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臭いのらせん階段

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 桜井刑事は、ここで山岸が詐欺を働いていたという話をしようかと思ったが、死んだ人減とはいえ、プライバシーをここでいうのはおかしいと思った。
 もし、詐欺が過去のことで、今は立派に更生しているかも知れないからだ。
 他人に、彼のことを話せるとすれば、もっと確証を得なければならないと思うのだった。
「山岸さんがどうかしたんですか?」
 と質問されたので、
「ああ、いいえ。何でもありません」
 とごまかしはしたが、何と言っても殺害されるだけの人間なので、殺害されるだけの理由を誰かに感じさせたということになるだろう。そんな山岸のことを今警察も調べているはずで、いくら事件当時の記憶を失っているとはいえ、どうしても、山岸という人間のことが気になるのも仕方のないことであろう。
 会話が途絶えかけ、おかしな雰囲気になりかけたからか、敏子の方から話を始めた。
「私は山岸さんとは結構仲は良かったと思います。もっともあの人が他の人にどのような接し方をしてきたのかということをよく分かってはいませんので、彼に友達がいたのかどうかも分かっていません。私はたまに趣味の話をしたり、仕事の悩みを聞いてあげたりと言った感じの会話でしょうかね」
 と敏子は言った。
「趣味というのは、どういうものだったんですか?」
 と桜井刑事に聞かれて。
「プラモデル作りが好きだというのは言っていましたね。今思えば、シンナーの臭いがした時、プラモデル作りが趣味だと言っていた山岸さんの表情が思い浮かんだくらいなんです。私も子供の頃、よくプラモデルを作ったりもしましたので、山岸さんとは会話が弾んだような気がしました。なんといっても、子供の頃、もうプラモデルで遊ぶなんていう趣味の子はいませんでしたからね。皆ゲームばかりしている世代なので、同じ趣味の人がいると分かって、ホッとした気分になりました。自分がプラモデルを作るのが好きだったという思いがそんなになかったのは、やはり、女の子の趣味としては、あまり他人に話せるものではないという考えから、自分の趣味だったということを、意識的に抹殺してしまいたい気分になっていたんだと思います」
 と、敏子は言った。
「中学時代には、城や建物系のプラモデルと作っていたんですが、山岸さんも同じようなものを結構作っていたということで、そこも趣味があると思ったんですよ」
 と敏子は続けた。
 それは、最初の質問にちゃんと答えていなかったと感じたからで、敏子は、自分の意識と感覚がまだしっかりと元に戻っていないということを感じていたのだ。
「昔のプラモづくりを思い出したりしていると、シンナーの臭いがよみがえってくるような気がしませんか?」
 と、桜井刑事に言われて、
「ええ、そうですね。その通りだと思います」
 と、敏子は答えたのだった。
「あなたの記憶の中にはシンナーの臭いというよりも、接着剤の臭いというイメージが強く残っているようですね?」
 と桜井刑事に聞かれた敏子は、
「ええ、そうです。元々接着剤というものと、シンナーとでは、違う臭いだと思っていたんです。プラモデルを作っている時に感じた接着剤の臭いは嫌いではないのに、シンナーの臭いは大嫌いだったからです。だから、二つは別々の臭いだと思っています」
 と言われた、桜井刑事は、
「確かに、普段から知っている臭いと、まったく別世界だと思っている臭いとでは、どんなに同じものであっても、使用用途が違えば違うものだという認識になったとしても、それは無理もないことだと言えると思います」
 と、いった。
「シンナーを使っているものは他にもいっぱいあるでしょうから、その時々で好きな臭い、嫌いな臭いとあるんでしょうね」
 と、敏子は言った。
「だけど、今回、あなたが事件に巻き込まれたのと、シンナーの臭いとは、何か関係があるんでしょうかね?」
 と桜井刑事は、しれっと聞いてみた。
 しれっとというのは、
「巻き込まれた」
 という言葉を使ったからで、桜井刑事は、彼女が巻き込まれただけだなどと思っているわけではないのに、わざとそういう表現をして、彼女の油断を誘うつもりだった。
 彼女の意識が飛んでしまったというのは、警察に対する警戒心が強いからだとも思ったからで、
「警察は、あなたのことを疑っているわけではない」
 ということを示せば、かなり違った感覚になるのではないかと思ったからだ。
 記憶が戻ってくるかも知れないし、彼女を包んでいる警戒心を取り除くことが一番だと思ったのだった。
――それにしても、彼女の記憶喪失というのは、本当なのだろうか?
 確かに彼女の様子は明らかに尋常な精神状態ではないことは医者ではないじぶんいも分かるというものだ。医者も、
「一時的な記憶喪失になっている」
 と言っているので、自分の思いを裏付けているようなものだった。
 桜井刑事は、自分が子供の頃に感じたシンナーの臭いを思い出していた。
―ープラモデルを作ったわけでもないので、シンナーの臭いと感じたことはなかった気がするな――
 と思っていたが、なぜかシンナーの臭いは知っていたのである。
 学校の理科実験室などで、その臭いを嗅いだことがあったとしても、
「これがシンナーの臭いだ」
 という認識があったわけではないので、どうして将来において、嫌な臭いだという意識で嗅いだ臭いを、
「これはシンナーの臭いだ」
 と確定的に感じることができるのか、実に不思議だったのだ。
――ひょっとすると、嫌な臭いの代表格がシンナーの臭いであり、シンナーの臭いを意識したとして、どこまでがシンナーなのかは分からずに、曖昧な状態で感じていたのかも知れない――
 と思った。
 しかし、今までに感じた嫌な臭いの代表格がすべてにおいてシンナーの臭いであるとすれば、分からなくもない。もちろん、他に嫌な臭いは存在するが。そのすべての正体が分かっているとすれば、消去法で、シンナーの臭いを認識できたとして、それは無理もないことであろう。
「そういえば、山岸さんは、中華料理屋の店主をやっていたらしいですねよ」
 と敏子は言った。
 記憶を一つ一つほじくり返してのやっと思い出した一つのことであった。
 するとそれを聞いた桜井刑事が頭を傾げたように、
「中華料理ですか? 我々が調査した中にはありませんよ」
 ということであったが、これは、確かに間違いないようだった。
 しかし、確かに履歴書には中華料理屋経営と書いてあった。
 ということは、あの履歴書はウソだったということだろうか?
 それにしても不思議だ。前職が中華料理屋にする理由がどこにあるというのか、桜井刑事はその間が詐欺の期間だったということを分かっているが、それを知らずに信じ込んでいる敏子には、何も分かっていないのも同然だった。
 桜井刑事は先ほど、敏子から聞いた、
「桂重機」
 という会社のことが気になっていた。
 今までの警察による被害者、山岸の調査の中で、確かに、
「桂重機」
 という名前は出てきた。
 しかし、それは部長胃紹介状を書いてもらえるような立場ではなかった。山岸という男は、一時期桂重機に勤務していて、彼が辞めてから少しして、会社が少し傾きかけてきたという。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次