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臭いのらせん階段

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 山岸が殺されてから、そろそろ十日が経とうとしていたが、半分記憶喪失状態で、一人でいるのは危ないということで病院に入院中だった敏子が、ちょうど退院した日の二日後のことだった。
 時刻は、早朝のことである。
 山岸が殺されたのは夕方だったが、今回は朝日が差し込んでくる。まだ、ほとんどの人が睡眠中ではないかと思われる午前五時であったが、すでに朝日は昇りつつあって、廃墟と化したビルには、小さな瓦礫が無数に堕ちていた。
 そこにも、山岸が殺された時のような似たような配置が構成されていて、長机が無作為に二つ置かれていたのだ。
 なぜ、そんなところに長机があるのかと思って入ってきたのは、近所の交番からやってきた制服警官だった。
 今回も交番に通報があり、
「死体が、マンション跡地の廃墟に転がっている」
 という内容で、警官が相手の名前を訊こうとすると、無言で電話を切ったという。
「ついこの間、本当に死体が発見されたではないか」
 ということで、すぐに県警に報告し、自分も放ってはおけないということで、急いで現場に到着したことで、一番乗りとなったわけだ。
 廃墟の階段は、想像以上に足場が悪く、ちょっと進むだけでも結構時間がかかってしまう。
「ザクッ、ザクッ」
 と足場を踏みしめるように歩いていくと、見えてきた長机に違和感を感じながら前に進んだ。
 違和感はあったが、先日の事件現場を見ているだけに、まるでデジャブのようだった。
 あの時は、事件発生から桜井刑事ら、本部より刑事が先に到着していて、そそくさと、犯行現場の縄張りを築いたりして、結構大変だった。
「そういえば、あの時、記憶を失っているとか言っていた女の子、どうなったんだろうな?」
 と、下々の警官にまで、事件の詳細報告が降りてくるはずもなく、彼女のことが気になったのは、この場所があの時の惨状と本当によく似ていたからだ。
 あの時が夕方だったので、今も夕方なのではないかというほどの錯覚に襲われたのも、無理のないことだっただろう。
 この警官は、名前を長谷川巡査という、かつて、桜井刑事や清水警部補らと一緒に、事件解決に尽力したことがあった。読者諸君には、馴染みの警官なのではないだろうか。
 長谷川巡査は、いざとなれば、結構開き直るタイプだった。最初は薄気味悪くて、
「本部から刑事が到着するのを待った方がいいだろうか?」
 と思ったが、先日の事件では、到着が遅れたために、後手後手に回ってしまい、ペースをすっかり狂わされてしまったという思いから、自分が率先して捜査しようと思うようになっていたのだ。
 先日の事件が夕方だったこともあり、昼間に捕まえた窃盗犯の取り調べ等があったため、交番を開けられないという事情もあった。本部から窃盗犯担当刑事が到着するのを待たなければいけなかったからだ。
 そんな時に通報があったことで、焦りもあった。ペースが乱れたのは、自分の不測のいたるところだと言ってもいいだろう。
 そんなわけで、今回はいち早くやってきた。
 交番を出てきた時はまだ太陽が昇り切っていなかったので、まだまだ薄暗いかと思って、懐中電灯を用意していたが、それを使うこともなかった。
 朝日がここまで強く差し込んでくるとは思ってもいなかった。足元に散らばっている瓦礫がところどころ光っているのが見えるが、どうやら、それはガラスの破片なのではないだろうか。
 思わず目をそむけたくなるような明るさに、すっかり意識は捉えられてしまい、部屋の中にすぐには踏み込んでいけなかった。風もないのに、誰もいたわけでもないのに、埃から立ち上る白い煙は、何が影響してのことなのか、不思議で仕方がなかった。
 誰か他に人がいるのではないかと思えるほど、不気味な場所だったのだ。
 日差しが朝にしてはきついため、明るい場所はかなり明るく照らし出されていた。その分、光の照射の少ないところは、暗い部分がやたらと暗く、懐中電灯くらいでは、よく分からなかった。
 おそるおそる歩いてみると、目の前で何かに躓いた。
「あっ」
 という声を発したかと思うと、もう少しでひっくり返りそうになり、必死で堪えた。
「何だったんだ?」
 と思って振り返ると、そこには黒い何かが淀んでいるのが分かった。
「うわっ」
 その瞬間、鼻を突く臭いを感じた。
「これは、シンナーの臭いか?」
 と思ったが、もう少し重厚なというか、ドロッとしたものを感じた。
「これはペンキの臭いだ」
 明らかに塗料の臭いだった。
「この間は、シンナーだったから、接着剤の臭い。今度はペンキの臭いか」
 と、そう思うと、この場所の配置といい、明らかにこの間の殺害と類似したところがある。まるで模倣犯のようではないかと思えるほどで、前の事件の現場も見ている長谷川巡査は、明らかにデジャブを感じていた。
 そう感じているうちに、目が慣れてきた。そこには男が倒れている。少し大きめの男で、この間の山岸と、ちょっと太り気味なところが似ている感じがして。またしてもデジャブを感じるところであった。
 迂闊に障ることはできないので、まわりを一周しながら眺めていたが、動く気配はない。顔の部分に光を当ててみたが、完全に虚空を見つめていて、目は開きっぱなしであった。死んでいるのは、一目瞭然だったのだ。
 とりあえず、そのまわりに何かないかというのを確認していたが、ふと何かを思い出したように、天井を見た。そして桟の部分をじっと見つめながら、特に部屋の過度の部分を集中的に見ていた。
「ここにはないんだな?」
 と、いって、残念がっていたが、どうやら長谷川巡査は防犯カメラの有無を見ていたようだ。
 そのうちに、また下を向いて、死体のまわりを見ていたが、何もなかった。死体の背中には、鋭利な刃物が刺さっていて、背中から刺されたようだ。
「この間の殺人は正面から刺されたんだったな」
 と思った。
 前からと後ろからの違いこそあれ、今度も刺殺であった。今回はナイフが刺さっていて、それほど血が飛び散っているわけではない。
 それでも、血の色は真っ赤な鮮血なので、殺されてから、そんなに時間が経っていないのではないかと思えた。
 警察官になってから、今までに死体を発見したことは何度かあったが、その時は必ず誰かがそばにいて、一人で発見するとことはなかっただけに、恐怖で声も出ないほどだった。それでも、冷静に捜査をしようと思っている自分がすごいと感じ。どこか、開き直っているようにも感じられた。
 そして、もう一度冷静さを取り戻し、
「よし」
 と自分に気合を入れなおすと、今度は長机の上に目をやった。
 今回の長机は一つしかなかった。
「状況はよく似ているけど、ところどころ、微妙なところが細かいところで違っているんだな」
 と感じた。
 長机の先の方を見ると、何か光るものが置かれているのに気が付いた。
「あれ?」
 とよく見てみたが、見ているうちにピンとくるものがあり、目が慣れてきて、想像したものと同じだったのを感じると、身体に鳥肌が立ったのを感じた。
「また、スマホ?」
 と思って、触らずに見て言うと、着信があったのか、裏面が光っているのを感じた。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次