中途半端な作品
「文章って、実際に書いてみると、結構ハードルが高いということを思い知らされるんですよ。そして、それが自分の中でトラウマになってしまうと、自分にはできないと考えてしまうんですよね。そうなると、ハードルがもっと高くなってしまって、最初にハードルを作ってしまうと、最初にそのハードルに挑んだ時は、自分で作った時よりもさらに大きくなってしまう。それが、小説を書きたいと思っている人が、最初に引っかかる関門なんですよね」
と聡子は言った。
「なるほど、確かにそんな話を訊いたことがありました。最初に大きな難関があるんだって先輩が言ってました。実際にやってみないと分からないんですが、今はまだ、書き始める前の心構えの勉強からというところですね」
と、笠原はいうのだった。
「私はまだ、どのサークルにするか決めていなかったんだけど、笠原さんが文芸サークルに所属しているのであれば、私も入ろうかしら?」
というではないか。
「えっ、そうなの? それならぜひ一緒に活動しましょうよ。僕は大歓迎だな」
というと、
「ええ、私も文学部に入ったのは、文筆系で何かをしたいと思っていたので、小説を書いたりしてみたいと思っていたんですよ」
と聡子は言った。
「今までに何か書いてみようと思ったことはあったんですか?」
と訊かれて、
「高校生の時に、新人賞に応募しようと思って書き始めたんだけど、結局最後まで書けずに挫折してしまったということくらいかしら? でも小説って結構難しいって分かったから、却って大学に入ったら、本格的に勉強してみたいって思ったのよ」
というので、
「それでどうですか? 書けそうな気がしています?」
と聞かれた聡子は、
「今は一年生なので、まだ専門的な授業はないから、何とも言えないんですね。でも、あくまでも、書くのは自分だし、小説のアイデアを捻り出すのは自分なので、たぶん、大学の授業で書けるようになれるかどうかは、結局自分次第だということなのかも知れないわね」
というのだった。
「確かにそうかも知れない。表面上のことばかりを勉強しても、いわゆる頭でっかちになってしまって、どこまで勉強できているのかというのも、分からないかもしれないという不安もあるんですよ」
「だったら、サークルで実践を積んでみるというのも面白いかも知れないですよ。サークルには先生がいるわけではないので、皆独学なんですね。そして、時々、ディスカッションの時間があるんです。意見交換会のような感じですかね? まったく違うジャンルを書いている人の話を訊くというのも面白いですよ」
と笠原がいうと、
「それ、面白そうですね。その時にディスカッションを始める前に、誰か、そう持ち回りでもいいので、一人が演台に立って発表する時間があって、それから皆それぞれディスカッションということにすれば、最初の発表に対しての話も入れることができて、いろいろな意味で効果があるような気がします」
と聡子が新たな案を出してきた。
「そうですね、言われてみれば、それも面白いですね。今度部長に話してみてくださいよ」
というと、
「ええ、入部してから一度ディスカッションに参加した後に話をしてみましょうね」
と聡子は言ったが、確かに入部してからいきなり助言というのは、
「何様か?」
と思われるという懸念を抱くのも無理もないことのように思えたのだ。
「ところで、聡子さんは、どちらの出身なんですか?」
と聞いてみた。
「私は金沢なんですよ。どうして私は地元の人間じゃないって分かったんですか?」
と聡子は聞いてきた。
「訛りがあるような気がして、その訛りが何か懐かしさのあるものだったので、どうしてかな? と思ったんですよ」
というと、
「どこから来る懐かしさなのか分かりました?」
と聡子が訊くので、
「ええ、分かりました。僕の祖父母が金沢にいるんですよ。それでよくこっちに遊びに来ることがあるので、それで懐かしさがあったんですね。祖父母の訛りというと、どうしても、昔の発音や訛りだと思うので、そこに懐かしさがあるんです」
と言ったが、
「それって面白い発想ですよね。皆が皆思いつくものではないと思いますよ」
と、聡子は言ったが、それを聞いて、
――彼女は、本当は誰もそんな発想思いつかないだろうと言いたかったのかも知れないなと言いたかったのかも知れないな――
と笠原は考えたが、さすがに面と向かって言えるわけもなく、
「うん、そうだね」
と答えるにとどまった。
すると、急に聡子が目を輝かせて、
「そうだ。今のような発想って、小説のネタになったりしません? 大筋としてでなくても、話の中のアクセントとして使えるかも知れませんよ。登場人物の中に遠隔地にいる祖父母を気にしている人が、だんだんとその地方の言葉になっていくなんて発想があってもいいんじゃないかしら?」
という。
「それは面白いかも知れないですね。そういうのを、ネタ帳のようなノートに箇条書きのようにして書いていけば、小説を書く時、そこからいろいろ繋合わせて見た時に、一つの筋が出来上がってくるのかも知れないですしね」
と、笠原は言った。
「小説ってプロットを書くところから始まるじゃないですか? もちろん、中にはプロットの前にさらに準備する人もいれば、プロットを書かずに、書きながらアイデアを膨らませていく人もいる。でも、最終的には、プロットのようなものが並行してできあがっていくと思うんですよね。笠原さんは、どんな感じの書き方をするんですか?」
と聡子に聞かれて、
「僕も、以前、このサークルに入部する前に、小説を書こうと思ったことがあったんですが、数行書いてそこから進まないんです。進めようとすると、終わってしまうような気がしてですね。数行で終わりなんて、まるでポエムじゃないですか。僕はポエムを否定はしないんだけど、書きたいのは小説だと思っているのに、数行で終わってしまうなんて、それだったら、完成させない方がいいと思ったんです。小説ではない小説なんですからね」
と笠原は言った。
「小説ではない小説という言い方面白いですよね。確かに私も昔小説を書きたいと思って書いてみると、まったく言葉が出てこなくて、数行で結末だったんですよ。小説を書こうとしているという自分の姿勢は間違っていないはずなのに、書けなかったと思うと、小説を書くことは難しいんだと思い込んでしまって、皆が挫折しているのに、自分なんかが書けるわけはないと思うようになると、先へ進むことができなくなってしまったんですよね」
と聡子は言った。