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臭いのらせん階段

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 そんな時、山岸が現れて、弁護士を紹介してくれた。
 山岸という男は、元々法律には強い男で、弁護士にも、かなりの人脈を持っているということだった。
 紹介してもらった弁護士の活躍もあって、桂重機は経営を持ち直した。
 山岸は桂重機内で英雄として祭り上げられ、
「課長という席を用意しているので、戻ってきてくれないか?」
 と、部長に言われた。
 そして、彼は快く課長待遇で戻ってきたのだが、桂重機といえば、地元でも有数の大企業だった。
 そこの課長待遇というと、かなりの破格である。それに、元々桂重機では、一度辞めて、戻ってきた社員は、以前がいくら部長であっても、平からというのが鉄則だったのに、やすやすと山岸がその慣例をぶち破ることになるのだった。
 しかし、そんな山岸だったが、一度目に会社を辞めるきっかけになったのが何だったのかということは誰も知らなかった。
 そもそも、山岸が一度目辞める前というのは、ほとんど目立たない社員で、一種の、
「窓際族」
 と言ってよかったくらいだろう。
 誰にも意識されずに、いつも端っこにいるような山岸のことを気にする社員など誰もいなかった。
 それだけに、
「山岸という社員が、課長待遇で戻ってくると言われた時の社員のざわめきは、その場に山岸がいたら、かなりのほくそ笑みを浮かべていたことだろう」
 と感じた社員が結構いたに違いない。
「山岸って誰だ?」
 というところから始まり、
「どんなやつだったか思い出せないんだけど」
 という思いから、
「何で、山岸は辞めたんだ?」
 という疑問に流れ着くのは、自然だったのかも知れない。
「君たちも知っていると思うが、このたび、山岸君が我が社に戻ってきてくれることになった。快く迎えてくれたまえ」
 と部長に言われたが、皆、戸惑っていた。
「確か山岸というやつは、何か会社に背信行為があったということでやめたんじゃなかったのかな?」
 というウワサが流れたkらだ。
 しかしそれはウソで、山岸がわざとそういうことにしたようだった。それは戻ってくることが前提で、
「戻ってきたことを、核心に触れないように、正当化させるには、こういうやり方ではないといけないのだろう」
 という思いを植え付ける必要があったからだ。
 しかし、少ししてから、分かったことであるが、実際に中華料理店をやっていた時期があったとのは間違いないということであった、その時期があまりにも短かったということと、登記簿の名前が本名ではなかったということで、通り一遍の捜査では分からない部分だったようだ、
 そういう意味で、山岸という男、今表に出てきていることがすべてではないようだ。
 さすがにここまでくれば、敏子に山岸の正体を黙っておくわけにはいかないと思った桜井は、敏子に山岸の正体を明かすことを決意した。
「実はこの間殺害された山岸さんなんですが、以前詐欺を働いて捕まっているんです」
 と敏子に明かすと、
「そのことなら、私も何となく怪しいと思っていました」
 と、いうではないか。
「いつ頃から怪しいと思っていたんですか?」
 と聞かれて、
「私も、中華料理店を店じまいをしてから、こちらを受けていると聞いたのに、面接を引き受けた理由が、桂商事からの紹介だということを聞いて、何かおかしいという気にはなったんです。それで、採用を見送ろうかと思っていたところ、うちの社長から、彼を採用するようにというお達しがあって、要するに、社長の鶴の一声だったんです」
 ということであった。
 桜井刑事は、何とも言えない気持ちになった。
 山岸という男の正体が時間とともに、変わってきているではないか。それも、手のひらを返したような話なのに、皆悪びれずに本当のことを話す。普通これくらい怪しい男であって、固められたウソが剥がれていく時は、少なくとも誰か一人くらい悪びれない人がいてもいい程度なのに、ここまで皆悪びれないというのは、これが山岸の性格なのかとも思ったが、逆に考えれば、それだけこの男の章や胃はすべてウソで凝り固まっているということになるのであろう。
 一人くらい、悪びれない態度というものを、自分だけだと思う気持ちは、きっと、皆その部分だけがウソであり、それ以外は真実なのだと思い込んでしまっていたのであろう。
 もし、山岸に何かの才能があったのだとすれば、
「木を隠すなら森の中」
 という言葉にもあるように、肝心なことを隠すために、一つだけウソをついているかのようにまわりに思わせるのが上手いというところではないだろうか。
 もっとも、それくらいのテクニックがなければ、詐欺などという犯罪を犯すことはできないだろう。
 まわりを別々の角度の自分を正しく見せようとするので、きっとこの男は、自分と誰かが一緒にいる時、他の誰かをその輪の中に入れることはしないのだろう。もし、誰かがいても、主役である自分たち以外が、蚊帳の外にすることで、二人だけの世界なのに、まわりもいることを意識させるのだ。
 普通であれば、二人きりの世界を保てるように努力をするのだろうが、この男は、相手を一人取り込んだ瞬間に、他からの対象をブロックしているかのようである。
「まるで、卵子に突進していく精子のようではないか?」
 という発想を敏子は感じた。
 受精卵は、精子を一匹取り込むと、後の精子の侵入をシャットアウトしてしまうという。したがって他の精子はその場で死んでしまうことになるのだが、これが、力のない精子の運命であり、究極の弱肉強食と言ってもいいのではないだろうか。
 そういう意味で敏子は、この男のことを、
「受精卵の男」
 と命名したくなったが、まさにこの言葉がピッタリではないだろうか。
 ただ、受精卵も、勝ち残った精子も、滑り込めずに死んでいった精子たち。これも、生命が命を繋いでいくうえで、逃れられない運命だと言ってもいいだろう。
 受精卵に見事に辿り着いた精子が卵子と一緒になり、新たな命を育むのだ。運命に逆らって誰かが命を奪うなど、絶対にあってはならないと、受精卵を思うとそう感じられても仕方のないことだろう。
「生殺与奪の権利を持った人間なんて、誰もいないんだ」
 と言われるが、その理由を受精卵や、精子に教えられるというのも、これこそ、人間の神秘だと言ってもいいのではないだろうか。
 山岸という男が受精卵を思わせるのであれば、詐欺に加担した人間と同じようなものだと揶揄された受精卵は、実に気の毒というものだ。
 だが、これも不思議なことに、彼と関わった人たちは、やつの正体を知らないくせに、イメージとして受精卵を思い描いているという、不思議な力を持った人間だったと言えるのではないだろうか。

             ペンキの臭い

 ここは、例の山岸が殺されたマンション改装前の廃墟となっていた場所から一キロほど離れたところ、ここも似たような場所で、老朽化したマンションを取り潰して、新たにマンションを作る計画で、まもなく取り壊される予定になっているところであった。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次