中途半端な作品
「そういえば、この間、石松さんと話をしている時もそんな話になった気がします。あの時は、僕が今部長が言ったことと同じことを言ったような気がします」
と苦笑いをした笠原だった。
「きっと、話している人というよりも、その人の立場で、話の骨格というのはできてきて、それが本筋になってくるんじゃないだろうか? 立場というのか、目線というのか、お互いに同じ話題であれば、ありえることだと思うんだが」
と、部長が言った。
「そうかも知れません。僕が思うに、それは小説を始めとする文学関係は、その人の妄想によって出来上がってくるものだと言えるからではないかと思うんです。妄想している時は、時間の進みが違うとまで思っているくらいですからね」
と、笠原がいうと、
「そうかそうか、実は僕もそうなんだ。文章が次から次へと出てくる時は、妄想の塊りになっている気がして、まったく何も浮かばない時は、額から汗が出てきて、妄想しても、書き出そうとする時にはすでに忘れてしまっている。それは健忘というよりも、時間の進みが違っているので、忘れるべくして忘れてしまったかのような感じでしょうかね」
と部長が答えた。
「はい、そうですね。それがSFの発想をオカルト風に書いた感じの、小説になりそうですね。出来上がった時、SFにするかオカルトにするかが難しい判断なような気がします」
と、笠原が言った。
「小説をいかに書くかということを、よく皆で話をしているけど、実際には決まりなんかないんだよね。まったく書くことのできない人へのきっかけになったり、今まで書けていたのに急に書けないというスランプに陥った時、その解決法の一つにでもなればという程度の発想が、このサークルの意義だと僕は思っているんだ」
と部長がいうと、
「ええ、まさしくその通りですね」
と、笠原が答えた。
「今度入部してくる、石松さんというのは、どんな人なんだい?」
と訊かれて、
「どちらかというと論理的にものを見るタイプかも知れませんね」
と笠原がいうと、
「じゃ、妄想とかはあまりしない方なのかな?」
と訊かれて、
「いえ、そんなことはないと思いますよ。逆に妄想をいっぱいする方です。だから、その妄想を自分の中で、解決させたいという思いがあってか、妄想を理論的に考えて、それを文章にしようとするタイプだと思います」
「珍しい性格と言えるのかな?」
「僕はそうではないと思います。皆妄想した時、大なり小なり、理論的に考えようとするはずなんです。でもそれが適わないから、理論的に考えることを否定しようとするんじゃないかと思うんですよ。彼女はそれを否定しようとせず、自分の中で解釈しよとするんですよね」
と笠原は言った。
「なるほど、それは面白いですね」
「この間、ホラー、オカルト、ミステリーの違いについて話をしたことがあったんですが、その時の発想が、実に自分に似ていたと思いました。前に僕も部長と同じ話題で話したことがあったでしょう? あの時に僕が話したことを彼女がいうので、僕は放り出されるような感じで、部長の意見を口にしていました。それでもまったく違和感はなく、却って部長の話が新鮮に感じられました。そう思うと、今度は彼女が、あの時の僕の意見を、他の人に話すんだろうなって感じました」
という笠原に対して。
「これも何かの連鎖だということになるんだろうね?」
と言われて、
「連鎖というよりも、輪廻に近いような気がしますね。それこそ、オカルト色豊かなので、オカルト用語とでもいえばいいのかな?」
というと、
「そうだね。ジャンルによって、用語のようなものがあれば、面白いかも知れないですね。僕にとっても、そのあたりを無意識に使っているかも知れないと思うと、文章って、正直決まりがあるじゃないか。だけど妄想には限界がない。その二つの矛盾しているような発想が、らせん状に絡みあって、スパイラルを形成しているのだとすれば、負であっても、正であっても、結果は同じところに戻ってくるんじゃないかな? これこそ、負のスパイラルであり、とんとん拍子に物事がうまくいくという結果であったり、上昇気流に乗るという過程の話であってもいいような気がしますね」
と部長は言った。
「少し話が曖昧になってきた気がしましたが、でも言いたいことはお互いに伝わっていると思います。もっとも、ここが小説を書くという意味での難しいところはのかも知れないですね。自分が考えていることや妄想していることを、相手にいかに伝えるかということですよね。でもよくよく考えると、必ずしも人に伝える必要なんかないと思うんです。却って伝えてしまう方が、厄介なことになってしまうような気がするからですね」
「というと?」
「よくあるじゃないですか。凶悪犯が実は子供だったりした時、犯行の手口だったり、犯行に及ぶまでのバイブルとして、ホラー小説や、マンガを参考にしたとか言いますよね・でも、だからと言って、その本を発禁になんかできっこないですよね。昔の治安維持法があった頃のように、政府や軍が報道や出版において制限ができるという時代があったじゃないですか」
と笠原は言った。
「そうだよね。そう考えれば今の時代はいい時代になったというか、これが本当なんだろうなというか、今でよかったと思うよ」
という部長に、
「果たしてそうでしょうか? 確かに昔は正しいと思ったことを正しいと言えない時代だったのは分かります。だけど、今みたいに何でも言えるようになると、言論の自由という言葉を盾に、いくらでも人の悪口が言える時代になってきた。それに対しての防護策を取ってこなかったことが、これからの時代において、どのような歪を生むかということが問題になってくるような気がするんですけどね」
と言った。
ほとんどの部長の意見には反対しなかった笠原は、別にコバンザメではないのだ。
部長とほとんどのところで意見が一緒なので、別に衝突することがなかったが、意見がすべて一緒だとか。忖度しているというわけではない。反対の時はこの時のように、反対意見をしっかりというのが、笠原であった。
「笠原君と話をしていると、どうも歴史的な背景の話に持っていかれることが多いので、僕もそれなりに勉強してきたよ。歴史、特に明治以降の歴史って勉強すればするほど面白いと思ったよ」
と部長が言った、
「そうでしょう? 僕は探偵小説全盛期の時代に合わせて見ていたので、結構楽しみ読めました」
と笠原がいうと、
「僕の場合は逆に歴史の勉強をした後で、探偵小説を読んだんだ。きっと違った視界が見えたことだろうな」
と部長がいうので、
「それはあると思います。勉強していなければ、妄想する世界は、まったく違うものになる。だけど、その後勉強して、さらにもう一度小説を読み返すと、今度は歴史までは、何か違って見えるような気がしてくるから、不思議ですよね」
と笠原はいうのだった。
「そんなものかな?」
と部長が少し訝し気にいうと、