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臭いのらせん階段

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 と感じていたのも事実のようで、そのことがこの事件にどのように関係してくるのか、しないのか、そのあたりからが問題になってきそうな気がした。
「そのあたりは、署に戻ってから、調べてみることになるだろうね」
 いよいよ鑑識による現場検証が、せわしなく行われている状況を横目に見ながら、桜井刑事は言った。
「今回は、背中から刺されているんだな」
 と、桜井刑事が鑑識に話しかけると、
「ええ、今回は背中からですね。ふいに刺されたのか、被害者は後ろを振り向くこともできなかったようで、そのまま俯せに倒れたようです。倒れた瞬間、横を向いたのは、反射的だったんでしょうね。顔の左部分をコンクリートの床に当たって、かなりすりむいていて、血も出ているようですね」
 と、その部分を指差しながら、鑑識は言った。
「不意打ちだったというわけか」
「そういうことになりますね」
 と、いう鑑識の言葉に頷く桜井刑事であった。
 その日は、それくらいにして、後は、捜査本部に戻り、鑑識からの報告を待つことにした。その前に隅田刑事は、今回の犯罪とは直性ツ関係はないが、第一の事件での一番の関係者である敏子に話を聞きに行った。本当は電話だけでもいいのだろうが、隅田刑事は、なぜか敏子が話を聞いた時のリアクションを見てみたいと感じたのだ。
 それは、隅田刑事の曖昧な想像であったが、自分が期待しているリアクションとは違うものを感じるのではないかと思ったからだった。
 敏子とアポイントを取って会ったのだが、話の内容をわざと告げなかった。
――どうして来たんだろう?
 と、敏子が感じることを分かったうえでのことで、その想像は当たっていた。
 敏子の様子は、どこかソワソワしていて、桜井刑事のように、必ず聞き取りの際にアポイントを取る時はその理由を話すわけではないので、何と言っても警察からの訪問なので、何度目であっても、緊張もするし、痛くもない腹を探られるようで、気持ちのいいものではないはずである。
「今日は、わざわざお時間を取っていただいて、ありがとうございあす」
 と隅田刑事は切り出した。
 ここで丁寧な言い方をする隅田刑事が、一番肝心な訪問理由を最初に言っていなかったというところに何かあると、敏子は感じていた。それだけ、何か後ろめたいことがあるのか、もしあるとすれば、それが何なのか、その時には分からなかったが、話をしていてその理由が分かった気がした。
――私は、警察に隠しているつもりはなかったが、言ってはいけないと重いことがあって、無意識に言わないようにしていたことはあったんだ――
 という思いからだった。
 それを感じたのは、今回殺されたのが、松村部長であり、それを聞いた時、敏子自身があまり驚かなかったことである。
「白鳥さんは、ひょっとすると、松村部長が殺されることを分かっていらしたんですか?」
 と隅田刑事に言われて、
「あっ、いいえ、そうではないんです」
 と、奥歯に何かが挟まったかのような言い方をした、
 隅田刑事はその意味をすぐには分からなかったが、
「今のところですが、この間の白鳥さんの証言にあったように、最初の被害者である山岸さんというのが、松村部長の紹介状を持参しての入社だったということを伺ったので、この二つの殺人事件は連続殺人だと思ったんです」
「それだけが理由ですか?」
 と、敏子が、まるで他にも理由があってしかるべきだというような言い方をするので、
「いいえ、実は今期の犯行現場が山岸さんが殺された現場と酷似していたことなんです。もちろん、細かいところではちょくちょく違っていたんですが。少なくとも、これから改装を行うという廃墟のような建物と。長机が置かれていたことですね。もっとも、今回は長机はい一つだけだったんですけどね。そしてもう一つはスマホがあったということですね」
 と隅田刑事がいうと、
「なるほど、そこまで聞くと、何となく景色が浮かんでくるような気がします」
 と、敏子がいうと、
「それはそうですよね。記憶を失いながらではあるけど、あの場所におられたわけですからね」
 と、頭を掻きながら、隅田刑事は言ったのだ。
「ですが……」
 と、何かを言いたげにしている敏子を見て。隅田刑事は、
「ですが?」
 と聞きなおした。
「実はですね……、その松村部長にですね。この間お電話で話を聞いた時には、そんな紹介状を自分は書いた覚えはないというんです。山岸という男は知っているが、自分が紹介状を書くような親密な仲ではないというんです。それよりも、他の会社に紹介状を書くくらいなら、自分の会社に入れるようにする方がいいんじゃないかとおっしゃっていたんですよね。紹介状を書くほどの人であれば、まずは、自分の会社にと思うのが、自然ではないかってですね。私はそれを聞いて、それもそうだと思いました。その方が厄介なことにならないし、いい人材を手に入れることもできるしという意味でですね」
 と、敏子はいうのだった。

                  大団円

 それにしても、どういうことだろう? 最初は、山岸が松村部長の紹介状を持ってきたことで、完全に信じ込まされていたはずだ。だが、それを今の今まで確認しようと思わなかったというのも、人事を預かっている人では考えられないことである。
 そもそも、山岸という男が、、松村部長の紹介状持参でなくても、最初から信用できる人として採用される予定だったのだとすれば、それはそれでいいのだが、どうもそうでもなかそうだ。
 記憶がかなり曖昧になっている敏子は、自分が事件に巻き込まれているということを果たしてどのように感じているのだろう? それにどこまで山岸という男を信じていたのかお怪しい気がする。少なくとも、彼は過去に詐欺で前科のある男だ。だからこそ、最初に疑わしいところがあったのに、部長の紹介状という印籠があったことで、それまでの怪しいという思いが消し去ったのか。普通ならそうだろうと思える。
 最初は、二人が面識があると思っていたのに、敏子の話で、それが違うことが判明した。警察も二人が知り合いだという前提で捜査を進めるつもりだったのに、当てが外れたといてもいい。
 隅田刑事も、電話で済むようなことを、何をわざわざ聞きに来る必要があったのだろう? 何か、虫の知らせでもあったというのだろうか?
 それを考えた時、
――白鳥敏子は、今の段階でどう思っているのだろう?
 と隅田刑事は思った。
 今の敏子は、まるで生まれたてのひよこのような気がした。話をしてみると、結構聡明で、いろいろなことを考えていて、さらに、先読みまでできそうな女性であったが、肝心なところで、詰めを誤りそうなタイプに感じられた。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次