伏線相違の連鎖
この自論は今のところ、説得力はなかったが、事件が解明されていくうちに、思い出されることになるのだった。
その日は、植木鉢が落ちてきたことを、捜査本部に帰って捜査員に話をしたが、とりあえず、そちらの捜査も引き続き、やってもらうとして、まずは、殺人未遂との関連性から考えられることを洗い出してみるという方針が考えられた。
しかしその捜査をする必要もないくらい、この事件は、急に動きが活発になってきて、予断を許さなくなってきていたのだ。
それから二日後のことであった。
今回の一連の事件が殺人未遂ということから、殺人罪に変わっていった。その口火であり、クライマックスとも言える事件は、思わぬ形となって表れた。
時間は、夕方から夜になるという時間帯で、午後七時頃であろうか、県警から通報が入った。
「錦町のマンションで、人が殺されているという、付近住民からの通報があり、被害者は、梅崎達夫と見られる。ただちに現場に急行せよ」
ということであった。
刑事課ではそれを聞いて、
「梅崎達夫?」
とまさに、今捜査を進めている殺人未遂事件の関係者ではないか。
皆、名前を聞いた時、コーラスでもしているかのように声を合わせて名前を呼んだ。そuれだけ、刑事課のボルテージは一気に上がり、緊張が刑事課全体を包んだのであった。
「梅崎って、あの三人の中の一人だよな?」
と桜井刑事がいうと、
「ああ、そうだ。松本君がまだ入院中で、小山田君と梅崎君が時々お見舞いに行っているようだったが、まさか、そのうちの梅崎君が殺されることになるなんて、これで無事なのは小山田君だけになったな」
と、もう一人の刑事がいうと、
「いやいや、そんなことはない。小山田君も、この間、上から植木鉢が降ってくるという事件があったんだ。幸い事故にはつながらなかったので、報告だけはしていたんだが、浸透していなかっただけかな?」
と柏木刑事がいうと、
「ああ、そうそう、そうだったね」
と、納得したようだった。
「でも、梅崎さんは、あまり病院に来ていたというわけではなかったですよ。小山田さんは毎日のように、時間を作ってきていたんですが、梅崎さんは、最初の二日ほどは来てくれていましたけど、それ以降はほとんどお見舞いにくるということはなかったようですね」
と病院に何度も足を運んでいる隅田刑事はそう言った。
隅田刑事は意識を取り戻した松本に貼りついていた。
少しでも、彼から事情が聴ければいいという理由と、もう一つは、犯人の目的が殺害にあるとすると、意識が戻ったからと言って、殺害を諦めたわけではないとすれば、犯人が逮捕されるまでは安全とは言えないからだ。
さらに松本が犯人を知っていて、そのことを喋られたら困るということも考えられる。いやそれ以上に、松本が犯人も知らない犯行において、致命的な何かを知っているとすれば、生かしておくわけにはいかないだろう。
そのことをいろいろ考えていると、捜査本部としては、松本を一人にしておくわけにはいかなかった。
犯人にとって、幸いだったのは、松本が半分記憶喪失に陥っているということだった。本来なら犯人がすでに分かっているかも知れない状況で、時間稼ぎでしかないが、犯人にとって、今であれば何かをすることで、自分が捕まらなくなれればいいと思っているのかも知れない。
だが、一つの懸念としては、
「本当に、事件はこれで終わりだろうか? 本当の目的は他にあるのではないか?」
という思いが捜査本部にはあった。
「被害者が殺されていないというのが、どうにも引っかかるんですよね。しかも、生き残ったのに、何もアクションを仕掛けてこないということは、逆に、松本は何も知れないと思っているのではないか?」
という内容の話が捜査本部の中で意見として昇り、
「十分に信憑性がある」
として考えられたが、だからといって、入院中の被害者に決して危害が及ばないとも限らない。
油断していて、殺されでもすれば、メンツは丸つぶれであり、それを警察幹部が許すわけもない。
特に最近は警察の不祥事が耐えない。これは今に始まったことではないが、
「警察の不祥事や交通事故関係は、連鎖する」
という、そんなことが言われていた時代があった。
警察官の外部との癒着や、飲酒運転、冤罪事件や、捜査内容の漏洩など、あってはならない話が続発していた。
そんな状況なので、警察上層部は、かなりピリピリしている。
内部におけるコンプライアンスの問題もしかり、パワハラ、セクハラと言ったあらゆるハラスメントには、誰もが敏感になっていることであろう。
大団円(事件の真相)
それだけに小さなことであっても、大きな問題になりかねないのが、最近の警察内部の事情であった。
特に最近は大きな事件が起こることもなく平和と言ってもいい毎日で、
「これが本当の理想の世界なんだよ。警察が暇なのはいいことだ」
と言っている人がいたが、
「この暇な状態が平和ボケに繋がらなければいいが」
という懸念を抱いている人もいた。
「でも、毎日何があってもいいように、鍛練はずっとやっているじゃないか」
と言われて、
「そりゃ、鍛練や訓練は行われているけど、しょせん訓練でしかないわけだろう? 実際に事件が起こってしまえば、本当に迅速に対応できるかということがミソになるのさ。君は胸を張って大丈夫だと言えるかい?」
と言われた人は、
「……」
と、無口になってしまう。
「誰も仮定の話を断言できるわけもない、努力はするさ」
と言ったとしても、質問の答えにはなっていないだろう。
それを思うと、警察官というものが、どれほど普段から覚悟と緊張を持って仕事に従事しないといけないかということを自覚していなければいけない。
それを分かっている警察官がどれほどいるというのか、誰にも分からないだろう。
それはともかく。今回の事件に大きな進展があった。
といっても、最悪の形での進展だった。今まで誰も殺されていなかったのに、ここにきて殺人が起こったのだ。緊張が走ったのも、当たり前のことであろう。
被害者の部屋は、最初に毒を盛られ、今も病院で療養中の松本の部屋から、歩くと、十分ちょっとのところにあった。同じ町内ということであるが、端から端という感じなので、あまり近いというわけでもないだろう。
それでも、同じ町内で、しかも知り合いが立て続けに不幸な目に遭うというのだから、地元のK市では、話題になるだろうと感じることは当然と言えるだろう。
現場には、すでに長谷川巡査が到着していて、顔が引きつっていた。そこに柏木刑事と桜井刑事、さらには、隅田刑事がやってきた。
「ご苦労様です。ところで現状は?」
と、桜井刑事が長谷川巡査に聞くと、
「こちらです」
と言って、リビングに通された。
彼の部屋は、第一の現場である松本の部屋よりも一回りくらい大きかった。しかも、余計なものがあまりないので、さらにその分広く感じられたのだ。
これを見た時、柏木刑事は、
「おや?」
と呟いた。
それを聞いた桜井刑事が、
「どうしたんだい?」
と聞いてくるので、