中途半端な作品
「聡子って、結構まわりから見ると分かりやすい人なのかな? だとすると、俺は好きな人のことでも分かっていない鈍感ということになる。というよりも、分かろうとしていないのだろうか?」
と、またいろいろなことを考えてしまった。
だが、間違いないだろうと思うのは、
「彼女が、ラブラブで付き合っていた彼氏と別れることになってしまった」
ということなのだろう。
彼氏がいるということを聞いた時、認めたくないという思いから、
「限りなくゼロに近い信憑性だと思ったのが、この話を聞くと、限りなく百に近いということか?」
と考えてしまう。
「物事は、オールオアナッシング。百かゼロのどちらかでしかないんだ」
と言っていたが、その言葉をいまさらのように思い知らされた気がしたのだった。
告白の結末
「ところで、聡子さん。お付き合いしている人がいるんだよね?」
といまさらであるがカマをかけてみた。
「ええ、そうだったんですけど……」
と、声を詰まらせるように言った。
――やっぱり――
と思ったが、
「というと?」
と分かっているくせに最後追い詰めるように確認してみた。
「実は、この間別れたんです」
というではないか。
一瞬、心の中で小躍りをしてしまった自分が、情けなかった。それは、彼女に対して本当は失礼なことを思っているにも関わらず、自分に少しでも有利になったことが嬉しかったからだ、
しかし、冷静に考えてみれば、彼女が失恋したからと言って、自分にすぐ靡くわけではない。本来なら、
「そんな尻軽な女、こっちから願い下げだ」
と言ってもいいくらいであってしかるべきなのに、彼女を見ていると、尻軽であろうが、純粋な彼女と付き合えるのであれば、それでいいという矛盾した思いを、不思議に感じることもなかった。
今までにも何人かの女性を好きになったことがあったような気がしたが、その都度、失恋をしたわけではない。告白をしたこともないので、ただの片想いで終わっていた。一種の通りすがりの恋だと言ってもいいかも知れない。
そんな感情は、いつもあっという間に通り過ぎるので、
「失恋も、そんなに大した感情ではないのかも知れない」
と思っていたのだ。
だから、聡子だって、失恋しても、数日で立ち直って、他の人をまた好きになる。それのどこがいけないというのか?
という思いを抱いたことで、彼女に対して失礼だとは思いながら、自分にとっては有利だと思うと、思わずほくそ笑んでしまう自分がいるのだった。
――好きって言われて、嫌な気がする女性がいるわけはない――
という思いもあって、自分の告白が、彼女の失恋の痛手の中で、癒しを感じてくれれば、必ず靡いてくれるなどと考えていた。
まさしく、恋愛未経験者ならではの考え方だと言ってもいいだろう。
そんな時、彼女から誘われたのだから有頂天になってしかるべきだ。
しかし、不安がないでもなかった。彼女がいうように失恋をしたことで、自分に相談のようなものをしてきたら、どう答えればいいのだろう? そんな不安を抱いていたが、それよりも、誘われたことでの有頂天の方が大きかったのだ。
だが、彼女は何かモジモジして一向に話しかけようとはしてこない。
笠原としても、
「誘いかけてきたのは向こうからなので、なるべく向こうに話をさせなければならない」
という思いがあり、ちょっとくらいの沈黙は、自分の方が待ってあげるしかないと思い込んでいた。
二分、三分と沈黙の時間が増していく。
彼女がすぐに話をしてくれると思っていただけに、この沈黙は想定外だった。
――どうすればいいんだ?
と思った時には、すでにどうしていいのか分からなくなっていた。
最初から、沈黙が長引くことを想像していなかったのがいけないのだろうが、そもそも、自分が女性に誘われるわけはないという思いがあったからなのか、まったく想定していないことだったのだ。
自分が謙虚な性格だからなのか、それとも物事を自虐的に考える性格だからなのか、とにかくどうしていいか分からず、すべてが後手後手に回っている気がしてきた。
逃げ出したいくらいの気まずさであったが、男として何かを言わなければいけない場面であることは分かっているくせに、何もそうすることもできない状況に、
――どうすればいいんだ?
と、定期的に考えるだけで、その都度、時間が今一度、リセットされているのではないかと感じるのだった。
時計を気にしているのを悟られるのは恰好悪いと思って。最初は気にしていなかったが、何度目かの、どうすればいいという思いに至った時、さりげなく時計を見ると、
――うわっ、ここでの沈黙がすでに十分近くにもなっていたんだ――
と感じたのだが、それにしても、この十分間というもの、彼女っは苦痛に感じなかったというのかという思いが頭をよぎった。
普通だったら、十分もの沈黙が、そう耐えられるものではないだろう。しかも自分から呼び出していてのことだっただけに、
「相手に悪い」
と思ってしかるべきではないだろうか。
十分も経っていると思ったその次に感じたことは、
「十分しか経っていない」
という考え方も頭をよぎったという、不自然さだった。
十分という時間が、自分の中で中途半端な時間だと感じたのかも知れないとも思った。
ただし、それはその時によるであって、
「シチュエーションによって、長いと感じる時もあれば、短いと感じることもある。今回は本当はどっちであり、どっちを感じなければいけないのか?」
と感じると。
「どちらも今一緒に感じているのかも知れない」
と、思ったのだ。
その時、思ったのは、
「俺は、ここにきて、彼女をまともに見ていないのではないか?」
ということであった。
視線が彼女を捉えたという感覚はあったが、それは、見たという感覚とは程遠いものではないかと思ったのだ。
そう思って彼女を見ると、彼女もこちらを見ているわけではない。どこを見ているというわけではないこの時間を、持て余しているのか、それとも、何かを考える時間に充てているのか、いろいろと考えてみたが、笠原にとっては、彼女がいろいろ考える時間に置いてくれていた方が気は楽だったのだ。
だが、その感情がどちらも違っていたということを、後になって知ることになるのだが、この時の感覚は実に微妙な時間だったこともあり、それ以降、女性と二人きりになった時に、沈黙が生まれると自分から話かけることができなくなっていた。これを一種のトラウマというのだろうと思ったが、そのトラウマがどこから来るのか、正直分かっていなかった。
ゆっくりと起算でいる時間の中にいると、小学生の頃だったか、アニメの一場面を思い出した。
あれは、ヒーローアニメのようなものだったが、人間界を征服しようとして、悪魔族が人間界に災いをいろいろな方法でもたらすのであったが、その中に、
「時間を自在に操れる妖怪」
という話があった。