伏線相違の連鎖
「いいえ、知っている限りでは知りません。自分たちは結構長い付き合いなので、アレルギーや好き嫌いの話は最初にしています。その中で松本には、決まった好き嫌いや、ましてやアレルギーはなかったと思います。ただ、彼はさっきも言ったように大食漢なんだけど、すぐに飽食になるので、いろいろなものを少しずつ食べていくのが癖でした」
という小山田の話に、
「うんうん」
と黙って頷く柏木だった。
「じゃあ、松本さんが苦しみだした時のことを教えてください」
と、柏木が続けると、
「ええ、まず最初にこの部屋にやってきたのは、梅崎だったんです。梅崎は私たちのグループの中で、何かをしようとすると、最初にそれを発案するのが彼だったんです。だから、自分たちの中で勝手に彼を、言い方は悪いけど、首謀者という認識でいるんですよ。それだけ行動的なのだと思います。だから、今日も最初に来て、待っていたようです。そして、その後で私が来たのですが、その時には、デリバリーのピザも、ほか弁も来ていたようだったので、梅崎がチャーハンを作っていて、松本はゲームを探していました」
と小山田がいうと、
「ゲームですか?」
と、柏木が聞いた。
「ええ、そうです。そんなに珍しいことではないと思うのですが、いつも三人で集まった時は、まずゲームから始めるんです。というか、ずっとゲームをしているという感じでしょうか?」
「なるほど、ゲームをしたいという意識があるから、食事はゲームをしながらでもできるような、デリバリーが中心だと思っていいのかな?」
という柏木に、
「そういうことです。これは私たちだけではないと思いますよ。それに、松本の部屋にはゲームのソフトもたくさんあって、いつも夜を徹して遊んだりするので、最後は疲れて寝落ちするのが、恒例になっているんですよ。そのために、片づけが適当になってしまってですね。だから、集まりがある時は、皆が集まる前に、一度ゲームを揃えておく必要があるということです」
という小山田に対して、
「松本さんは几帳面なんですか?」
と、柏木は聞いてみた。
「そうですね、松本は私たちの中でも、几帳面な方ですからね。ただこれは私たちの中ではという但し書きがあつきますが」
と言って、小山田は苦笑いをしていた。
「皆さんの中で一番几帳面なのは、松本さんだとして、次には誰なんですか?」
と聞かれた瞬間、少し考えた小山田だったが、
「それは私になるかも知れませんね。と言っても、私も結構ずぼらなので、几帳面というわけでは結構ないのでお恥ずかしいですが、でも、梅崎が一番ちゃらんぽらんだというのは少し違うかも知れないですね」
と言った、
「それはどういうことで?」
と柏木が聞いたが、
「梅崎はさっきも言ったように、我々の中では一番先に何かを提案する首謀者のような感じなので、見た目はどっしりしているような感じなんです。だから、我々の中で一番口数が少ないのも梅崎だし、いつも何かをしようと言い出しがするんだけど、それ以外はあまり表に出てくることはない。首謀者としての責任を負いたくないという感覚が身に染みているのかも知れませんね」
と小山田は言った。
――小山田という男は、どうも、梅崎に関しては、あまりいいイメージを持っていないのかも知れないな。どうも言葉の節々に辛辣さが感じられる――
と柏木は感じたのだ。
「松本さんはどうですか?」
と訊かれて、
「松本君は、そうですね、ある意味従順というか、純粋というか、私たちの中では、これも言い方は悪いかも知れませんが、都合のいい感じのタイプと言えばいいのかな? この部屋の提供もそうだし、梅崎が最初に何かをしようと言い出した時、それに合わせて最初に行動させられるのは松本君でした。でも、彼はそれを嫌がっている素振りがあまり見えないので、梅崎もそれを知ってか知らずか、よく都合よく利用するんです。大学の頃なんか、女の子をナンパしに行こうということになった時、最初に言い出すのは梅崎で、それを最初に実践するのが松本君でした。松本君に最初に行かせて、その次に行くのが私だったんです。それを見ていてうまくいきそうになったら、最後に梅崎がやってくるという感じでしょうか?」
という小山田の話を訊いて、
―この三人の力関係がいまいち分からない。小山田は、梅崎のことを呼び捨てにしているが、松本のことを君付けしている。それだけ梅崎が嫌いだということなのだろうか? それにしても、松本という人物にどう感じているのか分からない。話を訊いている限りでは、気の毒に思いながらも、軽蔑しているようにも感じる。そもそも、三人の力関係を小山田自身がどう考えているのか、今の話では分かるように話しているつもりでいるように見えるが、結局のところ分からない。そこまでうまく誘導しているのだろうか?
と、柏木は考えてしまった。
そういう会話をしているところで、柏木刑事に連絡が入った。電話をしてきたのは、病院に付き添って行った隅田刑事からで、内容は、松本の容態についてだった。
「松下さんの命には別条はないということです、どうやら、毒物を盛られたのは間違いないようで、致死量五達していなかったのがよかったと医者も言っていました。どうやら青酸系の毒物のようなんですが、鑑識の結果でしか分からないと思います。それだけ松下さんの体内には残っていなかったということだからですね。それで松下さんは、しばらく入院になるそうです。二、三日は面会もできないということで、事情聴取はそれからになるかと思います。とりあえず、鑑識に来てもらった方がいいかと思います。私はもう少しこちらで様子を見てみます」
と言って、連絡してきた。
「梅崎さんはどうされるんですか?」
と柏木刑事が訊くと、
「梅崎さんも、もう少しここにいるとのことです。私の今の報告もとりあえずの報告なので、また事情が分かったら、ご連絡します」
ということであった、
「よし分かった。桜井刑事には私の方から連絡を入れておくし、鑑識にも手配は済んでいるので、君も今日は適当な時間で引き揚げてくれても結構だよ」
と言って、隅田刑事をねぎらった。
考えてみれば、隅田刑事は出張から帰ってきたばかりだったので、疲れてもいるだろう。もしこれが殺人事件ということになると話は変わってくるかも知れないが、とりあえず、状況は落ち着いているので、ここはひとまず、柏木が自分でこの場を取り仕切ればいいだけだと思うのだった。
ただ、毒を服用しているということなので、尋常ではない。自殺なのか、殺人未遂なのか、それとも何かの事故なのか、そのあたりが難しいところだろうと、柏木刑事は感じていた。
毒殺未遂
柏木刑事は、今聞いた話を当直の桜井刑事に報告した。
「そうか、今のところは毒を飲んだということは分かっているが、殺人未遂なのか、それとも自殺なのかは分からないということだな?」
と桜井刑事がいうと、