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伏線相違の連鎖

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「そうなんですよ。このあたりは病院側としても、難しいところで、捜索願を出したがそのとたんに、フラッと帰ってくることもありますよね。そうなると、もし、次に似たようなことがあったら、今度こそ捜索願が出しにくくなる。そのあたりの線引きが難しいのかも知れないですね」
 と事務長は言った。
「分かりますよ。それは事務長さんとしては当然のことだと思います。そう考えると、逆にお友達が捜索願を早急に出したというのが、なぜなんだろうと思えてきますね? それはきっと、友達のことを思ってのことであり、自分の立場に置き換えたら? というところにも考えが及んだのかも知れないですね」
 と清水は言った。
「そうですね。彼女たちのような思春期に近い女の子は、恋人問題なども結構あったりする場合もありますからね。恋は盲目と言いますから。行方不明になったとなると、まず最初に自殺というのが頭をよぎりますよね。傷心の中にどこかに旅行に出て、そのまま死にたくなったとかいう話もよく聞きますからね」
 と、事務長は大げさなたとえ話を始めた。
 これは病院側との話の中で、
「話が失踪のところで停滞してしまえば、中島君が恋愛に悩んでいたかも知れないという話に持っていって、すべての目をそっちに向けるようにするんだ。なるべく薬の話に触れないようにね」
 ということだったからなのだ。
 だが、警察側とすれば、
「自分の立場に置き換えたら」
 という言葉を発することで、相手に無言の圧力を加えていたのだが、いかんせんそこまで気付くことがなかったのは、少し皮肉だったのかも知れない。
「そうですか。分かりました。あと、彼女が何か失踪前にトラブルを抱えていたというようなことを聞いていませんか? 病院内のことでも、それ以外ということでもです」
 と清水は聞いた。
「いいえ、それはありません。病院というところは、場所の特異性もあってか、なるべく人のプライバシーには触れないようにしているので、細かいところは分かりません。そういう意味では捜索願を出してくれた彼女たちの方が詳しいのではないですか? 彼女たちの方で何か言っていませんでしたか? 何しろ捜索願を出しにいってくれたくらいですからね」
 と皮肉にも聞こえる言い方を事務長はした。
 ただ、これはわざと聞こえるようにしたのであって、反応を診たかったからだ。
 だが、その必要もなく、清水は、事務長の話に、あまり不審を抱いているような雰囲気ではなかったのだ。

             植木鉢

「ということはですね。彼女の無断欠勤を不審に思っていたという感じではあったが、それをまだ問題視するほどの時期ではないとお考えだったということですね?」
 と清水が聞くと、
「ええ、その通りです。我々も、少しずつ同僚や、看護婦長などに様子を聞いて、いろいろ調査をしようとは思っていたんですよ。ただ何分私たちはシフト制なので、話をしたい人が休みだったり、夜勤明けだったりして合わないこともありますので、そのあたりはお察しください」
 と事務長が言った。
「分かっています。私たちも何も病院を責めているわけではないので、そのあたりは、臨機応変にお考えください」
 と清水は言った。
 それだけ、事務長が卑屈になっているのは、これも作戦で、話題を何とか彼女のことに傾けておくというのが狙いだった。
 しかし、何と言っても警察である。聞かなければいけないこと、しかも、こちらの方が重要だと言ってもいい話を置き去りにしておくわけにはいかない、、何しろ、どちらかの事件を解決すると、おのずともう一つの事件が解決するということも十分にありえることだからである。
 ただ、病院側には青酸カリの話をされても、見つかったというだけの材料は揃っている。いや、それ以上に、見つかったということを口外する必要はないのだ。
「最初からそこにありましたよ」
 と言えばいいだけで、彼女たちも実際に青酸カリがなかった場面を見たわけではなく、ただのウワサを聞いただけだとすれば、冤罪に結び付かないとも限らない。
 それを思えば彼女たちも、ウワサに惑わされただけとして、それ以上不審を抱かないと思ったからであった。
「それじゃあ仕方がないわね」
 と、言っている女の子たちの顔が浮かんできたが、その彼女たちは失踪者を含めてのっぺらぼうであった。
 それは当たり前のことである、なぜなら、事務長がいちいち学生の顔を一人一人覚えているわけはないはずだからである。
「それでは、我々も個々に捜査いたしますので、病院内では誰か聞いても構いませんかね?」
 と清水がいうと、
「そうですね、普通に捜査していただくのは問題ないと思いますが、何分我々も、ことを今までは大きくするつもりはなかったので、ほとんどの人は事態を知らないと思いますので、そのあたりは分かっていただいて捜査の方をお願いいたします」
 と事務長は言った。
「分かっていますよ。それくらいのことは我々も捜査のプロですから分かっているつもりです、そのあたりのご心配は無用ですよ」
 と、清水が安心させるような余裕を見せた顔をしたので、事務長も安心した。
「それではお願いします」
 という時、事務長の顔には緊張が走った。
――もし、青酸カリの話を出されたらどうしよう?
 と思ったからだ。
 しかし、清水は青酸カリの話を一切出さずに話を打ち切った。それは事務長をこの上なく安心させ、そのため、一気に緊張がほぐれた顔になった。それを見て、清水は部下の刑事に、
「本当に青酸カリが紛失したというのは事実なのかな?」
 と言った。
「というと?」
 と聞き返してきた刑事に対し。
「いやね。青酸カリの話はわざとしなかったのさ。どうせ聞いたって、正直には答えないだろうからね。いつ聞かれるのかどうか、ドキドキしているのであれば、その雰囲気は伝わってくるからね、しかも相手は事務長さんでしょう? 事務長というと、スポークスマンのような存在で、警察との対応も慣れているだろうからね。ドキドキしている素振りを見せているとすれば、かなりのことを隠しているということになる。彼を見ているとそこまでのドキドキを感じなかっただよ。それとね、最後に話を終わった時、彼は一気に緊張がほぐれたような顔になった。この二つを総合すると、どこかに矛盾を感じるんだよ」
 と、清水は言った。
「それはどう解釈すればいいんですか?」
 と刑事が訊くと、
「それはきっと、事態が変化したんじゃないかな? 何かが確かに起きた。しかし、時間とともになのか、ある時突然になのか、事態が急変して、いい方に変わったのか悪い方に変わったのか分からないけど、まあ、ほとんどいい方にだと思うんだけどね、それで彼の態度には一貫性がなかったのさ。やはり最後には油断したんだろうな? きっと青酸カリの話がこちらから漏れるのではないかと思って、よほど警戒していたんだろうね」
 という意見を清水は話した。
「ひょっとして、なくなったものが見つかったのだが、見つかったはいいけど、もし言及されたらどういえばいいのかが分からないと言ったところでしょうか?」
 と刑事がいうと、
「ほほう」
 という顔を清水は浮かべて、
作品名:伏線相違の連鎖 作家名:森本晃次