伏線相違の連鎖
「ええ、そうですね。でも私は自殺の可能性は低いような気がするんですよ、自殺するのであれば、何も皆の揃う日の必要ではないですからね、もしこれが殺人未遂ではないのだとすれば、後考えられるということでは、何かを計画していて、そのプロローグとして、自分が死なない程度に毒を飲み、それを誰かの罪にして陥れようと考えている場合、あるいは、捜査を攪乱するための手口とも考えられるような気がしてですね」
と柏木刑事がいうと、
「それは、考えすぎなんじゃないか? それじゃあ、まるでミステリ小説のようじゃないか?」
と桜井刑事は少し苦笑しているようだったが、
「でも、事実は小説よりも奇なりといいますからね」
と柏木刑事は言ったが、
「確かにそうかも知れないが。そこまで考えすぎることはないんじゃないか? もっとも、そういうことを結論付けるには、まだあまりにも表に出ている事実が希薄すぎるんだけどね」
と桜井刑事は言った。
「まさにその通りですね。これから鑑識も入りますし、その報告と、被害者の松本さんの回復を待ってからの事情聴取、そして、梅崎さんからも話を訊く必要があると思います」
と、柏木刑事が言った。
「そうだな、これが殺人未遂であったとしても、今柏木君が言ったような可能性を探るとしても、まずは、三人の関係性などの調査が必要だろうね。三人は大学の頃からの知り合いだということだね?」
「ええ、そういうことのようです」
「じゃあ、済まないが、君は鑑識の指示とさらに、犯行現場の現状維持をお願いしておこう。また何かあったら、連絡をしてくれ」
と言って、二人の話は終わった。
どちらにしても、被害者の命に別条がないということが一番よかった。これが殺人事件ということになれば、夜中であろうとも関係なく出動になるだろう、犯行現場の現状維持と、関係者の所在をしっかりしていれば、今日のところは何とかなるだろう。
柏木刑事は錦町の現場マンションで鑑識が来るのを待った。
鑑識が到着したのは、十一時くらいだっただろうか? 警察に第一報が入ってから、二時間近くが経っていた。
マンションにはそれなりの人だかりができていた。野次馬が寄ってきたのは仕方のないことだろう。夜の九時過ぎに救急車や警察が来たのだから、尋常でないことは誰の目にも分かるというものだ。
ただ野次馬の中には刑事ドラマを結構見ているからなのか、詳しい人がいて、
「救急車が来たということは、殺害されたわけではないんだろうな」
と言っていた。
それを聞いたもう一人が、
「どうしてなんですか?」
と聞くと、
「だって、死んでいるのが最初から分かっているのであれば、救急車を呼ばずに警察だけが来るはずだからね」
と言っていた。
ただ、これも微妙な判断であり、一般的に、
「死んだ人は救急車には載せない」
と言われているが、死んでいるかどうか分からない場合や、事件性のない明らかな病死だというのが分かった場合などは、救急車に乗せる場合もあったりする、
要するに臨機応変ということであるが、ここで話をしてもややこしくなるだけなので割愛するが、今回の場合は、虫の息ではあったが、死んではいなかったので、救急車というのは当然の手配だったのだ。
しかし、今の言葉がまわりを安心させたのか、殺人事件というわけではないと思った野次馬は、そそくさと減っていった。これは警察としてもありがたいことで、変に夜中に騒ぎを大きくすることは、望ましくないと思っていたのだ。
ただ、現場にいる柏木刑事は、被害者が死んでいないということを聞いたことで、ほっと胸を撫でおろしたが、この部屋を見ると、どうも違和感があるように思えてならなかった。
その思いが、
「被害者は命に別状はないです」
という報告を受けたことで、却って、
――やっぱり違和感がある――
と思ったが、その理由はおぼろげに感じることであった。
その理由を考えた瞬間、柏木刑事は背中に、ゾクッとした感覚を覚えたが、それが条件反射のようなものであることを感じると、隣にいる小山田を横目で見て見た。
小山田も、その惨状を見て、何かに怯えるかのように、終始震えているのが分かったのだが。それにしても、ずっと震えているのだ、通報から刑事が来てから、すでに二時間近く経っているのにその震えが止まらないというのはどういうことだろう?
気になっていたこともあって、さすがにこれ以上、彼を拘束しておくのも気の毒な気がした。聞くことも聞いたわけなので、
「小山田さん、捜査にご協力いただけてありがとうございます。今後もまたお聞きしたいことがあればご連絡をいたしますので、その時はまたご協力いただければありがたく思います」
と丁重に小山田に言った。
「ああ、いいえ、分かりました。私もこんな場面に出くわすのは初めてなので、まだ毒時しています」
と言って、少しだけ笑顔が戻ったかのようだが、まだまだ笑顔は引きつっているようだった。
「今日のところはお引き取り願っても構いませんので」
と言って、小山田を帰らせた。
彼の家はここから、十分くらい歩いたマンションだったが、
――また誰か(自分かも知れないが)、彼に事情を伺うことになるだろうな――
と、柏木刑事は感じていた。
病院の方では、隅田刑事が救急車で付き添ってきた梅崎に話を訊こうとしていたその時、病人である松本の命に別状はないという話を訊いて、安心はしたが、ち
「ょっとこちらにお越しください」
と言って、主治医の先生から、梅崎が呼ばれようとしているのを見た隅田は、
「先生、私もよろしいですか?」
と言って、警察手帳を差し出すと、
「ああ、どうぞ刑事さんもこちらにお越しください」
と、言われて部屋に入った。
「さっそくですが、患者さんには、何か病気かアレルギーのようなものがありましたか?」
と訊かれて、
「いいえ、訊いたことはなかったですが」
と梅崎がいうと、
「患者さんですね、青酸化合物を服用はしているみたいなんですが、ただ、それはまったく致死量というわけではなかったんです。でも、ここまで病状が悪化しているように見えるのは、どうも、アナフィラキシーショックのようなものを引き起こした可能性があるんですよ」
というではないか?
「アナフィラキシーショック?」
これには、隅田刑事の方が反応した。
「ええ、簡単にいうと、何かの物質に対して、抗体ができたりして、その抗体がもう一度抗体を作った物質に接触することで引き起こされるアレルギーのことなんですが、先ほど病気かアレルギーの有無をお伺いしたのはそういうことなんですよ」
と医者は言った。
「僕の知っている限りはそういう話は聞いたことはないですね。知っていることとすれば、玉ねぎが嫌いだというような話はしていたことがありましたね」
ということであった。
「先生、玉ねぎにアレルギーってあるんですか?」
と、隅田刑事は聞いたが、
「いや、それは聞いたことがありあせんね」
ということであった。
先生はそこまで聞くと、