伏線相違の連鎖
「そうだよ、たぶんだけど、大方そういうことではなかったかと思うんだ。今の意見であれば、彼の矛盾した態度を説明するには完璧な答え何だろうね。でも、もし警察にそれを言及されると、そもそもなくすこと自体が大問題。それすらなかったことにできなければ、問題は大なり小なりで、物議を醸すことになる。下手をすれば、長期に見て、病院の存続を脅かしかねないことになるだろう? それだけは避けなければいけないことだとの認識なんじゃないかな?」
と、いうのだった。
「なるほど、その通りでしょうね。警察というよりも、保健所のようなところからなんでしょうが、毒物や、使用した注射針や用具の廃棄にまで、気を配らなければいけないんだから、病院というところは、まるで、『逃げ道のない黒ひげ危機一髪』をやっているようなものなんじゃないでしょうかね?」
と言われて、いつもこういう揶揄のうまいことでは定評の、いつもの彼の揶揄には、尊敬の念を抱いた清水だった。
とにかく、少し病院内で捜査をしてみることにしたが、調べているうちに、もう一人、休んでいる人がいるという話を耳にした。ただそれは一人だけからの情報なので、どこまであてになるのか分からないと思ったが、
「一人の話を軽く見てはいけない」
というのも、清水警部補の教えの一つ、二人は、違和感を持ちながら、捜査を続けた。
死憂さを続けたが、気になることといえば、一人だけが、
「もう一人、最近見ない子がいるんだけど」
と言っているのを聞いただけだった。
「どんな子なの?」
と聞いてみると、
「普段から大人しい子で、本当に目立たない子。だから、他の人に彼女の話をしても、きっと誰も気にしていないと思うの。ひょっとすると、まわりの苛めに耐えられなくなって、彦籠っているのかも知れないわね」
というのだが、
「でも、学生じゃないんだから、一人いないとなると、現場はさらにひっ迫するんじゃない?」
と言われたが、その子は平然と、
「そんなことはないわ。根は真面目なんだけど、それが災いしているのか、何もできないのよ。だから、余計にまわりから疎まれて、結局火に油を注ぐみたいになってしまって、味方は一人もおらず、自分でも透明人間なんだっていう自覚があったんじゃないかと思うのよ」
と言ってのけた。
なるほど、そういう子は、学校のクラスでも一人くらいはいて。その子が必然的に苛めの対象になることが多いだろう。
彼女の性格が昔と変わっていないのであれば、きっと、昔からずっと苛められてきたのかも知れない。それでも一生懸命に勉強し、看護婦になったのだろう。それを思うと、いじらしさもあるし、相当メンタル的には強いものを持っているということであろうから、引きこもっているとしても、そこまで心配する必要もないのかも知れないと感じた。
その思いがあることで、この刑事は勝手に安心感に包まれてしまったことで、この事実を自分の胸にだけに閉まっておくという選択をした。その選択をした理由としては、
「彼女を表に出して、好奇の目に晒すことを避けたい」
という思いだった。
きっと彼女が今引きこもっているとすれば、冬眠中に表に出るための英気を養っているのと同じだとすると、無理に刺激することは、彼女の命に係わることのように思うのだ。そう考えると、敢えて表に晒すことは、どうしてもできなかった。
その日の捜査を終えて、
「この学校での進展はなかったな」
と言って、少し落胆している清水を横目に、この刑事は、少し後ろめたさがあったが、それでも、一人の少女の名誉と生命を救ったという思いから、満足感に満ちていた。
ただ、それは後から考えれば、完全なミスであった。と言っても、後の祭りではあるが、あの時に騒ぎ立てても、結局事態がよくなるわけでもなかった。そういう意味では、事件解決に遠回りを余儀なくされることになるのだが、
「仕方のないということだってあるんだよね」
というしかない状態だったのだろう。
二人が行方不明少女の捜索が暗礁に乗り上げていた頃、毒殺殺人未遂事件の方には、少しずつであるが、進展がみられてきた。
まず最初に見られたことといえば、
「被害者の回復」
であった。
松本は、入院してから三日後には意識を取り戻し、それから二日後には面会謝絶ということもなくなり、晴れて、警察が介入することができたのだ。
しかし、医者からは、
「一回で三十分が限度です。そして、病院側の誰かの同伴を許可してください。容体がいつ急変するかも知れませんのでね。もし容体が急変していなくても、患者に変化が現れたら、我々の裁量で、尋問を中止させるかもしれませんので、そのあたりのご了承をお願いします」
と、いうことであった。
「もちろん、了解していますよ。何といっても、患者さんの生命と健康が一番だということは認識していますからね」
と、桜井刑事は言った。
事情聴取には、警察側から、桜井刑事と隅田刑事が同行した。病院に搬送された時に、一緒だった隅田刑事が一番の適任者だということであった。隅田刑事も、それが望みで、桜井刑事が自分のことを考えてくれたのだと、解釈していた。
びょうイン側からは、一人看護婦が付き添ってくれた。
「それでは、少しご質問をさせていただいてよろしいですか?」
と桜井刑事は聞いたが、松本は黙って頷くだけだった。
意識が戻ったと言っても、ほとんどしっかりはしていないように思えたのはしょうがないが、
「すみません、俺はほとんどあの時の記憶がなくて、どこまで聞かれたことをお話できるか分かりませんが」
ということだったので、思わず看護婦の方を見ると、彼女も黙って頷いた。
点滴の交換も終わって、一段落したのk、看護婦は付き添い者の椅子に座って、横から事情聴取を観察していた。病院側の意向なので仕方がないが、やはり気にならないといえばうそになる。
「じゃあ、せめて、あなたの覚えているところまでで結構ですので、お願いします。ではまずお名前から」
「松本裕也。三十二歳です」
「この間されていたことを覚えていますか?」
と訊かれて、
「ええっと、あの日は確か、誰かの誕生日だったのかな? 友達と集まった気がするんだけどな」
と、やはり記憶は曖昧だった。
「誰がいたのか覚えていますか?」
と訊かれて、
「確か、小山田君と、梅崎君だったと思います。僕の家で、集まって何かをするというのが恒例で、あの日もゲームをしようと思っていたんですよね」
ということであった。
何のゲームだったのかということは、事前に梅崎氏に聞いていて分かっていたので、彼が言ったゲームと同じだったので、記憶に間違いはないであろう。
「分かりました。じゃあ、あなたはその時に何をしたのか覚えていますか?」
「チャーハンを梅崎君が作ってくれたのを、食べたところまでは覚えているんですが、そこからは、どうもハッキリとしないんです。急に喉が焼けるような感覚で、何かを吐いたという記憶なんですが、そこから先は苦しくなって覚えていません」
ということであったが、ここまでの話を訊いて、
――彼が言っているほど、、記憶が曖昧ではないな――
と感じた。