中途半端な作品
これは出版社の方でも思っていたようで、
「入賞したことで、本を出すことになったが、赤字が増えなければそれだけで十分だ」
と思っていた。
今回に限らず過去の大賞は、そのほとんどがエンタメ系の、sf、ホラー、ミステリーなのだったので、恋愛小説というのは珍しかった。
どうしても、スケール的には小さくなる。実際にこの話はドキュメントに近いのだから、余計であろう。
だが、そういうこともあって、映像化しやすいというのもまたしかりであった。
「地元のF放送局から、地元発信作品ということで、一時間もののドラマにしたいという話が持ち上がっているんですが、どうでしょう?」
と彼の担当者から、言われた。
「僕の作品がテレビ化されるわけでsか?」
というと、
「ええ、そうです。F放送局のディレクターから、是非にという話がきているので、私はいい話ではないかと思いますよ」
と担当編集者から言われた。
この編集担当者というのは、つい最近まで自分がやっていた仕事で、自分が以前編集単廊者だということを、自分から告白していないので、きっと誰も知らないことだろうと、思っていた。
「私の方でも、お断りする理由なんかありません。本当に嬉しいと思っています」
というと、
「それはよかった。私はこの作品が評価されたのは、親しみやすさではないかと思うんですよ。しかも、妙にリアルなところがある。それだけに小説を書いていた時の先生の小説にたいする姿勢に、素晴らしさや謙虚さが見えてくるようで、気に入った作品の一つだったので、テレビ化は正直嬉しいんですよ」
と言われた。
自分の作家としての意識は、この作品を書きあげた時に、一つの節目を感じていた。それまでは、次の作品までに、一度気持ちをリセットさせる必要があったのだが、あの小説を書くことができたことで、次回作を書くまでに、すぐに頭を切り替えられるようになったのが、それまでと一番違ったところだと思った。
「前のめりで小説を書けるようになった」
と言ってもいいのだろうが、自分の中では、
「小説を書くことに対して、覚醒できたのではないだろうか?」
ということを感じるようになっていた。
この小説を書き終えた時、
「小説を書けるようになった時のことを思い出した」
と感じたのだ。
「小説というのは、最後まで書きあげることができるようになって、初めて覚醒するものだ。そして、最初の覚醒から、何度も覚醒することになるだろう。それはまるでヘビが脱皮するようなもので、自分の中に前兆もあり、書きあげることを楽しみに感じることができる時がやってくる」
と、以前から考えていたのが、いよいよ現実味を帯びてきたのだと分かったのだった。
小説を書き終えた時のことを思い出した。
「満足感なのか、充実感だったのか?」
時々そのことを考えてみる。
「満足感だったような気がするな。だけど本当は充実感であってほしかった」
という思いがあった。
「大賞を取れなかった一番の理由は、書きあげた時に感じたのが充実感ではなく、満足感だったからではないか?」
と感じた。
つまりは、
「満足感と言われるものは、最初のステップで感じるもので、それがあってこそ、充実感を感じるための準備ができるというものだ」
と感じていた。
満足感は百パーセントではない。充実感を得るための一部を残したもので、実は充実感というのは、その余裕部分の小さなものではないか。
笠原はそう感じていたが、これは、ここまで来なければ、決して自覚できるものではない。逆にここまでこれたということは、それだけ、自分が節目を乗り越えたということであり、最初の脱皮だったと言ってもいいだろう。
そんな小説家としての第一歩はこの作品であり、映像化というのも、実に魅力を感じさせるものだった。
しかし、
「映像化すると、どうしても、原作からは落ちてしまう」
という法則のようなものがあり、学生時代から笠原も分かっていただけに、どう考えればいいのかを悩んでいるようだった。
「プロデューサーの話では、まだ脚本家は決まっていないけど、決まったら、先生に挨拶に来られるとのことですよ」
と、編集の人が言っていた。
脚本家にとって、原作があるということは、簡単そうに見えるが、実は難しいという。その発想は、小説家と脚本家の違いようなものだという話も聞いたことがあったので、
「この脚本家も大変なんだろうな?」
と感じたのだった。
しばらくして担当がやってきて、
「脚本家、決まったそうです」
というので、
「それはよかった。どんな人なんでしょうかね?」
と聞くと、
「私もハッキリとは知らないので、プロデューサーに聞いてみると、どうやら新人さんのようなんです。何でも、その人が自分から、この作品をやりたいと言ってきたそうで、すぐに決まったということです」
と言った。
「まあ、僕としても、初めての映像化なので、映像化デビューという意味では僕も新人だからね。新鮮でいいかも知れないね。それにしても、僕のような作品に、よくやりたいという人が出たものだ。この間のプロデューサーの話にあったように、また決まっていないというのは、誰もやり手がいなかったからなんじゃないかな? それを自ら引き受けてくれるというのは、かなりの覚悟があってのことなのか、それとも、モノ好きなのかということだろうね」
というと、
「どうやら、その人は女性らしいんです。女性として何か感じるものがあったんじゃないでしょうか?」
と担当は言った。
この話はどちらかというと、男性側から見た、女性のきついところ、悪いところを表現した作品になるので、本当なら女性から嫌われる作品だと思っていた。男性からも決して好かれる話でもないと思っていたので、新人賞応募も、ほとんど期待すらしていなかったのだった。
それなのに、そもそもこれが佳作とはいえ入賞したこと自体が信じられないし、しかも、佳作ということでの映像化というのも、かなりレアなケースであろう。それなのに、どうして、これのシナリオの仕事をしたいと思う人が女性だというのも、少しビックリであった。
「今度、お会いできるそうですよ」
ということで、会えることになった。
そこに現れたのは、何とこの話のヒロインのモデルである聡子ではないか。
聡子は、他の人には、まったく笠原とは面識がないような素振りをしたが、その後、二人きりになって、作品の話がしたいという聡子に言われて、彼女は初めて、笑顔を見せた。
「お久しぶりですね。このお話の主人公とヒロインって、私たちなんでしょう?」
とニコニコしながらいうではないか。
笠原が黙っていると、