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臭いのらせん階段

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 意識が朦朧としている彼女とすれば、それも無理もないことだろう。
 だが、あの防犯カメラを回し続けたのは、ひょっとすると彼女を犯人に仕立てあげようという計画があったのかも知れない。
 元々、自分が助かるところまでは計算に入れていなかったということであれば、犯行後の計画というのは、かなり甘いところで構成されているのかも知れない。
「本来の目的は自分が助かることではなく、犯行を想像通りに達成することができるかどうかである」
 と思っていたからであろう。
 犯人が誰であれ、桜井刑事の頭の中には、ほとんどの確率で、
「これは、恨みを晴らすための復讐なのではないか?」
 と思っていたようだ。
 柏木刑事は、最初からそれ以外のことはほとんど信憑性がないだろうと思っていたようだ。
 隅田刑事もそうであるが、勧善懲悪の考えを持つ柏木刑事ほどではないと思っていたが、実際に意識として強かったのは、むしろ、隅田刑事の方だったのだ。
 担当刑事三人がいろいろと思い浮かべた事件の思いであるが、動機が恨みではないかという思いと同じで、三人が共通で感じているのが、
「この事件には共犯がいて、その共犯が敏子ではないか?」
 という思いであった。
 だが、彼女の方が主犯ではないかという思いを低い可能性だと思いながらも抱いているのは、桜井刑事だけだった。

               受精卵の男

 防犯カメラで分からないのは、音声だけではない。臭いも分からないのだということを、敏子が教えていたことを思い出した。現場検証と言っても、そのほとんどを防犯カメラの検証に使ったので、敏子が口を挟む余地はなかった。
 しかし、途中で、
「シンナーの臭い」
 と呟いたことで、一緒に敏子も連れてきていることにいまさらながらに思い知らされた気がして、不思議な感覚だった、
「そういえば、シンナーの臭いを感じたと言ったけど、それは、意識を失う前ですか? それとも意識が戻ってからですか?」
 と聞かれた敏子は、
「シンナーの臭いで意識が戻った気がしたんです」
 という。
「ということは、この防犯カメラの映像にあったように、一度途中であなたは目を覚ましているんですが、その時に、シンナーの臭いを感じたのかも知れませんね」
 と、桜井刑事は言った。
「ええ、その通りだと思います。でも、なぜあの時シンナーの臭いを感じたのか、自分でも分からないんです」
 と言った。
「ただ、シンナーの臭いで目が覚めたのだとすると、その時、気持ち悪かったですか? 普通シンナーというと、かなりのきつさがあって、鼻の感覚がマヒしてしまうくらいではないかと思うんです」
 と言われて、
「ええ、気が遠くなりかけていたと思うんです。でも、それまで気絶していたという意識があったので、またここで気絶することはないという勝手な思い込みのようなものがあって、気絶までには至らなかったと思っています」
 と、敏子は言った。
「シンナーの臭いというと、イメージするおは、どうしても、接着剤のイメージなんですが、何かを接着するという意識はあったと思いますか?」
 と桜井が言った。
 桜井は自分が医者がそばにいれば、ドクターストップをかけるのではないかと思うほどの質問をしていた。普段の桜井刑事がここまで相手に執拗に質問をすることなどないと思っていただけに、隅田刑事もビックリしていた。
――桜井刑事がここまで執拗な時というのは、相手が犯人であるという、揺るぎない自信を持った時に初めて示す行動のはずだ――
 と感じていた。
 だが、桜井刑事であっても、さすがにこれだけの材料で、彼女を犯人と決めつけるわけにもいかないんだろう。それを思うと、なぜにここまで執拗なのか、疑問以外の何者でもなかった。
「私が子供の頃、学校の近くで、昔からある車屋さんがあったんです。修理工場としての町工場という感じだったんですが、そこから臭ってくる臭いに似ていたような気がします。その臭いは、子供心に嫌いだったはずなのですが、今から思うと、懐かしさを感じるんです。そして、同時に感じるのが倦怠感。身体にやたらとだるさが感じられ、必要以上に身体が硬直している感じがするんです。今から思えば、夕方になると、噴き出していた汗が乾いてくると、一気に倦怠感が感じられ。引いてきた汗が心地よい温度にしてくれるんですが、風を感じることができず、かなり身体の重たさに繋がっているんです。重たい身体を引きずるように動くのは、まるで水の中を歩いているような感じでした。よく足がつってしまっていたのを思い出すくらいです」
 と、敏子はいうのだった。
「なるほど、敏子さんの若い頃にもまだそんな工場が残っているところがあったんですね? 最近ではあまり見なくなりましたが、シンナーの臭いだけが印象に残っていたんですか?」
 と桜井刑事から聞かれて、
「いいえ、音も結構すごかったんですよ。金属を金槌のようなもので叩くんです。それは無理もないことでした」
 と敏子がいうと、
「金属を切断するような、電気のこぎりのようなものはありませんでしたか?」
 というので、
「ありましたよ。確か丸いやつだったと思います。接触面から、火花が飛び散っているようで、金属粉のようなものが黄色く光りながら飛び散っていました。そしてその時の音もすごいんです。歯医者が嫌いな私は、歯医者で歯を削っているような、あの音を思い出しそうで、背筋がゾッとする思いでした」
 と、敏子は言った。
「ところで、敏子さんは、被害者の山岸さんとは仲が良かったんですか?」
 と桜井刑事が聞いてきた。
「仲がいいというよりも、山岸さんは私が面接をして入社いただいた方ですからね。非正規雇用になりますけど」
「非正規雇用というと?」
 と桜井刑事が聞いてきた。
「正社員ではなく、パートでもアルバイトでもない社員です。派遣会社と契約していて、そこから来ている人であれば、派遣社員ということになるんですが、山岸さんは単独で来られたんですよ」
 というと、
「募集をしていないのにということですか?」
 と桜井刑事が聞くので、
「ええ、正社員としての募集は掛けていませんでした。でも、山岸さんは、取引先の部長さんからの紹介状を持っておられたので、採用したというわけです。まあ、面接をしたと言っても、まるで出来レースのような感じでしたね」
「というと、面接は形式的だったと?」
「ええ、そうです」
「その会社の部長さんというのは?」
「桂重機という会社があるんですが、そこの松村営業部長さんからのご紹介でした。桂重機というのは、うちとしては結構な大口の取引様ですから、お話があれば、よほどのことがなければ、雇います」
「じゃあ、山岸さんのことは、それほど調べなかったと?」
「いいえ、ちゃんと身元調査を行いましたが、怪しいところはなかったですよ」
 ということだった。
 なるほど、詐欺の容疑者であり、警察に前科として残ってはいるが、警察以外のところでは、彼のことを悪くいう資料はないということだ。
 それこそ、探偵でも雇って調べなければ、見つけられるものではないだろう。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次