなど、簡単なことだった。
 それこそ、
「同じ臭い」
 を探せばいいだけだ。
 松村部長も、その男も、
「犯罪者には、独特の臭いがある」
 ということを分かっていた。
 普通の人間であれば、分からないような臭いを発するのである。だから、この共犯者も、そのことを分かっていたのだ。
 彼は名前を、小山内と言った。彼のウワサはそれなりにあったが、まさか、松村部長とつるんでいるなどと誰も知らなかっただろう。
 警察も松村部長の捜査を行っているうちに、そのようなウワサを嗅ぎつけて、
「この松村という被害者。とんでもないやつだな」
 ということになった。
 そして、今のところ、最重要容疑者として浮かんできたのが、この小山内という男である。
 ただ、小山内には、アリバイがあった。犯行の当日、被害者の松村部長の命令で、地方に出張に行っていたのだ。
 前の日のうちに、約五時間を掛けて、出張先の営業所に顔を出した。その時間は夕方で、予定されている宿泊先にもチェックインを済ませたのが、夜の十時であることは分かっている。
 そして、朝の七時半には、朝食を食べているのを目撃されている。チェックアウトも、八時半にされていて。九時に再度営業所にも顔を出していることが分かっている。
 公共の交通機関での移動も無理なことであり、レンタカーを借りたとしても、夜中に犯行を犯して、往復することは不可能であった。警察の捜査では、そのアリバイを崩すことはできず。アリバイは完璧だったと言ってもいいだろう。
 ただ、この男は、この事件が起こったことで、会社を辞めてしまっていた。今はどこにいるのか分からなかったが、少なくとも、
「この男が犯罪に何らかの役割を果たしているのに違いない」
 という、疑いは大いにあったのだ。
 さすがに今の段階で指名手配ができるほどの証拠はない。少なくともアリバイは完璧に成立しているのだ。容疑者というわけではないが、参考人程度で、さすがに指名手配は難しい。
 桜井刑事や柏木刑事は、この二つの事件が、本当に関係があるのかどうか、疑わしいという思いを抱いてきたのに対し、隅田刑事はあくまでも、この二つの事件は繋がっているという思いを貫いていた。
 しかし、隅田刑事にも、この二つの犯行が、本当に一人の犯人によって引き起こされたものなのかどうか、疑問であった。そうなると、
「この事件には誰かカギを握る人が出てきてもいいはずだ。その人はすでに、我々の前に出てきているのか、それとも、これからなのか分からない。その人物の存在を見逃さないことが大切なんだ」
 と、考えるようになっていた。
 それにしても、今回の被害者の二人、山岸も松村部長も、恨みを買っていたのは確かである。
 かたや、詐欺事件で前科があり、かたや、ウワサの段階であるが、セクハラにそれをネタに女性を脅迫するなどという、どちらも、命を狙われるくらいの恨みを持たれていても仕方がないくらいである。
「死んだ人を悪く言うのは、ちょっと」
 とよく言われるが、この二人に限っては、犯人が恨みからの復讐であったのだとすれば、心底犯人を憎むことはできないだろう。
 そもそも刑事などをしていれば、犯人に同情的な気持ちになることも少なくない。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次