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伏線相違の連鎖

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 彼との事情聴取は、前もって聞いておいた梅崎と小山田の記憶と、ほとんど変わりはなかった。
 だが、ある程度残っている記憶に間違いはない割には、ここまで話をしてきているのに、まだ意識が朦朧としているようだ、
 たとえは悪いが、まるで麻薬中毒患者のように見えるくらいだった。
 キチンと一度ハッキリ話をしているくせに、話が途切れると、ボソボソとぼやいているような声が聞こえる。
 それはまるで何かを自分にいい聞かせているようで、そのボソボソと何を言っているのかは分からなかった。
「まるで夢を見ているような心地なんですよ。夢遊病というのは、こういうのをいうんだろうか?」
 とも言っているくらいで、自分が病院にいるということも分かっていないのかも知れない。
 そんな話をしていると、今まで松本は話をする相手である二人の刑事の方しか見ていなかったのだが、落ち着いてきたのか、あたりを見渡す余裕が出てきたのか、部屋をぐるりと見渡しているのだった。
 すると、それまでの松本とはまったく違ったリアクションをしたのだが、それにはさすがにその場にいた皆、驚いたというよりも、狼狽したと言った方が適切なのかも知れない。
 松本の顔があたりを見渡し、看護婦のところで止まった時、急に震えが起きた。徐々にというわけではなく、いきなり痙攣したかのような震えであった。
「どうしたんですか? 松本さん」
 と、当然のことながら、看護婦がまず声を掛けて、松本に近寄ったのだが、
「うわっ」
 といって、条件反射からか、ベッドから飛び落ちるくらいの状態に、さすがの看護婦も近づくことができなかった。
 刑事二人は、その場で立ち竦んでいたが、ここまでの条件反射を起こすということは、彼女自身になのか、ナース服に何か恐怖を感じるものがあるのか、そのどちらかだろうと考えていた。
「どうしたんですか?」
 と、隅田刑事がビックリしたように桜井刑事に話しかけたが、
「ハッキリとは分からないが、記憶が曖昧な人の中にトラウマになっていることが、何かを見てふいに意識の中によみがえってくることがあるらしいので、今、彼はそのような状態にあるんじゃないだろうか?」
 と桜井は言った。
「じゃあ、この看護婦さんに何かを感じたということでしょうか?」
 と隅田が聞いたが、
「彼女の佇まいになのか、それとも視線になのか、それともナース服に対してなのかまでは本人にしか分からないだろうが、今の行動がこの事件に何かを暗示させているんじゃないかとは思えるね」
 と桜井は答えた。
「とにかく、先生を呼んできてもらえるかい?」
 と、隅田に聞いた。
「はい、わかりました」
 と言って、隅田は先生を呼びに行ったが、その様子を見たもう一人のナースが、病室に何かあったと思い、隅田と入れ替わりに飛び込んできた。
 すると、
「うわっ」
 とまた、松本が叫んだので、この行動を見て、
「なるほど、松本さんのこの怯えは、あなたに対してではなく、そのナース服に対してだったんでしょうね」
 というので、最初にビックリされたナースは、少し不安な感覚を払拭することができた。
 だからと言って、患者の興奮具合が取り除けたわけではない。それを思うと、本当であれば、鎮静剤を打ちたいくらいの気持ちだが、とりあえず先生の指示を仰ぐしかないというのが現状で、隅田が呼びに行ったおかげで、先生がすぐに入ってきてくれた。
 しかし、そのすぐという感覚は桜井の方にはあったが、看護婦の方にはなかった。むしろ長かったと感じる方が大きいだろう。
「一体、どうしたんですか?」
 と先生は入ってくるなり、状況を見て、桜井に訊ねた。
「最初は冷静に事情聴取に応じてくれていたんですが、途中から看護婦さんの方を見たとたん、急に何かに覚え始めたんですよ。で、先生を隅田が呼びに行っている間にもう一人の看護婦さんが異変に気付いてきてくれたんですが、彼女にも怯えを覚えたんですね。これで私は、彼の怯えがナース服にあるのではないかと思ったんですが」
 というのを聞いて、
「それは大いにありえるかも知れないですね。とりあえず、今日のところは事情聴取は勘弁してください。これから、鎮静剤を打ちます」
 と言って、医者が鎮静剤を打つと、何事もなかったかのように、松本は睡眠状態に入った。
「これで落ち着くでしょう」
 ということで、事なきを得た感じで、とりあえずこの日の事情聴取はここまでとなった。
 話の内容に目新しいことはなかった。少なくとも、三人が誰もウソをついているわけではなく、同じ話をしたということは、この話に偽りはないと考えていいだろう。そういう意味では今日の事情聴取の意味はあったわけで、それだけで、十分だと言えるだろう。
 その日はそのまま病院から署へと向かった。
「また二、三日して行ってみよう」
 と桜井は言った。
「新たな証言が取れるとでも?」
 と隅田はあれ以上の証言はとれないと思っていたので、この桜井刑事の判断には疑問があった。
「事件に関してのこともさることながら、さっきのあの反応は何かがある。私はそっちの方が気になるんだよ。事件に関係することなのか、そうではないのかまでは分からないが。少なくとも、毒を盛られた人の記憶が曖昧な時に起きた不可解な行動。そこには何か意味があるとは思えないかい?」
 と桜井がいうので、
「ああ、なるほど、それは確かにそうですね。ということは、これが何かの事件であるとすれば、松本さんの曖昧な記憶の中にこそ、何かがあると思っていいんですね?」
 と、隅田刑事にも分かったのだ。
 その日は結局、他の捜査員ともども、大きな進展はなかった。捜査本部に戻って、先ほどの様子を説明すると、柏木刑事も、
「それは興味深いところですね」
 と言った、
「そうなんだよ。何がどれほどの影響なのか分からないが、あの怯えは確かに尋常ではない。最近、病院通いをしたことがあったのか、それとも入院でもしていたのか、病院はどこになるかは分からないが、調べてみる価値があるんじゃないかと思うんだ。私は、明日から、そっちの捜査を続けて行こうと思うんだが、どうだろう?」
 と、柏木刑事に言ったつもりだったが、それを聞いていた門倉警部が、
「よし、桜井君にはそちらの捜査をお願いしよう。それ以外は京尾ところは収穫梨というところかな?」
 と門倉警部がそういうと、
「そうですね、今のところ進展はないかもですね」
 ということだった。
 その日は、捜査会議もあっという間に終わった。再度捜査に散っていったが、それから二日ほどは、鳴かず飛ばずの捜査が行われたが、急転直下したのは、それから三日が経ってからだった。
 普通であれば、ちょっとした事故として、刑事課が出向くほどのころではないのかも知れないが、このことが今回の事件の第二幕と言ってもいいかも知れない。
 その事故というのは、歩道を歩いていて、上から急に落ちてきた植木鉢に当たるところであったということである。
作品名:伏線相違の連鎖 作家名:森本晃次