臭いのらせん階段
まわりがこれだけ明るさと暗さの差が激しいと、暗いところにあるものが、すべて恐ろしいものに感じられるから不思議だった。
「前の事件でもスマホが置かれていたんだっけ?」
とその時のスマホを思い出していると、
「この男性は、スマホに気が付いたのだろうか?」
と思うのだった。
置いてあるスマホがどこから掛かっているものなのか、確認しようかと思っていると、大きな乾いた金属音が響いてきて、静寂をぶち破る音だった。かなり遠くから聞こえているようで、それでもこれだけ大きな音なのだから、音自体が本当に大きいに違いないのだった。
そのうちに断続的な音が聞こえてきて、音が近づいてくるのが分かった。
「オホン」
という咳払いの声が聞こえて、一つだったはずなのに、和音のように聞こえたのは、その人の声がそもそも響きやすい声なのか、それともハスキーボイスなのかのどちらかだろう。
その声の主はきっと後者だろう。低音がその人の本当の声なのに、どこか上ずって聞こえるのは、そこに緊張感が溢れているからなのかも知れない。
すると、後ろの光がまるで後光の差したような光景が、光に包まれているようで、そこに二人がいたのを見ると、それが誰だは一瞬にして分かった自分が不思議であった。
「お疲れ様」
と、そうそこにいたのは、桜井刑事と、隅田刑事だったのだ。
「お疲れ様です。桜井刑事、隅田刑事」
と声を掛けると、
「本当にここ、この間の現場のようじゃないか」
と、さっき自分が感じたのと同じことを感じてくれた桜井刑事に敬意を表したい気分だった。
しかし、何よりも、自分が感じるよりも何倍も早く、この場所の異様さに気づき、それをさりげない言葉で片づけてしまうところが、さすがに桜井刑事だった。
長谷川巡査は、急いで刑事になろうという気持ちはなかった。自分にはまだまだだという思いと、刑事になることの恐ろしさの二つを抱えていた。しかし、その不安を解消させてくれるのが桜井刑事の存在であり、一緒にいることがどれほど自分を安心させてくれるかということを身に染みて感じているのだった。
「ええ、私も同じことを考えていました。でも、長机が一つしかないのは、この間の現場との違いですね」
と、長谷川巡査が言った。
「それにしても、今回も似たような事件のようじゃないか。どこかから電話があって、それが通報だったわけだろう? しかし、今回は以前の事件があるから、少なくとも悪戯だと頭から決めつけることはなかった。緊張感をもって現場に足を運ぶことができるだろう? ひょっとすると、もしこれが連続殺人というように、同一犯の犯行だったら、何か犯人に手玉に取られているような気がして、どうも気に食わないんだよな」
と桜井刑事は言った。
「そうですね。確かに共通点はかなりあるようですね。それにしても、この長机の意味がよく分かりませんね
と長谷川巡査がいうと、
「何かのカモフラージュだったりして」
と隅田刑事が口を挟んだが、その場の雰囲気を妨げたような気がして。
「これは失礼しました」
と、すぐに謝罪をした。
「いやいや、デモンストレーションという表現は、的を得ているかも知れないぞ」
と桜井刑事は言った。
「というと?」
長谷川刑事が即行で聴いた。
「犯人の警察に対しての何かの挑戦なのかも知れないよね。その場合の状況を言葉にするとすれば、デモンストレーションという言葉が一番しっくりくるような気がするんだ」
と、いうではないか。
「そうですね。デモンストレーションと言われると、犯人の挑戦を真っ向から受け止めようという気持ちになるのかも知れないですね」
と、隅田刑事が、複雑な表情をした。
「相手にとって不足なし」
という気持ちの後ろで、
「何が起こるか分からない」
というところに恐怖を感じるのが、犯罪捜査だと考えていたので。武者震いだけではなく、本当の恐ろしさを感じているのであろう。
表情に出ているのはどちらの感情が強いのかと考えてみたが、最初に感じた方と逆の方を考えているのではないかと思い、自分が警察官であることの恐怖をいまさらながらに感じた隅田刑事であった。
「でも、本当にこの二つの殺人は、同一人物によるものなんですかね?」
と長谷川巡査は、いった。
すると、それを聞いた隅田刑事が、
「自分は、同一犯による連続殺人だと思いますね」
と、いった。
「どうしてですか?」
と、長谷川巡査が聞くと、
「この被害者、最初の被害者である山岸氏と面識がある人物なんですよ。」
と隅田刑事がいうと、
「そうすると、隅田刑事はこの被害者をご存じということなんですか?」
という長谷川刑事に対して、
「ええ、知っていますよ。山岸氏が今の会社に入社する際に、紹介状を持って行ったそうなんですが、その紹介状を書いた人間というのが、この被害者なんですよ」
というではないか。
第一の被害者と第二の被害者が知り合いだということになれば話は変わってくる。連続殺人ということの方が辻褄が合うだろう。しかも、殺人のシチュエーションもほぼ同じ、犯人の意図がそのあたりに潜んでいるような気がしてならなかった。
「この場所のシチュエーションもそうなんだけどね。私はこの臭いも気になっているんですよ」
と桜井刑事は言った。
「臭いですか?」
と隅田刑事が聞いた。
「そうなんだ。最初の時は接着剤からのシンナーの臭いだが、今回は、どこからかペンキの臭いがしているんだ。しかし不思議なことに、臭いはするんだけど、さっきからその臭いの元になるペンキで塗られたものを探しているんだが、見つけることができないんだ。第一の殺人の時もそうだったが、シンナーの臭いとなる、接着剤が塗られたものを発見することができなかった。これはどうしたことなんだろうね?」
と桜井刑事は、怪訝な表情を浮かべた。
「犯人が、臭いだけが残るものを振りまいて行ったんじゃないですか? そういうものが科学的に開発されているような話を一度聞いたことがありましたけど」
と隅田刑事がいうと、
「そうなのか? それは初耳だったな」
と、結構、最新のニュースなどを見て、そのような話題に乗り遅れることのない桜井刑事としては、本当に初耳だったようだ。
「確か、数年前に一度開発されたとニュースになったのですが、それが実用化されたという話は聞いてないですね。詳しい内容は覚えていないのですが、ちゃんとした目的があって、開発されたものだったはずなので、それが、いまだに商品化されたと聞かないのは、それもおかしな話だと思ったんですよ」
と、隅田刑事はいう。
「特許の申請を忘れたか何かして、別の企業に、その特許を奪われたか何かなのかな?」
と桜井刑事は言ったが、
「それならそれでニュースになりそうですね。でも、そのあたりになってくると、それぞれに、会社都合の問題があることで、表に出せないことだったりすることも出てくるかも知れないと思いますね」
と隅田刑事は言ったが、言いながら、
――説得力に欠ける気がするな――