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臭いのらせん階段

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「ええ、山岸さんは、私の会社の非正規雇用の社員なんです。私は人事もやっていますので、面接の時からよく知っています。そして、今も同じ総務課の人間なので、面識があるどころの話ではないですね」
 と敏子は言った。
「じゃあ、友達以上ではあるけど、親密な関係というわけでもない?」
 と桜井は聞いたが。その言葉の中に、
「彼女が山岸という男と、男女の関係ということはないだろうか?」
 という思いが含まれているのではないかと思うのだった。
 男女の関係という意味では、敏子にはやましいところは何もない。それだけに警察の言い方の露骨さがよく分かったのだった。
 K警察署に捜査本部が開かれた。
 捜査本部にもたらされた情報として、まず鑑識からの報告だった。
「被害者の死因は、胸を刺されての出血多量によるショック死です。ただ、その前に麻酔薬のようなものを嗅がされていたのではないかと思うのですが、あの空間にはシンナーのよう臭いが残っていました。死亡推定時刻としては、午後五時過ぎくらいだと思います。警察に通報があって、我々が駆けつけて、調べた時が、死後四時間くらいでした。胃の内容物の消化具合から見ると、夕飯は摂っていないと思われます。ちょうど、一時くらいに食事をしたのではないかと思われるからですね。凶器についてですが、被害者と一緒に意識不明で倒れていた女性のちょうど間くらいに放置されていて、付着した血液が、被害者と一致しているので、それが狂気に間違いはないでしょう」
 ということであった。
「麻酔薬を嗅がされているということですが、それはどのようにされたんですかね?」
 と桜井刑事に聞かれた。
「たぶん、脱脂綿か、タオルハンカチのようなものにしみこませて、後ろから羽交い絞めにするような感じで、嗅がせたんだと思います。その証拠に、被害者の腕に引っかき傷のようなものがあったので、犯人と揉み合ったのではないかと思うんですよ」
 と鑑識は言った。
「でも、正面から胸を突きさしているんですよね?」
 と言われて、鑑識官は一瞬、ギョッとした様子だったが、すぐに笑みを浮かべて、桜井刑事を見ながら、さすがという表情をした。
「ええ、そうです。気絶したところを刺したのではないかと思っていたんですが、それには傷口が合わない気がしたんです」
 というので、桜井刑事も、
「というのは? 桜井刑事が何を不審に感じたのか分からないのですが、普通被害者を眠らせておいて胸を刺すという場合は、仰向けに台の上に寝かせておいて、心臓に向かって、一直線に振り下ろすと思うんですよね? だから、胸に向かって真正面から刺したような地面に水平に、そして胸に対して垂直に刺さっているだろうと思うのですが、角度としては、立っている人に刺した場合を考えると、まるで下から上に刺し貫いた感じなんですよ」
 というではないか。
「そんな傷口って、普通にあるものなんですか?」
 という桜井刑事に対して、
「正面から、子供のような背の小さい人が下から上に向かって刺すか、あるいは、被害者が何かの台の上に乗っていて、上を向いて何かをしているところをちょうどいいタイミングと見て突き刺すような場合などに考えられますね」
 と、鑑識官が答えた。
「今回の事件では、該当しますかね?」
「台の上に乗っているという考えであれば、ありえるかも知れないですが、それだと、麻酔薬を使った意味は分かりません」
「では、どう考えればいいんでしょうか?」
 と、桜井刑事に聞かれて、
「そうですね、私の考えでは、たぶんですが、被害者は、腕をつるされて宙に浮いていたんじゃないかって思うんですよ。まるでサンドバックのような感じでですね。それを下から突き刺したということではないかと感じました」
 と鑑識がいうと、
「うーん、それは私には納得できないんですよ。なぜかというと、腕をくくって、上から宙ぶらりんにしているのであれば、安定感がないわけですよね。その状態で突き刺しても、綺麗に刺さるとは思えないんですよ。避けられるという感じだといえばいいんですかね?」
 と、桜井刑事は言った。
「そうですね。私もそれは考えましたけど、でも、腕を見ると、紐でくくられたような跡が残っていたんです。少なくとも、腕を縛られていたのは間違いないと思うんですよ。そうすると、今の桜井刑事のご指摘から考えると、確かに不自然ではあります。でも、これによって別の考え方が出てくるとも言えるんですよ」
 と、鑑識が言ったのを聞いて、桜井刑事はニンマリとした表情になった。
 この表情は、桜井刑事も理解していることであり、自分が考えていることに間違いがないという意識であることを示している洋だった。
「私にも、今の考えから、一つの仮説が浮かんでいます。たぶん、鑑識さんと同じ意見ではないかと思うんですが」
「というと?」
「共犯者が足を抑えていたということではないかと思うんです。共犯者がいないとできない犯行方法ですからね。ただ、そういう殺人をしたのだとすれば、なぜ、そんなややこしいことをしたんでしょう? 普通に仰向けになっているところを、真上から突き刺せば普通に、そして簡単に殺せるはずなんですよね。それなのに、わざわざ上からつるしたりして、何の意味があるというんでしょう?」
 と、桜井は感じた。
 しばらく考えていたが、何かを思いついたように、
「これって何かの処刑を思わせるじゃないですか。まるで磔にされて、衆人の前での公開処刑のような感じですね。犯人はそれを写真に撮るか何かして、それを例えば誰かに送り付けたとしますよね。そういうことであれば、わざわざ腕をくくりつけて殺すというのも分からなくもないですよね」
 と桜井刑事が続けて発言すると、さすがに。この話を聞いて黙っておれなくなったのか、横で聞いていた柏木刑事が口を挟んだ。
「今の桜井刑事の話は、興味深いというのか、もっとその先の恐ろしいものを暗示しているような気がするんですよ。というのは、今度の殺人が、これで終わりではなく、ただの序曲に過ぎないのではないかというですね」
 と言った。
「そうなんだよ。私の懸念もそこにあるんだ。公開処刑ということであれば、誰かに見せなければいけない。となりで倒れていた女性がそれを見ているのかどうか分からないが、彼女がショックを受けて、記憶を一部喪失しているという話だったから、ひょっとすると、殺害現場を見ているのかも知れない。しかも二人は知り合いだったということで、犯人は彼女にも麻酔薬を使っている。そこまで考えると、なるほど、彼女に見せつけるためだったということもありえるのかも知れないですね」
 と桜井は言ったが、
作品名:臭いのらせん階段 作家名:森本晃次