中途半端な作品
それこそ、おこがましいというものであるが、覚悟を決めた人間が見れば、その勘違いもおこがましさも、無理もないことだろう。そのおかげで、告白への覚悟がさらに固まったと思ったのだが、その前に聡子から言われたことで、受けたショックにより、覚悟が揺らいだとも言えるかも知れない。
どうして聡子がその時に、自分にそのことを言ったのか、こればかりは後から考えても分からない。
「きっと、その時でなければ理解できないことだったのかも知れない」
と感じたが、まさしくそうだったのだろう。
後から考えれば考えるほど、脇道に逸れていき、真実を見失ってしまうということを本能で分かった気もした。だから、余計なことを考えず、
「脇道に逸れると分かっていることに、自分から飛び込む気持ちはない」
と考えるのだった。
聡子は、次第に覚悟を固めていた。よく見れば、身体が震えていたのかも知れない。
彼女の中にも
「こんなことを言えば、自分が情けなくなるんじゃないか?」
という思いもあっただろう。
それこそ、
「恥を晒すようなものだ」
ということだからである。
だが、誰かに聞いてもらいたかったという思いがあり、それが笠原だったのかも知れないと思う。目の前に現れたのが笠原でなければ、こんなことを話すはずはないと思ったのかも知れない。
もちろん、そう考えることこそ自惚れなのかも知れないが、そうでも思わないと、その場を受け入れられないと感じたのだろう。つまり自分を納得させられないということである。
笠原は、覚悟を決めた。
「聡子さん」
と声を掛けた時、それまで震えていた聡子の身体から震えが止まった。
「はい」
この返事も、果たして笠原の耳に届いたのかということも、聡子には自信がないほどの蚊の鳴くような声だったに違いない。
「僕は、前から聡子さんのことが好きでした。本当は告白するつもりはなかったんだけど、どうしても自分が納得いかないと我慢できない気がしたので、告白しました。君には迷惑かも知れないけど、僕の気持ちを察してほしい」
という言葉で収めた。
聡子は、たぶん、そんなことだろうと思っていたのかも知れない。
「ありがとう。私のことをいつから気にしてくれていたの?」
と聞かれて、
「たぶん、最初にテキストを見せてくれたあの時からではないかと思っているんだけど、本当に忘れられなくなったのは、聡子さんが小説を書けるようになって、それが皆の評判になるのを見て、自分の気持ちがハッキリした気がするんだ」
と言った。
この告白は、本当なら情けないと自分で言っているようなものだったが、せっかく覚悟をして告白したのだから、もう恥も外聞もあったものではない。逆にここで偽ったり、ごまかそうとすることは、却って見苦しい。気持ちを素直にいう方が、自分の気持ちを相手にハッキリ伝えるということでいいことなのだと思った。
それができないことの方が、
「情けないことであり、見苦しい」
と思った。
この告白を聞いて、聡子がどう考えるかであるが、実はその前に、聡子からの話があったのだ。その話を聞いて、告白するかどうかを迷ったくらいだったが、ここでやめてしまうという選択肢は、すでにプレイボールが掛かった状態で、投手がボールを投げないのと同じことであった。
聡子は少し訝った気持ちになっていた。少し盛り上がった気持ちが急に冷めてしまったと言っていいだろうか。本人は気付いていなかったが、言い方の問題だった。
「本当はいうつもりはなかった」
と言われてしまうと、せっかくの告白が冷めてしまうのは当たり前だ。
こn言葉は、
「もしフラれてしまっても、告白するつもりがなかったと言えば、恥ずかしくない」
という伏線が含まれていた。
それを聞かされると、まるで最初から計算された告白を聞いているようで、少し気分も悪いというもんだ。
「自分が同じ言葉を言われたらどんな気分になるだろうって、思わなかったのかしら?」
と普通だったら感じるのではないかと、聡子は思った。
聡子の方も、自分に気持ちをぶつけてくれるくらいの気概があった方が、きっと今の自分だったら、告白が成功していたかも知れないと思ったのだ。
少し、いやかなり気落ちした聡子だったが、そこは大人の対応。
「告白してくれてありがとう。私も少し考えさせてもらって、それからお返事させてもらっていいかしら?」
といった、
ダメな時は即答だと思っていただけに、
「考えさせて」
という言葉は、かなりの進展だと思わせた。
素直に嬉しかった、有頂天とまではいかないが、まあ、最低ラインではあるが、次のステージに進展した。あるいは、一次審査を通ったというような気持ちであった。
ただ、まさか自分が、聡子に対して冷めるような表現をしていたなどという意識があったわけではない。それでも、自分としては、
「生まれて初めての女性への告白。しっかりできた気がするので、やりきったという感はある」
と考えていた。
ただ、笠原が感じていた、
「小説の評判に対しての嫉妬」
というのは、聡子に対して皮肉に感じたわけではない。素直に嬉しかった。
自分を小説の世界に引っ張って行ってくれた相手が、嫉妬心からであるとはいえ、認めるような発言をしたのだから、嬉しい思いがまず最初にくる。それが嫉妬であろうが何であろうが、
「先生を抜いた」
という思いから、してやったりの気持ちで、思わずどや顔になってしまっていないかということすら感じたほどだった。
それよりも聡子は、
「どうして、告白するつもりはなかったなんて言ったのかしら?」
と感じたが、それが笠原が自分の中で隠さなければいけないのだが、
「相手にも自分と同じジレンマを感じてほしいという捻じれたような感情が含まれていることから、言ったのではないか?」
と笠原が感じているのではないかと思うのだった。
聡子は、笠原の告白を聞いて、その場での即答を避けた。そうなってしまうと、之雨情のその場で、同じ空気の中にいることはお互いに苦しいだけだった。
「まるで、まな板の上の鯉のようだ」
と笠原は感じていたし、
「相手の顔をまともに見れない」
という思いを聡子の方では感じていた。
告白というものがこのような雰囲気をもたらすということは、聡子の方はよく知っていたが、笠原の方は初体験だった。よく知っている聡子の方が気を遣わなければいけないのだろうが、すぐに反応できなかったことで、その場が凍り付いてしまった。
「しまった。その場から離れるタイミングを逸してしまった」
と、聡子は感じていたし、笠原の方では、
「何とかしないといけないけど、ここで僕が何かをいうと、すべてが言い訳にしか聞こえないので、ここで負の連鎖を起こすわけにはいかない」
と感じたのだ。
それでも、どうやってその場から逃げ出すことができたのか、二人とも意識がなかったが、何とか離れることができた。聡子の方は、やっと我に返ることができて、
「それにしても、彼にフラれたその日に、別の人から告白されるなんて」
という思いを抱いていたのだ。
もちろん、笠原にそんなことが分かるはずもない。ただでさえ、