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伏線相違の連鎖

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「いやあ、それが彼は結構気が弱いところがあるんですよ。さっきの彼女が泣きだしてから急にトーンダウンしたのも、そのあたりの気の弱さが出たんじゃないかって思うんですよ」
 と長谷川巡査が言った。
「彼ってどういう性格なんだろうね?」
 と言われて、
「確かに、勧善懲悪で空気も読めるんだけど、きが弱い性格でありながら、意外を芯が強いところを持っているんですよ。実は、彼には姉がいたそうなんですが、今から十年前、つまり、小山田が二十二歳という大学を卒業した年に、亡くなったらしいんです。警察は事故だとして処理したんですが、彼は自殺を主張したんだそうです。実際にお姉さんの遺書が、その場所からではなく、遺品を整理している時に見つかったということで、それを持って警察に行ったということなんですが、警察では取り合ってくれなかったというんですね。自殺をする時に、遺書は自殺をした場所にあるものだというのが、警察の見解だったということです。もし、彼が刑事に嫌な思いを抱いているとすれば、この時の記憶が残っているからではないでしょうか?」
 と、長谷川巡査は言った。
「そこまで君に話をしてくれたというのは、よほど君を信頼していたんだね? それはいつ頃のことなんだい?」
 と柏木刑事は訊ねた。
「そうですね、一年くらい前だったですかね。きっと私を信頼してくれたんだと思って嬉しかったですが、同時に警察が彼にした中途半端な捜査に、私まで嫌な気分になりましたね」
 というと、
「彼は、それを今でも恨んでいるような感じだったかい」
 と言われて、
「それはないんじゃないかと思いました。酒を飲みながら笑いながら話していましたからね」
 というと、
「いや、酒でも飲まないと話せないというくらいに、怒りがこみあげていたのかも知れないよ」
 と言われ、
「そうかも知れないですね」
 と力なく言い返すだけだった。
「彼にとって、姉の死というものが、自分の人生にどのような影響を与えたんだろうね? 大学時代からの友達と言っている、梅崎君や松下君たちも、彼の姉のことは知っていたんだろうね?」
 と言われた長谷川巡査は、
「それは知っていたと思いますよ。ただ、他の誰に話したということは、その時の小山田は言っていなかったですからね。お酒の席だったから私にも話せたのか、それとも警官だから何か言いたかったのか」
「そうだね。もしお酒の席だから話せたのだとすれば、逆の言い方をすれば、お酒の席であれば、誰にでも話す可能性があったということだね」
 と柏木刑事は言ったが、
「私もその通りだと思い明日」
 と、長谷川巡査も同意した。
「小山田君がお姉さんのことで今も苦しんでいるというのは、よほどそのお姉さんのことが好きだったんだろうね?」
 と言われて、
「そうかも知れないですね。でも、十年も前のことを思い悩むほどの男ではないと思うんです。ひょっとすると新たな悩みが生まれたのかも知れないとも感じるほどで、それに関して、一度小山田が、自分のことを好きになってくれた女性がいたようなことを話してくれたことがあって、それが嬉しいと言っていたんですよ。今までに自分は誰かを好きになったことはなかったので、好きになられるなどありえないと思っていたようで、そのことをかなり気にしていましたね」
 と長谷川巡査がいうと、
「相当、モテなかったのかな?」
 と柏木刑事の問いに、
「そんなことはないと思います。容姿もそんなにバランスが悪いわけではないし、性格的にも素直で優しさがあるわけで、そんな彼が一度も今までモテなかったとは考えにくいですからね」
 というと、
「男の君から率直に見てそう感じるのであれば、本当にモテなかったわけではなさそうだね。ということは、ストイックだということなのか、それともそもそも、女性に興味がないのか、どれかなのだろうか?」
 と聞かれた長谷川巡査は、
「女性に興味がないということはなかったと思います。ただ、モテないという思い込みから、女性が別の人種だと思い、自分の中で結界のようなものを敷いていたのも事実のようです。性欲だって普通にあったはずであって、その証拠に、昔からの友達から、風俗に連れていってもらったということを話していましたからね。それは今ではなく、数年前だと言っていましたけど」
 というと、
「風俗の女の子には、別に抵抗はないけど、それ以外の女性だと抵抗があるという男もいるようですからね。それだけ自分に自信がないのかも知れないですね」
 と、長谷川巡査は言った。
「自分に自信がないとは?」
「例えばまだ彼女ではない女性と、ホテルに行ったりして、いよいよ性行為に及ぼとした時、もし、身体がいうことを聞かなかったりして相手にそれをなじられたりすると、それはトラウマとかになって残ってしまう可能性が十分にありますよね。でも、相手が風俗の女の子であれば、余計なことはいわないし、お客相手なので、気持ちよく相手してくれるはずですよね。それが言葉においても同じことで、絶対に酷いことを言われることはないと思うんです」
 と、長谷川巡査は答えた。
「なるほど、そういうことだね。やはり、それだけ、小山田君というのは自分に自信が持てなかったということなのかな?」
 という柏木刑事に対して、
「その通りだと思います、ただ、それは彼は気が小さいからというよりも、謙遜心が強いだけだと思うんですよ。人のことになると、結構ムキになって庇ったり、自分のことのように同情できてみたりと、他の人で同じ行動をとれば、わざとらしいという風に言われることでも、彼にとっては当たり前のことなんでしょうね」
 と、長谷川巡査は言った。
 長谷川巡査は、かなり小山田氏のことを過大評価しているようだ。柏木巡査が見ていても、若干の違和感があった。
――どうしてここまで、小山田のことをよくいうんだろう? 何か彼に対していい面しか見えないような暗示にでもかかっているのだろうか?
 と感じたほどだった。
 それでは、まるでマインドコントロールを受けているかのようではないかと感じたが、そういう普段と変わった様子おなかった。
 洗脳されているわけではなければ、小山田には人を引き付ける魔力のようなものがあると言ってもいいのかも知れない。
 洗脳という言葉はかなりの偏見かも知れないが、長谷川巡査にまでこれだけの感覚を与えるのだから、十年来の友達だという、松本や梅崎にもかなりの影響を与えているのではないだろうか?
 そんな感覚をだいぶ言葉を砕いて長谷川巡査に話した柏木刑事だったが、長谷川巡査はそれに対して、
「そうかも知れないですね。でも、小山田君の影響を受けている人というのは、一緒にいるだけで分かってくるんです。醸し出される印象というのか、どこか小山田君の影響を受けている部分が匂いのような形で出てくるということなんですよね。でも、松本君にm梅崎君にもそれが感じられなかった。それはあの二人の個性が強すぎて、小山田君の神通力が通用しないのか、それとも、元々が腐れ縁のようなもので、親友と思っているのは小山田君だけで、二人はむしろ、彼を利用するくらいの気持ちでいたとするなら、洗脳はされないでしょうね」
 と、持論を展開した。
作品名:伏線相違の連鎖 作家名:森本晃次