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伏線相違の連鎖

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「元々、うちの病院は、遺失物があった場合は、二度まで同じところを探すようにしていますからね。しかも数日置いてですね。今のように時間が経てば、気付かなかったところが見えてくるという意味もあってですね」
 と薬品管理の責任者が言った。
「まあ、とりあえず見つかってよかったじゃないか」
 と言って、病院の責任者はそう言って笑ったが、このことがこれから来る警察に対していかに気楽になれるかということであった。
 だが、彼女の捜索願を出しにいった彼女たちには、まだ薬品が見つかったということを知らないので、警察がさくら子が失踪したことを、真剣になって捜査してくれるものだと分かっていたのだ。
 警察が病院を訪れた時、すっかり、病院側では口裏を合わせるところまで済んでいて、警察の来院を、手ぐすね引いて待っていたのだ。
「今回の問題は、あくまでも、一人の看護婦の失踪というだけの問題なので、病院は他人事である」
 というのが前提である。
「委員長、今回は失踪事件の協力ということですので、他には問題ありません」
 と言って報告していた。
 そもそも、青酸カリがなくなっていると騒ぎ出したことが先で、一人の看護婦がその前後で行方不明になっているなどと思ってもいなかった。だから、なくなってしまったということをどのように、保健所にごまかしを入れるかというのが問題だったのだ。
 しかし、ちょうど時を同じくして失踪した看護婦がいるとなると、話は変わってくる。つまり、
「彼女が盗んで姿をくらましているのではないか?」
 という疑惑があったからだった。
 しかし、
「青酸カリは見つかり、彼女だけが行方不明ということであれば、この二つの事件は関係ないということになる」
 ということになり、警察が来るのは彼女のことでだけ捜査するためだと思えばいいので、気も楽になってきた。
 元々、警察が青酸カリの喪失を知っているわけもなかった。敏感に考えすぎだったのだ。きっと、彼女と青酸カリ喪失の時期があまりにもタイミングが同じだったことで、被害妄想が出てしまったのかも知れない。
 それだけ病院というところは、
「叩けば埃の出る身体だ」
 と言っていいのだろう。
 警察の方からやってきたのは、清水警部補とその補佐役の刑事という二人組だった。清水警部補の方はともだく、もう一人の刑事は、
――しょせん、行方不明者の捜査でしかないので、そんなに気合を入れることもない――
 と思っているに違いないと向こうは思っていることだろう。
 実際に、部下の刑事には、
「青酸カリが持ち逃げされた可能性がある」
 ということを言ってはいなかった。
 だから、あくまでも、清水警部補についてきた理由としては、それほど深いものはなかった。
――清水警部補の、背中を見て自分も立派な刑事になるんだ――
 と思っている。
 それだけ清水警部補に執着しているし、
――清水警部補の後継者は自分だ――
 と、自認していた。
 いずれはまわりからもそうみられるようになることが先決だと思っているのであった。だから歩く時も、いつも斜め後ろから清水警部補の顔を見ている。その角度から見る清水警部補が一番好きだったのだ。
 清水警部補の訪問を受けた事務長は、院長からの指示を受けてのことだったので、さすがに警察の訪問ということで緊張はしていたが、今までの経験から考えても、そこまでの覚悟は必要ないだろうと思って臨んだ。
「お忙しいところをすみません、今日お伺いしたのはですね。そちらでナースをされている中島さくら子さんのことで来たんですが、彼女が数日間行方が知れないということは、病院側でも認識されていることですよね?」
 と、清水警部補は切り出した。
「ええ、承知しております。我々も気にはしているんですが、ただ、彼女がいないことで、病院内の医療がひっ迫しているということもあって、そっちの方の手配で手一杯になっておりまして、警察への捜索願もできないままになっておりましたが、どうして彼女が行方不明になっていることをご存じなんですか?」
 と事務長は聞いた。
 これは、最初からの筋書きにあった流れであった。最初から青酸カリ関係のことでなければ、敢えて触れる必要もないので、適当に受け流せばいいという病院側の考えであった。
病院側としても、下手に警察を刺激しないようにしないといけないということは、事務長に言明していた。
「実はお宅のナースの数人が、警察に相談に来られたんですよ。ここは看護婦の寮があるということですね。そこでの仲良しの同期だという子たちが気にしてこられたんです。ということですので、彼女たちを叱らないでやってください。きっと、病院側の忙しさが分かっているので、彼女たちは自主的に警察までわざわざ来てくれたんだと思います。その勇気に免じてですね。そのあたりは穏便に」
 と清水警部補がいうと、
「それはもちろんのことです。本来であれば我々が率先して行う必要があるものを彼女たちが自主的にしてくれたのだから、叱るところか、褒めてあげたいほどですね」
 と、事務長は言った。
 青酸カリが見つかっていなければ、きっと彼女たちが叱られていたことは避けられないのだろうが、見つかった以上、彼女たちを責める大義名分はない。むしろ、褒めてあげていいレベルのことであった。
 事務長の言葉の真意がどこにあるのか、清水警部補はその様子を探っていた。
 それを見ていると、今の言葉に大きなウソはないということを感じ、さらに精神的な余裕まで感じられたことが不思議だった。
――警察に来られると、青酸カリの問題があるので、相当な緊張があるはずなのに、この余裕は何なのだろう?
 と感じた。
「じゃあ、中島さんの失踪について、何か分かっていることがあれば、遠慮なくおっしゃっていただければいいと思っております」
 と、わざと、言葉を砕くように柔らかくして話した。
「中島が最後に勤務に就いたのが、五日前のことでした。夜勤だったのですが、朝、普段通りに勤務を終えたと記憶しています。その日は私も申し送りの時間、一緒にいましたので、夜勤からの報告を話したのは、中島でした。だから余計に覚えているんですよ」
 と事務長がいうと、
「そうですか。じゃあ、その後の勤務はどうなっていたんです?」
 という清水の質問に事務長は、
「その日はもちろん、夜勤明けになりますので、一日はオフですね。そして、それから彼女は二連休を取っていたんです。だから、本来なら昨日が休み明けの初日だったんですが、来なかったのでおかしいなとは思ったのですが、今日も来ていないでしょう? それでやっと何かおかしいということになったわけです。皆も彼女のような几帳面な人が二日も続けて無断欠勤になっているとは思っていませんからね」
 と、答えていた。
「なるほど、それではまだ捜索願というには、時期総称かも知れないですね。何と言っても、病院側は家族ではないのだから、家族の事情やプライベイトにまでは関わっていませんからね。この時期に捜索願を出せば、却っておかしいですよね」
 と、清水刑事がいうと、
作品名:伏線相違の連鎖 作家名:森本晃次