小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

臭いのらせん階段

INDEX|17ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

 その様子は、失った記憶を取り戻そうとして襲ってくる頭痛の時とは明らかに違っている。とにかく、映像は頭を抑え込んで。完全に微動だにしない。どちらの方が苦しいのか、見ている方は想像もつかないが、音声がない分、却って苦しそうに見えるのは、無理もないことであろうか。
 またしばらくかがみこんでいたが、少し楽になったのか、前を見て、まわりを今度は気にし始めた。自分がどうしてこんなところにいるのか分からないと言った様子である。
 そして、スマホに気づいたのか画面上部の方が気になるようで、スマホを手に取って、何やらしているようだ。
 さすがに、スマホの画面まで見えるわけもなく。
「これ、後で拡大して、見てみることにしよう」
 と言って、指示をしたが、よく様子を見ていると、今度は、まわりを一度見渡して、もう一度スマホを捜査し、そして、今度は電話をかけているのか、耳に充てた。
 相手が出たのか、話し始めたが、その様子は怪しむ風ではなく。時々笑みもこぼれている。
 この状況で、自分に何が起こったのかも分かっていない状況で、笑みをこぼせるというのは、それだけ今まで緊張していて、電話に出たのが安心できる相手だったということなのか、それとも、人の声を聴けただけで、一気に緊張がほぐれるおどに、精神的に固まってしまっていたのか、それを思うと、そのスマホが消えていたのが気になるところだった。
 彼女は、しばらく話をしていたが、今度は起きようとしたようだ。するとバランスを崩してしまったのか、まるで生まれたての小鹿のように、足が思うように動かず、踏ん張ることができないようだ。
 そのまま身体が硬直し、足に力が入らず。そのままテーブルから、横に落ちてしまった。
 そのまま動かなくなってしまったのだが、
「それで見つかった時、床に転がっていたのか」
 と桜井刑事が言った。
 ただ、彼女が起きていたと言っても、完全に意識は朦朧としていたようだ。ラリっていたと言ってもいいくらいだろう。
 彼女が記憶を失ったのを、
「何か怖いものを見た衝動で、忘れようという意識が働いたからだ」
 と思ったが、実際にそうなのだろうか?
 この場で意識が朦朧としていて、足に力が入らず、バランスを崩して床に落ちてしまった時に、打ち所が悪かったからだという解釈もできないわけでもない。
 音声がないので、ショックをあまり感じないが、
「もしその場にいたら、床と身体の骨とが当たった時の、何ともいえない鈍い音がしたのではないだろうか?」
 と思えてならなかった。
「やはり、この時のショックかも知れませんね」
 と、隅田刑事が言ったが、
「何ともいえないな。もっと先の映像がないと」
 と言って、また少し早送りをするのだった。
 かなりの時間が経ったところで、そこに現れたのは、桜井刑事だった。それまで、被害者と、敏子以外が映像に出てきたということはない。
 ということは、映像が始まった時には、すでに被害者は死んでいたということになる。その映像を隠すために、防犯カメラに目隠しをしたのだろう。
――それなのに、敏子がいるところでは、別に隠そうとはしていない。ということは、ここから先は見せてもいいということなのか、逆に見てもらいたいという意図が犯人にあったということなのか――
 と、桜井刑事は感じていた。
 防犯カメラの映像はどうしてもブレていたり、見えすぎてしまって、判断に困ることもあるが、今のところ、手がかりらしいものはほとんどない状態なので、少しでも情報が集まるのはありがたい。ただ、それを吟味するのは、大切ではあるが……。
 敏子がどこに電話していたのかというのも気になる。それは着信履歴には残っていないからだ。
 となると、電話を掛けようとした行動自体はフェイクのように思えて仕方がない。すぐにまた気を失ってしまったようだが、それから桜井刑事に起こされるまで、確かに意識を取り戻せなかったのは事実のようだ。
 彼女が記憶を失ってしまったのだとすれば、いつだったのだろうか?
 そこにスマホがあり、誰かに電話を掛けようとしたのだが、考えてみれば、そこにあるのは、自分のスマホなのかどうか分からない。
 発見された時、彼女はスマホを持っていなかった。記憶が半分なくなっていたので、自分のスマホがどうなったのか分からない。彼女の記憶は半分なくなっているということだったが、基本的に、あの事件の間の記憶は皆無というものだ。
「半分」
 という表現は、記憶を百とすれば、半分前後覚えているということだが、記憶のほとんどは、あの場所に行く前のことであり、あの場所での記憶は皆無だと言ってもいいだろう。
 彼女は自分の名前も自分の仕事などのことも記憶はしている。ただ、今の状態で聞き取りは難しいという病院の話でもあるので、彼女の回復を待つしかなかったのだが、捜査に関しては、そんなことは言っていられない。警察で調べられることは調べておくしかないのだ。
 現場検証を行うために見た防犯カメラであったが、その内容は、今まで調べたことに対して、思ったよりも意外なものを見せてくれた。少なくとも、あの場所にスマホがあったなど想像もしていなかった。あのスマホは、敏子が持っていたのだが、彼女自身も、
「これって、私のスマホではないような気がする」
 と言っている。
 連絡先のデータもなく、メールボックスにも何も残っていない。さらには、着信履歴は犯行が行われた日の分しか残っていない。
「誰かが過去の履歴をリセットしたんじゃないのかな?」
 と思ったが、それを調べるには、本人の許可と令状がいるのではないだろうか。
 スマホが、本人のものではないという以上、本人の許可を得るのは難しい。そうなると、この事件を少しでも解明していった、その状況を元に、令状を取るしかないだろう。
 とにかく、防犯カメラに写っている内容などをみると、犯行がどのように行われたのかまでは分からないが、犯行現場での重要な役割を果たしていたのではないかという想像ができるのであった。
 防犯カメラに映った内容から、新たなことは発見できなかった。
 分かったことといえば、

・誰かが、故意に最初の方はシートをかぶせる形で、目隠しをしていた。
・その後明らかになった映像では、すでに被害者となった山岸は殺されているようだ。
・被害者の隣に横たわっていた、敏子は、一度意識を取り戻し、頭上にスマホがあるのに気付いて、どこかに電話したような素振りをしているが、おそらくどこにもかけていないだろう。着信履歴は残っていない。
・その着信履歴を見てみると、その前にどこからか着信があり、麻酔剤で眠らされていた敏子は気が付かず、着信はスルーされたようだ。
・そして、そこに置かれていたスマホは彼女のものではないし、スマホの履歴等は、リセットされているようだった。
・敏子は、それからもう一度眠りに就いた。その後は、桜井刑事に起こされるまで眠り続けていて、長机の上からひっくり返っても、目が覚めることもなく、台の下で眠っていた。
・その間の記憶はほとんどが失われていて、最後は睡眠というよりも、昏睡状態だったと言ってもいいだろう。

 というのが、大体のものだろう。
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次