中途半端な作品
よくよく考えれば、気になる女の子ではあったが、最初から好きだったわけでもないし、まわりから、聡子の彼氏の話を聞いて、それで嫉妬したのが最初だったような気がする。だから後で考えても、聡子への感情に、嫉妬抜きでは語れない思いがあるのだ。
だから、この時の小説も、恋愛物語というよりも、笠原のその時の心の葛藤と、聡子が何を考えていたのかというのを、自分なりに考えて書いた。
しかし、この話は、最終的には、事実と同じところに落ちなければいけないと思っていた。
落としどころが違うが、着地点は同じという感覚である。
つまりは、嫉妬からこの話が始まっているという結末にしないと、せっかくの事実を捻じ曲げてしまうことになり、この小説を書く意味がなくなるような気がするのだった。
変えてはいけないところとして、やはり、好きになった女性に告白した時、彼女も同じ時期に失恋したということ。そして、元カレに、彼女が自分に告白してきた男を検分させるというところ。この二つは絶対に外せない。
あの時の自分がどのような思いに至ったのか。
あれから、笠原は、案の定、聡子に交際を断られた。自分でも分かっていたことである。元カレの前で、一番してはいけないことをしてしまった。これが二人が仕組んだことであることが分かっていて、それをあたかも知らないふりをするのだが、自分が知らないと思われるのも癪だという思いもあってか、変に二人に媚びをうっているような素振りを見せたのだ
その時の自分がとにかく情けなかった。彼氏だという川崎は、見ていて精悍な青年だった。それに比べて、二人を探るような素振りをした自分が情けなくなってしまっていた。「分かっているのに」
と思いながら、相手が自分のことを、
「あんな、情けないやつやめちまえ」
と川崎がいうのを、
「そうね、分かったわ」
と、別れたくせに、勇気をもって告白してきた相手を嘲笑うような態度は、誰が見ても気持ちのいいものではないだろう。
どうせ、まわりの人もそんな自分たちのことが分かるわけもない。結局、笠原は、どうすることもできなかった。
それから、しばらくは、他の女性を好きになっても、告白することができなくなった。あの時のトラウマが残っているからだ。
そのトラウマを思い出しながら、
「何で、俺はあんなに情けない態度を取ってしまったんだ?」
ということが悔しかった。
あの二人を、
「どうせ、人を嘲笑うような連中は、不幸になるに決まっている」
と思うことで、自分の留飲を下げるしかなかったのだ。
その小説を書き始めたのは、三十五歳くらいからだっただろうか。その頃になると、学生時代のことがやたらと思い出されるようになっていた。ちょうど、ワープロからパソコンに切り替わった頃でもあった。
仕事の上では、三十歳を超える頃から、まったく仕事をしていて、面白いと感じなくなっていた。
「何で俺が人のために、気を遣ってやらなければいけないんだ?」
という思いがあった。
しかも、相手は先生なのであり、収入としての作品を生み出すクリエーターなので、こちらは、精いっぱいゴマをするしかないのだった。
そのうちに、仕事もどうでもよくなってきて、先生と呼ばれる人が缶詰めになっている間、自分も小説を書いていたのだ。
「これだったら、そこまで嫌な気分にならずに済むな」
と仕事を利用して、趣味に没頭していた。
どうせ、何をやっていても、作品を書くのは先生なので、出来上がりさえすればそれでいいのだ。
できなかったとしても、自分が叱られればいいだけで、別にプライドを持っているわけではないので、気が楽だった。
ただ、ストレスが知らず知らずに溜まっていたのだろう。今までの経験から、ストレスが溜まってきた時に、自分の小説がスムーズに書けたりする。つまり時間を短く感じることができる時ということで、そういう時間の使い方を有意義に感じたりするのだった。
この時に書いた小説も、ストレスに基づいたもので、ある程度、実話だということもあるので、書きやすかったと言ってもいい。かなり話を着色しているが、それだけ書いていて、楽しいという気分になるのは、自分の中にある嫉妬を吐き出しているという証拠でもあったのだ。
あれから、すでに十数年経っているにも関わらず、怒りは消えていない。ほとんど変わっていないと言ってもいいのは、それだけこの時の屈辱から、時間が止まってしまったということなのかも知れない。
何と言っても、自分が好きになった相手から、自分が見極めなければいけないものを、こともあろうに、それまで付き合っていた男性にさせるということ。さらに、それを分かっていたにも関わらず、変に気を遣っていると思いながら、媚びを売るかのように、情けない姿勢になってしまった自分への怒り。そういう意味では相手に対しても、そして自分に対しての怒りは、どう抑えればいいというのだろう? そう思いながら、解決できず、ただ後悔の念ばかりを抱いてきたことが、時間を止めてしまった最大の理由だったのではないだろうか。
小説では自分の気持ちを素直に出して、自分の中に潜んでいる怒りを、無意識に出していくと、小説を書くのが楽しくなってきた。
小説を書くのは好きだが、それはあくまでも、自分が小説を書けるようになった自信と、さらに、書きあげた時の、達成感というあ、充実感が溢れてくるからであった。楽しいというところまでは決していっていないのだった。
小説が出来上がっていくうちに、最後の締めをどうするかということを考えながら書いているのがいつものことだったが、今回は考えることもなく、スムーズにラストを迎えられた。
何しろ、ラストは決まっているも同然だった。怒りに任せた内容を、事実で締めくくればいいだけだからだ。そこから感情は爆発するものであり、書きあげることが、最大の喜びに繋がるのが分かったからだ、
最後に得られたのが、満足感だったのか充実感だったのか、今回だけはそのどちらかで、そして今まで最高のどちらかだったのだろうと感じたのだ。
この内容を、せっかくなので、他の出版社の新人賞に応募した。皮肉なことに、今回は受賞に成功したのだ。
さすがに大賞というわけにはいかなかったが、佳作程度には潜り込むことができた。それがよかったのか、書籍化の話が出て、いよいよ文壇デビューということになった。
今の出版社にいることはできないので、退社して、アルバイトをしながら、執筆活動に勤しむことにした。
今までは、プロになることを嫌だと思っていたのだが、それは、自分が出版社の人間として編集に携わりながら、作家に対して以前から抱いていたのと寸分変わらない内容のものを感じたことでストレスが生まれ、まさか自分がプロに対しての、
「縁の下の力持ち」
として働かなければいけないというジレンマが辛かったのだ。
「今の思いを続けることを思えば、この機会に文壇デビューし、生計はアルバイトでも何でもいいから、やっていければいい」
と思っていた。
さらに、今回の小説がデビューのきっかけにはなったのだが、この小説がここまで売れるとは思わなかった。